真昼の幽霊じゃないけれど
寒い季節もようやく遠くへ退き桜の花が咲き始めている公園で、寒風吹き荒ぶ真冬から遊び続けている子供たちのはしゃぐ声にさくら色の模様が付いているように聞こえだす今日この頃。
鈴木愛鈴(3才)は大勢の友達を得ようと走り回っていた。
(だめね、あの子にも親がベッタリだわ、ああいう親はうちが近づくとだいたい『しっ、しっ』って言うのよね、犬じゃないってのよ! まあうちの身なりが良くないのは認めるわ)
走り回っていても埒があかないと分かってきた愛鈴は考えた。
(そうよ、こっちから声を掛けるのではなく、向こうから声を掛けてもらえるようにする方がいいのかも知れないわね)
早速、考えを行動に移す。
「あなた上手ね一緒に遊んでもいい?」
砂場で砂城を作っていると自分より少し大きな女の子が声を掛けてきた。
「いいよ、一緒に作りましょう」
(今日の一人目ゲットだぜ、あとは芋づる式に増えるのを待つだけよ)
「どうすればそんな風に作れるの」
「少し深く掘ると湿った砂が出てくるから、それで作ると崩れないよ」
「よく知ってるね」
「毎日来てるから」
(本当は砂場で遊ぶのももう飽きちゃってるんだよ、それでも苦労してここまで作ったんだ、これで誰も寄って来なかったら本当に骨折り損のくたびれ儲けになるところだったね)
「へえ、そうなの」
「うちは、鈴木愛鈴って言うの、あなたのお名前教えて下さいな」
「近藤里美、4才です、あのー、妹も連れて来ていいですか」
「もちろん、大歓迎さ」
(これで二人目、三人目も期待が持てるよ)
「こんにちわ、近藤明美、2才です。よろしく、お願いします」
(かっわいい、おまけにしっかりしてるわ)
「こんにちわ、鈴木愛鈴、4才です」
「えっ、愛鈴ちゃんって私と同じ年だね、アリンって呼んでいいよね、私はね来週から暁幼稚園に行くのよあなたはどこの幼稚園に行くの」
「うちはどこの幼稚園にも行かないと思うよ」
「そうなの、いきなり小学校に行くのは大変だってパパがママに言っているのを聞いたことがあるの、あなた大変な目に遭うかもよ」
(うちは幼稚園も小学校も行けないと思うな、ウオンさんとママが話しているのを聞いてしまったんだ・・・『アンどうするんだいこのままじゃアイリーンちゃんは学校に入れないだろう』
『児童養護施設に入れようと考えているの、もう当たりは付けているのよ』
『アイリーンちゃんには言ったのかい』
『言わないといけないのは分かっているの、でも、もう少し、もう少し先でと思ってしまう。だってまだ幼すぎるから、話しても泣くだけになってしまうでしょう』
『あんたの子だからきっと大丈夫よ、私たちだって5才で働いていたじゃない…しかしそうねあの子まだ3才だったね』
『本当にベトナムへ連れて帰ることができないのが悔やまれるよ』
『6月になったらアイリーンに言い含ませて施設前に置き去りにする。その後8月の出国前に1回だけ無事を確認してから母国へ帰る。5年後に再入国した時に会いに行くの、そしてまだ施設に居るようなら何としてでも引き取る計画を立ててるのよ』
『そんなザルみたいな計画で上手く行くのかね』
『仕方ないでしょう、他に良い案が浮かばないのだから』・・・そこまで聞いたところで泣き出しそうになってしまったから、逃げてそれ以上聞く事が出来なかったのよね~、早くその場所を移動しないと盗み聞いてたのがバレそうにもなったからね、でもその話を聞いたおかげでうちはうちだけの計画を立てる事を思い付くことができたのよね)
「里美ちゃんも幼稚園から行った方が良いと思ってるの、てもまだ行ったことがないからよく分からないよね。あっそこ、ちゃんと角をしっかり作らないとお城じゃなくてケーキになってしまうよ」
「私のはケーキにする、もうすぐ誕生日なの5才になるのよ、そうしたらあなたよりお姉さんになるの、アイリちゃんのお誕生日はいつなの?」
「うちは6月3日まだまだ先だよ、里美ちゃんはさぁ自分の歳を数える時は誕生日の回数で数えるよね」
「そうよ今度で5回目の誕生日なの、だから今までで一番大きなケーキを買ってもらうの」
「大きなケーキは羨ましいな。でも5才ってのは変だと思うのよ、だって生まれた時も一回目の誕生日でお祝いしてるでしょう。だから誕生日は6回あってる訳だから、誕生日の回数で数えるなら6才のはずなのよ、何でみんな気付かないのか不思議なのよね」
「??? 何を言っているのか良くわからないわ、ママやパパが5才って言ってるからそれでいいんでしょう、愛鈴ちゃんが言ってるのとの方が変だよ」
「変じゃないやい!」
「変! ママに言いつけてやろう」
「お前たちは仲が悪いのか、だったら喧嘩ってのはこうすればいいのさ」
ズサーッ
(あっ、こいつ砂の城を蹴飛ばしやがった!)
