灰かぶりになった月の魔女は、太陽の傍で輝く
私の名前はセレーナ、このトワイライト王国に住む魔女だ。
かつてこのトワイライト王国は魔女の国として栄えていた。
しかしそれは今や過去の話⋯⋯
今やこの国に力のある魔女は私一人になってしまった。
今まで私を育ててくれた師が亡くなり私は一人になった。
そんな私の後見人となってくれたのは、この国の王様だった。
とても優しい王様だった。
一人ぼっちになった私を娘のように可愛がってくれた⋯⋯
でも時間の流れは残酷だ。
その王様もやがて師の後を追うように亡くなった。
その後、この国を継ぐ事になったのは王子であるフラン様だった。
私の、その⋯⋯婚約者の。
前の王様が二人でこの国を護ってくれって言って、それで婚約した。
今日はそんな優しかった王様のお見送りだった。
これからは私とフラン様でこの国を護っていくって誓うはずの日だった。
「こんな地味な女が俺の妻には釣り合わん!」
あまりに突然の婚約破棄だった⋯⋯
そのフラン様の隣には勝ち誇った伯爵令嬢が笑っていた。
そして私はお酒をかけられて服を汚された⋯⋯師が残してくれた大切な魔女のローブを。
私は悲しくなりその場を後にした。
後ろには楽しそうな笑い声が響いていた⋯⋯
「セレーナさん! お久ぶりです!」
みじめに帰ろうとした私に話しかけてきたのは、隣のサンライズ帝国の皇子様のヘリオス君だった。
きっと帝国を代表して来てたんだろう、小さいのに立派な子だ。
「ヘリオス君⋯⋯久しぶりだね⋯⋯」
彼とは実は古い付き合いだったりする。
お隣の帝国の皇子のヘリオス君は強い魔力を持って生まれてきた。
その為その制御を学びたいからと私が派遣されたのだ。
いわばヘリオス君は私の教え子だ。
まあ彼は男で魔女にはなれないから弟子じゃないけどね⋯⋯
「お酒をかけられたんですか?」
かけられたお酒は魔法で消した⋯⋯でもかすかに残ったお酒の匂いにヘリオス君は気づいてしまった。
「ちょっとドジしただけだよ⋯⋯」
そう言いながら私は上手く笑えなかった⋯⋯
「フラン皇子ですね!」
「⋯⋯うん、婚約破棄だってさ」
ヘリオス君は勘のいい子だ、へたに隠さない方がいいと思った。
「セレーナさん! あなたをほっておけない! 帝国に、帝国に来てください!」
「嬉しいけどこの国は尊敬する師と優しい王様が護ってきた国なんだ⋯⋯だからそっちへは行けない、ごめんね」
そう言って私はヘリオス君と別れる⋯⋯
「セレーナさん! 困ったらいつでも来て、いつまでも待ってますから!」
「ありがとうヘリオス君」
私は気持ちだけ受け取った。
たとえ婚約者でなくなっても私はフラン殿下に仕える魔女でいよう⋯⋯優しかった王様の護ってきた国を師に代わって私が護ろう⋯⋯
でも⋯⋯
帰ると森が焼かれていた⋯⋯
灰になっていく⋯⋯
私の帰る所⋯⋯師との想いでの場所が⋯⋯
「どうして! どうして火を!」
私は近くに居た王国の兵士に詰めかけた。
「フラン殿下のご命令だ! この国はもはや魔女など必要ないとな!」
そう言って私は突き飛ばされたのだった。
そして何もかもする気のなくなった私の前で、全てが灰になった⋯⋯
思い出も⋯⋯帰る所も⋯⋯
—— ※ —— ※ ——
気がつくと私は帝国に来ていた。
ほんとに行く当てもなく、死ぬことも出来ない私はここに辿り着いていた。
一度断ったのにヘリオス君にすがるの?
恥ずかしいなあ⋯⋯そう思ってその場を後にしようとした⋯⋯でも。
怪しい魔女だと捕まってしまった。
それはそうだろう⋯⋯お城の周りをうろうろし続ける私なんて⋯⋯
そんな私は尋問を受ける。
何が目的? どこから来た?
