アンナの悩み
「はぁ……………」
私は自室のベッドに寝転んで今日何度目かのため息をついた。実は最近ある事に頭を悩ませているからだ。
先のアレキサンドルとの戦いで第3勢力として参戦してきたフード男。隙を突かれて檻に閉じ込められてしまったのだが
そうとうな変わり者だったようで、解放条件に「血液を
くれ」と言ってきた。
「四肢を失うよりは良かったんだが」
採血の時に腕を取られたのと、終結の直前に仕方のない事だったとはいえ小脇に抱えられた。
それ以降思い出すだけでドキドキしてくる。
「いったいこれは何だ?病気とは違うと思うが……」
しばらく考え込んで1つの答えに辿り着いた。
(もしやこれが恋というものか⁉)
時々気晴らしで町に行くことがある。その時に私と同じ
ぐらいの女性達が「最近、ある人の事を考えるだけでドキドキするんだけど……」
「え、遂にあなたもね⁉おめでとう!それは恋よ!」とか言っているのを耳にするのだが、どうやらそれに陥ってしまったようだ。
「わ、私が……?」
自分でも信じられない。
(だ、誰に相談したらいいんだ?兄上は笑われそうだし、
イレーネはまだ帰ってきてないし。エリスはどこに居るのかわからないし。……相手が居ない!)
だからといって何もしないのは苦しい。
しかしフード男の名前も、住処もわからない。
「そういえば悪魔だと言っていたな……。
悪魔も私達と同じように生活しているのか?」
フード男が悪魔と言うまで空想上の存在だと思っていた。
使い魔の話なら魔法使い達から少しだけ聞いた事があったが、それも信じられなくて聞き流していた。
「……ひとまず町に出てみるか」
寝転んでいたベッドから起き上がって身支度を整えると
部屋を出た。
エベロス家は公衆の前で演説などは行わない。すべて掲示だ。そのため城に居る者を除いて、私が王女だとわかる人はいないだろう。
(服装も国民に合わせているしな)
足首まであるスカートを履かなければならないのは苦痛だが、素性がバレるよりは良い。
何度も歩いている通りなのに今日はソワソワして落ち着かない。キョロキョロと首を動かしながらフードの男が居ないか注意深く見る。
端から見れば挙動不審の怪しい奴だと思われていてもおかしくはない。
(やっぱり居ないか。そもそも手配書を貰って以来、部下から姿を見たとの報告は無かったし……)
初めて会ったのも戦場だし、かなり頻繁に動き回っているのだろうか。
「あ……」
思わず声が漏れた。
数十メートル先にフードを被った人物が歩いていたからだ。
(い、いや落ち着け。探している男とは限らない)
基本、魔法使い達はフードや先が尖っている帽子を被っている事が多い。
魔法の事だとアレキサンドルに憧れて国を出るものも多いが、エベロスに魔法使いが全くいない訳ではない。
(早足で行って追い抜く時に顔を見るか)
幸い、歩いているフードの人物の速度はゆっくりだった。
今から私が急げば充分間に合う。
早歩きで追い越して、何気なく後ろを振り返るフリをしてフードの人物の顔を見た。
「あ……」
動きが止まる。目当ての人物だった。相手も私に気づいたようで少しだけ眉を上げる。
そして周囲を見回すと道の端に寄って私に手招きした。
立ち止まったのが道の真ん中だったため配慮したようだ。
フード男の側に行くと彼から声をかけてくる。
「誰かと思えばお嬢さんじゃないッスか。
その節はドウモ」
(服装が違うのに私だとわかったのか⁉)
半分は感心して、もう半分は少し嬉しかった。
なんとも言えない気持ちになりながら口を開く。
「あ、ああ。……いきなりですまないんだが、
ちょっと話があってな……いいだろうか?」
「話?……ああ」
フード男は目を丸くしながらも承諾してくれた。
近くにある酒場に入る。ここならいつも賑やかなので多少込み入った話をしても人に聞かれる可能性は低い。
とはいえ、私の正体がバレたら大変な事になるので用心して端の席に座った。