「許さんぞー!」
(えぇっーとどうするんだったっけ…しゃがんで左足爪先を軸に右足を回転させて相手の踵を払う)
バシッ!
(しまった、ふくらはぎを蹴飛ばしちゃった!)
「あっ痛いっー、足を蹴られたー骨が折れたー! わぁーんわぁーん」
「愛鈴ちゃん人を蹴ったりしたらいけないんだよ」
「だってこいつ、うちの砂の城をいきなり蹴って壊したじゃない悪いのはこいつよ」
「でも、暴力は一番いけない事だってママが言ってたよ、私も明美が悪い事をした時とか叩いたりしたらママに凄く叱られるもの」
「嫌だ、目には目をだようちは泣き寝入りだけはしないのさ」
「誰だうちの子を泣かしたのはあんたか……」
パア~ン
(痛ッー!このばばあいきなりひっぱたきやがった。でもこっちの方がハッキリしていて殺りがいがあるってもんさ)
「そっちが先に蹴って来たくせに、この砂かけばばあが~これでも食らえ」
「この、阿婆擦れが砂を掛けやがった!こんちくしょう!ちょつと待ちなさい、チッ逃げ足の速いガキがぁ~」
「あんな親に構ってられますかっての、あ~あ砂遊びはもう終わりだね」
(やっぱりジャングルジムは一人だとてっぺんに登っても面白くないかぁ、でも見晴らしはいいよなー、何か面白い事が落ちてないかなぁ~、360度回転っと、と、あ…)
「… っと驚くにゃんこ宙返り、着地成功10点ゼロッと」
「お姉ちゃんすごかったよ、カッコいいね」
「そうか? ボクもやってみる?」
「危ないからしない。お母さんが危ない事はしてはダメだっていつも言ってるよ」
「そうなのね」
(どいつもこいつもママがダメだとかパパが言ったとか、自分のことなのにおかしいんじゃないかしら)
「ボク、何して遊びたい?」
「僕は、古賀敦って言うんだよ」
(今、思ったけどこいつ絶対うちより年上だわ、黙っておこう)
「わかったわ、あつし君は何がしたいのかな」
「かくれんぼだよ」
(ここでかくれんぼかぁ広いし木はあるし鬼になったら大変だなぁ)
「2人でかくれんぼはつまらないよ」
(これで、かくれんぼは回避できたかな)
「僕、妹と友達連れてくるからね、ねえ 名前何ての、教えて下さい」
「あっ、ごめん、あつし君は名乗ったのにね、うちは鈴木愛鈴『あいり』だよ」
「そう、鈴木さんなの鈴木さんもお友達を連れてきてよ、そしたら大勢でかくれんぼが出来るよ」
(うわ、ますます鬼になったら大変な事になるぞ何とかやらなくて済む方法はないかなぁ、でもうちが鬼になるって決まってないしね、それに友達だって居ないし…そうださっきの近藤姉妹を誘ってみるか)
「・・・きゅう、じゅーぅ…」
(やっぱりこうなったか…そんな気がしてたんだよな、何でじゃんけんに勝てないんだろう勝負運がないのかなぁ、まあぐちぐち言っても仕方ない、さて探すか全部で6人うちが鬼だから5人探せばいいのよね、近藤姉妹は|離ればなれにならないだろうから4ヶ所探し当てればいいのかな)
「ここかぁ?居ないなぁ、ここだあ! 居ない、あれどこにも居ないぞ~」
(まさか駐車場の方まで行ったんじゃないだろうな、隠れる範囲を決めとけば良かったよ、仕方ない行ってみるか…)
《アイリーン戻れ!》
「誰?」
(空耳? 誰かうちの事呼んだ、うしろからだったかしらねぇ…)
バサッ
「ちくしょうしくじった、急に後戻りするんじゃねぇ! お前も大人しく捕まりやがれ!」
「誘拐魔?」
(黒いビニール袋に入れようとしてたのね、良かったわこれで手加減なしで反撃出来るよ)
「目潰し!」
バシュッ
「うわぁー目がー、ハァッ クション、フェックションクション!!」
(どうよ、特別調合コショウの威力を十分味わいなさいな… 奴が持っていたこのビニール袋の中は何の臭いかしらね、こんなのまともに嗅いだら気を失うかも知れないわ『お前も』と言っていたし他の子供たちもみんな多分駐車場かしらね、急がないとヤバイかも知れないわ)
「居たわねあなた達その子を離さないと、ひどい目にあわせるわよ」
「四の五の言うんじゃねえこいつも捕まえてしまいな」
(しまった。相手の人数を見てなかった)
「お嬢ちゃんこそ大人しくしないと痛い目を見るぞ」
「いかにも悪人らしい平凡な脅し文句ね」