答えなんて無いから答えようがない。
「まだ黙秘を続けているのか?」
「はい! もう三日になります」
もう三日か⋯⋯
「お前が魔女か? 何が目的だ⋯⋯!?」
目の前の偉そうな隊長みたいな人の態度が急に変わった。
私をじっと見つめる。
「セレーナ様ですか!? 王国の魔女の?」
「⋯⋯私を知っているの?」
「もちろんです! 以前ヘリオス殿下と並んで歩かれているところを拝見しました!」
きっとヘリオス君の家庭教師をしていた頃の話だと思った。
結構前の事なんだけど覚えててくれる人がこの帝国にもいたんだ。
この世界で一人ぼっちになったと思っていた私には、それが少しだけ嬉しかった。
—— ※ —— ※ ——
それからあれよあれよという間に私はヘリオス君と再会する事になった。
結局私はこれまでの事を全部ヘリオス君に話してしまった⋯⋯かっこ悪いなあ⋯⋯
「そうですか、ならしばらくはここに住んでいてください」
そういってヘリオス君は私に居場所を用意してくれた。
初めて会った頃は素直ないい子だったのに、ちょっと見ない間に頼もしくなったんだな⋯⋯
それから暫くして私は、この帝国のお城で暮らし始めた。
客将扱いとまでは行かないけど結構自由にさせてもらえた。
でもただお世話されるのも悪いので何か働かせてと頼んだら、この国での魔法道具の開発に力を貸してほしいと言われ、それを手伝う事になった。
その仕事は案外楽しかった。
仕事そのものもそうだが他人と関わり何かをする事が、ずいぶん久しぶりだったからだ。
王国ではもう私しか魔女は居なかったからね。
もちろんこの帝国でも私くらいの魔女が居ない訳じゃないけど、技術者として別の視点に立つ人との交流は楽しかったのだ。
しだいに私はこの帝国でこうやって生きていくのも悪くないかな⋯⋯そう思い始めていた。
—— ※ —— ※ ——
その日は突然やって来た。
王国からフラン殿下が帝国に怒鳴り込んできたのだ。
私を返せって⋯⋯
何でも王国での魔法具開発に支障が出始めたらしい。
それはそうだろう。
ただ複製するだけなら普通の錬金術師でも出来るけど、新しく開発や改良には高度な魔法知識が要るのだ。
彼らにはそれが無い。
はっきり言って前の王様が私たち魔女を大切にしてくださったのは、そういう理由からだ。
でも前の王様は私には優しかった⋯⋯でも、もう居ない。
「お引き取りください!」
そうフラン殿下に毅然と言ってるのはヘリオス君だった。
それを私は物影から見ている⋯⋯
出てくると話がややこしくなるから隠れてろってヘリオス君が言ったから⋯⋯
その口論がしだいに加熱し、ついにフラン殿下が剣を抜いてヘリオス君に襲い掛かった!
あぶない!
でもヘリオス君は何でもないように魔法でフラン殿下を吹き飛ばした。
ヘリオス君は無事だ⋯⋯よかった。
私が昔教えた魔法⋯⋯もうあんなにちゃんと使いこなして⋯⋯すごいよ!
—— ※ —— ※ ——
その後フラン殿下は部下たちに連れられて、すごすごと帰っていった。
「戦争だー」とか叫びながら⋯⋯
ごめんね迷惑かけてヘリオス君⋯⋯そう思う私の肩にそっと手を乗せて⋯⋯
「元々王国とは関係が悪化していました、セレーナさんとは関係ないよ。 だから貴方を護るのはついでだから気にしないで」
そう言うヘリオス君の手が少しだけ震えているのが伝わった。
ヘリオス君は花や動物を愛でるのが好きなやさしい男の子。
けしてケンカなんかしなかったのに⋯⋯ごめんね。
⋯⋯でもありがとう、守ってくれて。
—— ※ —— ※ ——
やがて時は流れて帝国と王国との国交は断絶した。
私の事も理由ではあるけど、新しく王様になったフラン様がそういった王国に変えていったらしい。
そういえばなんでも一番でないと気が済まない人だったな⋯⋯フラン殿下は。
私は責任を感じた、だからこう申し出た。
「帝国が戦争で勝てる兵器を開発します」
⋯⋯と。
でもその場でヘリオス君は言った。
「侮らないでくださいセレーナさん。 我が帝国の軍事力はあなたの力など必要とはしないのです、そんな事しなくても王国に勝って見せます。 だからあなたはその後の平和になったこの国の民たちの為に役に立つ、みんなが喜ぶ物を作ってください」
そう言われて私は兵器開発をせずに済んだのだ。
その後、戦争は一年ほどで終わった。
帝国の勝利だった。
最初は押されていたけど、しだいに王国側は無理な進撃を繰り返し補給も無く、現場の士気も崩壊していたとの事だった。
ひとまず平和が訪れた。
そんな私の手は血まみれになる事はなかった、ヘリオス君が守ってくれたからだ⋯⋯
私はヘリオス君に、この帝国に恩返ししたくてたくさん魔法具を作った。
それらはこの国の人たちから喜ばれて感謝された。
そして量産の為に人員も増加した。
私に仲間ができたのだ。
