足が速いから好きと言われて、頑張ってきたけど、そろそろ限界です
足が速いやつがモテる。
ケンカが強いやつがモテる。
頭がいいやつがモテる。
幼馴染との恋愛が初期に始まれば、走力に全てをベットするのは、純粋な青少年の当たり前の行動だ。
足が速いことで、そんなに、黄色い声援を聴けるというならば、少年の単純な脳は、陸上部の短距離走者を選択する。
しかし。
しかしながら、小学生のときに、足が速かったとしても、徐々に周りも成長してくるし、以前ほどの明確な差もなくなり、しかも、中学では足が速くても、そんなにモテるわけでもない。
だから、僕は、なんだか情けなくて、幼馴染と距離をちょっとあけるようになった。
彼女に「すごい」とか「さすが」とか、褒められるようになれない自分に。恋愛未満なのかもしれない、承認欲求の、いや、純粋に褒められたいだけなんだ。彼女が、僕を褒めてくれるぐらいの結果がなくなれば、僕はいったい、なんなのだろう。
「陸上部、高校でやらないの」
「もう走るのは飽きたから」
負ける勝負をずっとしたくない。意味のない努力。認められない努力。自分がどうしてもやりたいというわけでもないし。
「でもさ、高校になれば、身長も伸びるし、タイムも良くなるかもしれないよ」
「いいんだ。これからは、勉強にコミットだ。目指せ学年一位」
「むむっ。宣戦布告かな」
「えっ?」
「知らないの。わたしが一位に鎮座してます」
そうだったのか。全然、学年テストの結果に興味なかった。
というか、教えてくれてもいいのに。
そうしたら……僕は……素直に褒めたんだろうか。好きになったり。
そういえばーー。
「女子って、どういう子がモテるんだ?」
数拍。幼馴染は、じっとこちらを見たあと、端的にーー。
「なんで」
質問に質問で返された。
質問の意図を問われた。
「ほら、小学生の時は足が速いとモテるし、中学生だと、ちょっと危ない感じの男子がモテるだろう。女子は、なんか、そういう移り変わりがあるのかなぁって」
「そういうことかぁ。普通に、可愛い子がモテる。女子はいつも変わらず、小学生でも中学生でも高校生でも、可愛いが一番大事。顔が一番。まぁ、徐々に、価値観の一致とかにはなっていくんだろうけど。あとは明るく元気にね。そういうイケてる感。
違う?」
男子の意見は男子に返ってくる。モテる女子とは、結局、男子に好意を抱かれる女子なのだから、男子目線。
たしかに、顔が良いことが、筆頭項目に、ずっとあるのかもしれない。
「じゃあ、泉はモテるのか?」
顔は可愛いと思ってるけど、主観が混じりすぎている可能性。ずっと見ている顔が基準になってしまうし。
「さて、どうでしょう。ミスコンでもないと可視化できません。ちなみに頭のいい女子はあまり好かれません。残念」
「なんで」
「男のプライドでしょう。女子に負けるなんて悔しいんだよ。まぁ、今から、それを味わうよ。きっと」
「勝てないと思ってるな」
「しばらくは。頑張れー」
「負けた」
「負けたというか。せめて張り出される順位にならないと。勝負している感じもしないよ」
「ぐぬぬっ」
「ギリ載った。ランキングに載ったぞっ!」
「すごい。頑張ったね。もう一踏ん張りだ。三学期が楽しみだね」
「10以内。射程圏内。あと、少し上げるだけでいいんだ。あと……点差、間違えてないか。逆に考えるべきなのか、いくつ失点したらダメという。減点方式」
「点差はあってるよ。プラス思考でいこう。勝てる勝負も負けちゃうよ。学年10位以内で、十分スゴいし。頑張ったね」
「これ以上、伸ばせと。壁が高すぎませんか」
「プロセスが大事なんだよ。結果より。結果を褒めるより、プロセスややり方を褒めることが大事だし」
「褒めて伸びるタイプです」
「よーし、もっと頑張ろう。頑張っている人に言ったらダメらしいけど」
「自分で言うなよ」
「努力は裏切らないよ。褒めて伸ばすタイプです。貶して伸びるMだったらゴメンね」
「体罰で頑張るタイプじゃないから、大丈夫。叩けば脳細胞が死ぬだけだから」
「でもぉ、たまにはムチも欲しくない」
「なるほど。今度、女子に言ってほしい罵倒リストを考えておく」
「の、ノリノリだね」
「勝てません。勝てる気がしません」
「どうかな。プライドが傷ついた」
そんな、笑顔で煽ってくるなよ。傷つきません、完敗です。これだけ成績伸びれば、自尊心爆上がり。見ろ、下がこんなにいる。上を見ないで、歩こう。なんちゃって。
「学力の、頭の良さの差が埋まらない。IQの差か」
「ちなみに、大学生すぎると、お金と社会的地位がある方がモテますぜ、ダンナ」
なん、だとっ。なんて有益な情報なんだ。ただ取得の仕方が思いつきませんぬ。偶然、運、神頼み。社会のうねり。時代の波濤。
「あれ、そういえば、ところで、全然モテてなくないか」
目的を忘れるとは本末転倒。あくまで手段だったのに。
成績上がったのに、女子が近寄ってこない。勉強教えてやノート見せて、みたいなアプローチは、いずこ。
「うーん、必死すぎて話しかけづらいとか」
「なるほど。白鳥のような大人の包容力というか余裕がないといけなかったか。そういえば、幼馴染はいつ勉強しているんだ」
「わたしは、いつも余裕があるように見せているのです。女は女優だからね」
白鳥は、湖の下でバタ足していると。まぁ、実際は、かなり優雅に軽く動かしているだけなんだけど。
「でもモテてなくないか。泉も」
「ところで、モテるという不特定多数から言い寄られるハーレムを求める幼馴染君。仮初の空虚な人気とかより、もっと大事なものがあるんじゃないかなぁ。そういう、SNSのいいねを集めるより、大事な、大事なものがあるんじゃないのかなぁ」
幼馴染が僕をじっくりと、じっとりと見つめてくる。
なるほど。
まぁ、結局、自分のために、一番時間をかけてくれた人に、弱いというか。情が移ってしまうというか。情に棹をさして、流されて何がダメなんだろう。智に働きすぎると、角がたつし。とかく、他人に興味がない人が多いんだし。
「僕の草枕になって……」
「草枕の意味、知らなさそう。というか、なんで漱石」
「どこにでも持っていきたいマイマクラみたいな気分でーー」
「ハッキリ言いなよ。婉曲で、迂遠だよ。素直じゃない」
どっちが。
まぁ、でも、誘い受けに渡に船で乗るのは癪な気もする。一矢報いる何かは。
「好きって言えたら、褒めてあげるよ」
「好きです」
「よくできました」
ああ、勝てないわけです。
「えっと、ムチがいるの」
「そうだ。褒めるのもムチがあってこそ。落差がないと」
「でもムチ八割アメ二割とかマインドコントロールするサイコパスみたいで嫌なんだけど」
「あ、ムチは1割でね」
「甘々だね。罵倒リストがこんなに長いのに」
「時間はあるから。少しずつ消化を」
「わたしにとっても、ムチっぽい」
「大丈夫。慣れたら楽しくなる」
「慣れたくないなぁ」