「そこを動くなよ」
(そんな言う事聞く訳ないでしょバーカ)
「火事だー!!!」
(これで人が出てくるはず。ウオンさんが言っていた。助けを呼ぶ時に『助けてー』と言ってはダメだって、だって誰も危険な目にはあいたくないから絶体に関わろうとしない。人を呼びたい時は『火事だー』と叫ぶ事。たいがいの人は『火事はどこだ?』と見に来るから、その時すかさず『あなた110番に電話して下さい』と指差して頼めべば必ず助かるからと)
「何て事を言いやがる、このガキャー」
(ほら効果バツグンなんだから人が集まって来たわ)
「誘拐犯です!誘拐した子供を車に乗せています。110番に通報して下さい!」
「何だって!110番に直ぐ通報だ!」
(ちょっと待って先に助けてくれよー、おっさん 通報だけでおしまいにしたら警察が来る前に逃げてしまうじゃないか! こうなったら仕方ないうちが何とか時間稼ぎをしなくては…)
「もういい車を出せ!こいつのことは後の楽しみに残して行くぞ」
ブォォー! ブォォー!
「く、車が前にも後ろにも動きません! どうかしちまったんですかね」
(へん、駐車場にはブロックってもんがあるんだよ)
「バカ野郎! 早く降りて見てみろ、タイヤに何か小細工しやがったに違いない!」
(そうは問屋が卸さないんだから、う~ん重い手が痛いけどここは我慢の踏ん張り所っとーぉ、 ハンマー投!!)
ガッシャーン!!
「小ぶりのブロックは投げても効果はバツグン」
(お次の番は…)
「駐車場のおっちゃん! カラーポールあるよね頂戴な! 早く」
「ちくしょうこのガキが覚えていろよな。お前ら逃げるぞ捕まるなよ!」
「豪速球ー! 百発百中!!」
パアァーン、ブフォッ
「あにきーすまねぇ…おれはもう…お仕舞いだぁー」
(ハハハ、見てみろピンクのブタだ)
「バカ野郎!お前が捕まっちまったら俺達全員お陀仏だろうが頑張れ、ほら走れ」
パーフォー、 パーフォー
「やっと来た…遅い遅すぎる。でもまあ子供たちが無事で良かったよ」
(うちも早くとんずらしないと面倒事は嫌だからね、車の修理代とかカラーボール代とか払えないしね)
「公園に戻らないといけないな」
(あの子たちの親に何と言えばいいことやら、嫌だな~)
「あけみー、里美~どこに居るのー!」
(公園の方も騒がしいわね子供たちを呼ぶ声がするわ)
「近藤里美さんのお母さんですか?」
「あなたうちの子と一緒に遊んでいたでしょう、どこに行ったか知りませんか」
「駐車場に行って下さい」
「どうしてそんな所へ連れて行ったのですか!」
「うちが連れて行ったんじゃないです。早く行ってあげて」
(他の親たちにも同じ事を言われるのかと思うと…とっても憂鬱だなー、ほっとこうかしら)
「アイリーン~どこー…愛鈴~ すみませんおじいさん、うちの子見ませんでしたか? 水色のタヌキのプリントが入ったトレーナーと黄色の短パンを履いているのですけど」
「いや、わしらは見なかったが、なあ…ばあさんは気が付いたかね」
「うんにゃ、あっしらは見とらんけん、ここんにきには、おらんばい」
「そうですかありがとうございます。もし見掛ける様なことがありましたら親が心配して探していると言ってもらえますか」
「はいよ、早よめっかるとよかですばいね」
「ありがとうございます。お願いします」
「なあ、婆さんや今の人、どこの人じゃろか、日本人じゃぁなかっごたったね」
「あそこん、ベトナムアパートの人じゃろ、ばってんが独身者しかおらんはずばってんがね、どっちんしろ首ば突っ込まんが良かばい」
「暗くなる前に早う見つかると良かがね」
「アイリーン!どこなのー返事しなさーい」
(もうどこ行ったのよ、昼間にパトカーがうるさかったけどまさか関わったりしてないでしょうね)
『こっちだ』
「誰、誰なの…どこ?」
(こっちの方だったかしら)
「ドラム缶? 違った」
(くねくねしたトンネルみたいな…遊具みたいだけどまさかね)
「アイリーン! あんた何て所で寝てるのよ」
(この子も重くなったねー)
「うー重い! この辺に置いて帰りたい…」
「おはようママ、昨日はごめんなさい」