少し緊張しながらフード男に声をかける。
「そ、その、テオドールの情報をくれた事でお礼を言いたくて……」
「はぁ……。そうスか。前にも言われた気がするけど
受け取っとくッス」
「あ、あとは……だな」
言葉に詰まる。城の者としか話さないため何を話題に上げればいいのかわからない。
焦りながらフード男を見ていると彼が声をかけてくる。
「……お嬢さん」
「な、なんだ?」
「オレの顔になんかついてるッスか?」
「い、いや……」
恥ずかしくなって下を向く。
私の顔が赤い事は相手にもバレているだろう。
(な、何を話したらいいんだー⁉)
共通の話題が思いつかない。
(かといって戦場の話もできない。万が一誰かに聞かれたら私達がタダ者ではない事がバレる。……そうだっ)
「1つ聞いてもいいだろうか?」
「なんスか」
「け、血液が好きなのか?」
条件に要求したのだから嫌いではないはずだ。
フード男は少し考えてから口を開く。
「好きか嫌いかでいえば好きに入る。
趣味で集めてるだけッスよ」
(趣味⁉)
やはり変わり者なのは間違いないようだ。
「血液は口にしている物でも成分は変わってくるが、家系が違うだけでも変わる。
例えば、テオドールとアレキサンドル。同じ魔法使いの家系だが成分は全く違う」
「そ、そうなのか……」
「ああ。そこでオレから提案なんスけど、
時折お嬢さんから血液を採らせて欲しい」
「え?」
思ってもない提案だった。不定期にはなるが彼と会うことができる。
彼は固まった私を見て不安に思ったのか気まずそうに目を細めると口を開いた。
「あー、ムリにとは言わない。嫌なら嫌でいいッス」
「そ、その提案に乗らせてくれ!」
「すぐ決めなくても数日考えてからとかでもダイジョーブッスよ?」
「いや、大丈夫だ!」
「……そうスか」
彼は少し口角を上げると懐から何かを取り出して私に差し出す。手のひらに収まるほどの結晶だった。
「これは?」
「連絡手段ッス。オレの魔力に反応するようになっている」
そう言って結晶に右手をかざすと青い光を放つ。
(す、すごい……)
純粋にそう思った。魔法をバカにしているわけではないが武器よりも優遇されるため、少し嫉妬していたからだ。
私の反応を確認すると彼は手をひく。
「これが光ったら翌日採りに来るッス」
「わかった。場所は?」
「特に指定はないッス。だが……わざわざ出てくるのタイヘンじゃないスか?」
私がエベロス家だから心配してくれているのだろうか。
(余計にホレ込んでしまうじゃないかッ!嬉しいけど困る!)
「だ、大丈夫だ。門番には伝えてはいるが、それだけだ。厳しくはない。
それに私達は強いしな。……ここで良いだろうか?」
「リョーカイ。じゃあよろしく頼むッス」
彼はそう言って立ち上がると酒場を出て行った。
「何か飲んでいけばいいのに……」
飲み物の種類は酒が1番多いが、水や果実ジュースも頼める。なんなら子ども連れの為にミルクも置いているぐらいだ。悪魔だから味が合わないのだろうか。
せっかくなのでブドウジュースを頼んだ。甘酸っぱい味が好きだからだ。もちろん、酒ではない。
(頻繁にとはいかないだろうが、少しずつ仲を深められれば……)
ジュースを待っている間、いろいろ考えてつい顔が綻んでしまう。
1つ、楽しみが増えた。
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エベロス帝国の上空ではボサボサ男がいつものように宙を蹴っていた。ため息をついて困ったように眉をひそめて
いる。
「はぁー、参ったッスね。エベロスの血を貰えるのはいいんだが、どーもお嬢さんに惚れられているようだ。
かといって無下にはできないしなぁ。
「乙女心を利用した!」とか言われなきゃいいんスけどねぇ」
もう1度大きなため息をつくとボサボサ男はエベロス帝国を後にした。
恋愛模様になってしまった……