私は彼らにも出来るやり方を考えて教えて、そして彼らはどんどん私から知識や技術を受け継いで行った。
私の中で消えていくはずだった魔女の英知はここ帝国で受け継がれる事になったのだ。
しだいに私は現場で働くのではなく指導者として若い技術者や魔法使いの育成を始める事になった。
なんだかヘリオス君⋯⋯いやもう君付けできるほど小さな少年じゃないか、その彼に魔法を教えていた頃に戻ったようだった。
—— ※ —— ※ ——
それから何年かたって私はヘリオス様に結婚を申し込まれた。
⋯⋯でも断った。
だっていくら魔女の私がいつまでも若いと言ってもずっと年上だもん私は⋯⋯釣り合わないよ。
「諦めませんからねセレーナさん!」
私はその言葉を本気にしていなかった。
今や私はこの帝国でそれなりの地位を築いてる。
多くの教え子を持ち卒業した子も独立し、自分の工房を持っている。
そんな重要な地位になっていたのだ私は⋯⋯
だからこの帝国が私を手放したくないからヘリオス様との縁談なんて進めるのだろう⋯⋯
⋯⋯いいよ、そんなの。
そんなのなくても私の心はもうこの帝国にある。
この国には、ヘリオス様には返し切れない恩がある。
だからずっとこの国で働く⋯⋯
この国を豊かにしていく⋯⋯
そう決めているから。
—— ※ —— ※ ——
また何年か経って私の教え子たちが新人たちに指導が出来るようになると、一気に帝国の魔法具生産が加速し始めた。
それと同時に私のこの帝国での仕事は終わったと思うようにもなった。
もう私が教えられることは何も無い、全てこの帝国に捧げた。
後は勝手にこの国は発展し続けるだけ⋯⋯
私は旅に出る事にした⋯⋯
でも最後にこれだけは見届けたかった。
ヘリオス様が皇帝の座を継ぐこの時を。
ヘリオス君は今や立派な大人だった。
しっかりと皇帝をやれる大人に⋯⋯
そのヘリオス様に冠が被せられた⋯⋯
おめでとう。
そして⋯⋯さようなら。
それを見届けて私はその場を後にした。
お城の方は大賑わいで、だから私が出て行こうとするのを誰も気にしない⋯⋯
城壁の外まであと少し⋯⋯
その時だ。
後ろから馬の足音が近づく⋯⋯
ヘリオス様だった。
彼が白馬に跨って追ってきたのだった。
「その人を行かせるな! 止めてくれ!」
その皇帝の命令で私の行く手は遮られた。
「ヘリオス様⋯⋯」
今彼は馬に乗ったまま私を見下ろしている。
「どうして行ってしまうんですか!? 行かないでください!」
そう言って彼は馬から下りた⋯⋯
でも⋯⋯まだ私は見下ろされたままで⋯⋯
気がつかなかった⋯⋯
もうとっくに私より背が高くなっていたんだ⋯⋯
あの小っちゃかったヘリオス君が⋯⋯
「結婚してくださいセレーナ!」
「⋯⋯でも、もう私はこの国で役には立てないから、結婚までして繋ぎとめる価値は無いよ」
「だからだ! この帝国が魔女であるあなたを必要としなくなったから⋯⋯ただの一人の女性として傍に居て欲しいと言っている! でないとあなたは行ってしまうじゃないか!」
「⋯⋯え?」
「今まで何度言っても本気だって信じてもらえなかったけど何度でも言う、あなたが好きだセレーナ! ずっと前からあなたが好きだった! やっとあなたを護れる男になった、だから結婚してくれ!」
ずっと⋯⋯私には魔女としての価値しかないと思っていた。
だから誰かに愛されるはずはない⋯⋯たとえ愛をささやかれてもそれは私を繋ぎとめるための方便で⋯⋯
でも今はもう違った。
この帝国で私はやり過ぎた、何もかも出し尽くしてもう何も残っていない出涸らしの魔女。
その私を愛してると言ってくれる。
これじゃ⋯⋯信じるしか出来ないよ⋯⋯
私はそのままお城へと連れ戻された。
ヘリオス様の乗る、白馬に乗せられて⋯⋯
お城へ戻る道⋯⋯
みんなが祝福してるれる。
私たちを。
私とヘリオス様を⋯⋯
そしてお城で戴冠式がそのまま婚約発表の場になった。
どうやらヘリオス様は絶対私を逃がす気はないらしい⋯⋯
「ずっとあなたが好きでした、子供の頃魔法を教えてもらっていたあの頃から」
「どうして?」
「あなたから魔法を教わり使えるようになると、あなたは笑って喜んでくれた⋯⋯その笑顔がずっと見ていたくって頑張れた⋯⋯だからずっとそばに居て欲しいなって」
「そっか⋯⋯笑っていたんだその頃の私は⋯⋯」
「今もですよセレーナさん、これからもそばで笑ってて⋯⋯いえ笑わせて見せますよ」
そして私とヘリオス様はキスをした。
あの時灰にまみれてくすんでしまった月の魔女は⋯⋯
今、太陽に照らされて再び輝きだしたのだ。
お読みいただきありがとうございました。
『銀色の魔法はやさしい世界でできている』という作品も書いているので、
もしよろしければそちらもお楽しみください。
女性主人公の異世界ファンタジーです。
一人の魔女の物語ですのでよろしくお願いします。