「そうね、ウオンさんにおんぶされて帰って来てからそのまま寝てしまうのですものね、あんな事はもう止めなさいね」
「すみません。もうしません」
(どうしたんだったかな、かくれんぼしてたら皆いなくなって、探していたらうちが誘拐されそうになって、まさかと思って駐車場に行ったら誘拐犯がいたので戦って…子供たちを救ったのだけどみんな寝てたのよね、多分睡眠ガスを仕込んだビニール袋を被せて捕まえ一瞬で眠らせる、良い方法だと思うわ、うちも危なかったのよね、あの時うちを呼ぶ声がして立ち止まらなかったらと思うとぞっとするわ、あの声は何だったんだろう直接頭に響いた様にも思うんだけど。子供たちが全員いるか確かめたかったのだけどパトカーが来たから諦めて親の居る方へ戻ったのよ、そしたら思ってた通り必死になって探していたわ1人ずつ『子供は駐車場に居るよ』って声を掛けて回ったけど、どの親もうちのことを怪訝そうに見てたわ、その中の1人から悪態を言われたわねうちが悪いわけないのにさ、うちも帰りたかったけど帰り道にお巡りさんがうじゃうじゃ居たので諦めてパイプトンネルの中でほとぼりが冷めるのを待つことにしたんだけどそのまま寝込んでしまったみたい。しかしあの睡眠ガス…手に入れとけばよかったな~)
「アイリーンお箸が止まっているよ調子が悪いのかい」
「ウオンさん昨日はありがとう、ママが連れて帰ってくれたとばかり思っていたからお礼言ってなかったよ」
「アンはお腹が空けば自分で帰ってくるから放っておけば良いなんて言ってたんだよ、心配で堪らないくせに本当に意地っ張りなんだから」
「ウオン余計なことは言わないのよ、見当も付かないのに無闇矢鱈と探しに行ってすれ違いにアイリーンが帰って来たら可愛そうでしょう、それに帰って来た所で首根っこ捕まえて叱らないと自分がどれだけ悪い事をしたのか分からないでしょう」
「ママ、それもひどいよ! 帰りたくてもお巡りさんがうじゃうじゃいて帰れなかったんだってば」
「そうね、ママが悪かったわごめんなさい、それでお巡りさんが来てた理由はアイリーンはわかりますか」
(アイリーンは賢いから… いや違う野生本能でお巡りさんを避けているのね、色々聞かれると不味い事にしかならないから)
「誘拐があったんだって。うちは大丈夫だったけど一緒に遊んでた子が拐われたので助けた」
(うそは言ってないものね)
(助けた…ね、助けを呼ぶと言う事をこの子は何でしないんだろかね)
「あまり危ない事をしたら駄目ですからね、今日からお昼になったらアパートに一度戻りなさい、そして夕方の音楽が鳴り始めたら帰って来なさいねママたちが心配する前に姿を見せる事、守れますか」
「夕方の音楽ってドボルザークの交響曲第9番第2楽章家路でしょう、わかったわ」
(うちは音楽には少し詳しくなったのよね)
「凄いこと知っているのね」
「この間公園で知り合ったセイカ君の家に時々遊びに行くのよ、セイカ君のパパがクラシックのCDいっぱい持っててセイカ君が聞かせてくれるの、セイカ君ね体が悪くて外に出られないんだって、うちと知り合った時は凄く調子が良かったんでママと公園まで車イスで散歩してたって言っていたわ」
「め、迷惑を掛けてたりしてないでしょうね」
「大丈夫よ、それで公園で会った時に『一緒に走れないのは残念だね今度一緒に走ろうね』って声を掛けたんだ」
(本当は車イスが珍しくてガン見しちゃったんだけどそれをセイカ君のママに気付かれた気がしたのね、バツが悪くなってセイカ君頑張れって思って声を掛けたのよねー)
アイリーンはお母さんに話しながら、いたたまれない気持ちになって下を向いて続きを話し出す。
「そしたらセイカ君のママがね急に泣き出したの、これはいけないことを言ったんだと思って謝ろうとしたんだけど言葉が出なかったの、そしたら『ありがとう、良かったら今から家に来て一緒に遊んでもらえませんか、ケーキがあるのだけど』って言うのよ、断れないでしょう」
言葉が終わると上を向いてしてやったりってな表情になる。
(ウオンさんが『頑張っている人に頑張れって声を掛けると逆効果になるからダメだよ』って言ってたのよね、だからうちは『がんばれ』とは言わなかったのだけど良かったのよね)
