勝ちと負け
負けたら、追うことになる。
勝てば、追われる。
追われる者は、とてつもなく身軽に、前に進み、逃げる。
追う者は、思いが枷となり、心の重さが足の運びを鈍くして、一層追う事の負荷が増える。
だから、先に惚れてはいけない。
どんなに好きでも、感情に火を移してはいけない。
美しいその姿をたとえ真近に見たとしても、視界を紗で覆い、心に意味のない雑音を聞かせて、言葉だけは正しく嘘のない愛を。
せめて勝敗をEvenに持って行くために。
なお、君は可愛さに無邪気さを装い、ぼくへの攻めを続ける。
珈琲が好きだと言えば、一緒に美味しい店を探そうよと打ち解けてみせ、痩せている娘が好きなんだと嘘をつけば、あと少しで表から浮き上がるくらいのギリギリの演技で、寂しそうな顔をする。
残念だが、技の見切りに自信があるぼくには、それほど魅力的には感じられない。
しかし、何の為の健気さなのか、誰を思う故の努力なのか、その心に気がつげば、審判員はいなくても、ぼくの敗北が決まる。
きっと君は、総合格闘技でも上位ランクなのだろう。
打撃はオーケー。
決め技、無難で卒なく。
守備は、誘いの隙を見せても、なお自然さが、ぼくには見切れない。
ジャブとストレートとカウンターだけの基本で生きてきたぼくには、当分、勝機は訪れないに違いない。
この世界で生き残るにはひとつ。
君とチームを組んで、同じ向きに目標を定めること。
君とは闘わないこと。
善は急げなら、明日、プロポーズしよう。
なんなら、婚姻届も準備しようか?
果たして、いやそれとも、君は、別のステージに焦点を合わせ、さらに強敵の待つリングに立つのだろうか?
そうなれば、ぼくはぐうの音も出ないほどの敗北者になってしまう。
『うざっ』