また少しだけ落ち込んでウォンさんをチラッと見るけど別に変わった様子はしていないので安心した。
「ケーキを頂いたのよね」
「そうよ、美味しかったわ…マ、ママの焼くクッキーの次くらいによ!」
アイリーンはお母さんの機嫌を損ねないように気をつかう。
「あっ!でも決してケーキに釣られて行ったわけじゃあないんだからね」
「そんなに必死になって言わなくても分かってるわよ」
(やっぱりこの子はケーキに釣られたのよねー)
「今度行く時には言いなさい。クッキーを焼いてあげるから持って行きなさいね」
(しまった余計なことを言ってしまったかもだわ)
アイリーンは少し後悔して青くなる。
「ママの焼く手作りビーンズクッキーよね、あの味は中々独特で美味しかったわママはあのあと一度も作ってくれなくて残念だよ」
「あの時あなたは不味そうにぶつぶつ言いながら食べてたでしょう無理してたんじゃない」
「不思議な味だったからだよ、また食べたいと思っているよ」
「無理しなくて良いよベトナムのビーンズクッキーはナチュラルフードだからね、辛すぎて子供受けしないのは知っていたよ、ただアイリーンには私の古郷の味を一つでも良いから憶えていて欲しいのよ」
「今度作る時はうちにも手伝わせてよ」
(あれは唐辛子の代わりに砂糖を思いっきりぶちこむと絶対に美味しくなるわ)
「そうね今度一緒に作りましょうね、もう時間だから仕事に行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
(さて今日は どうしようかな、昨日の今日だから公園は止めた方が良いよね、でもちょつとだけ覗いて見ようかな…)
「やっぱりだわね今日は親子連れは誰も居ないしなあー」
(うち最近独り言が多くないかしら、話し相手が居ないんだから独り言でも言ってないと言葉を忘れそうだから良いよね誰も聞いてないし)
「お嬢ちゃん独り言なんか言ってどうしたんだい」
「うおっ!」
(気配を消した男の人が居たよ、ハハ~ンさては刑事さんかしら事件や事故が起きた所にはやっぱり居るんだ、犯人は現場に戻るってのと同じだね)
「お嬢ちゃんは1人かい誰か大人の人が一緒じゃないと危ないよ」
(あんたが危ない人じゃないと言う保証はどこにもないものね)
「大丈夫だよここら辺はうちの縄張りだから」
「そうなんだ、だったらお嬢ちゃんもしかして昨日の事件のこと何か知ってるんじゃないかな、女の子を一人探しているのだけど知らないかな」
(ピンチだよやっぱり来るんじゃなかったよ)
「知らないと思う、ご免なさいうちちょっとトイレに行かないと我慢できなくなっているから、だからさようなら」
(さすがにトイレまでは追っ掛けて来ないだろうな、せっかくだからオシッコでもして時間を潰すか、ここのトイレ綺麗なんだよ何てたってウォシュレットが付いているんだよ、アパートのトイレを使わずにここのトイレを使う為だけに来ても良いくらい立派だよ)
「扉を開けてっと…」
ガチャ!
「うわおぉー変質者だー!!!」
(必殺目潰弾を…しまった!昨日の今日でまだ用意してないや)
「違います!誤解です。男性トイレのトイレットペーパーが全部無くなっていたので仕方なく女性トイレを使わせてもらっていたんです」
(うそだ!うちが出入口扉開けたらその向こう側でズボン下ろしたままフルチンで仁王立ちしてたじゃないか)
「そこを動くなよ!」
(さっきの刑事さんきっとまだ近くに居てくれてるよね、あっ居た、うちの叫び声に気が付いてくれたみたいこっちに走って来ている。良かったよ)
「新米刑事さん!変質者がトイレの中に居るんだよ」
「新米刑事じゃないですよ! 失礼な、危ないから離れてなさい」
「そうだったね、うちに気配を悟らせずに後ろから声を掛けるなんてベテラン刑事さんだったんだよね、ごめんなさい。変質者を頑張って捕まえてね」
(怖いっ!さっきと顔つきが全然違っているよチビるかと思った)
「オラいつまでそんな格好をしている。さっさとズボンを上げないか!」
「違います! 誤解です…」
(よしせっかく離れてなさいと言ってくれたんだから、ここはお任せしてうちは立ち去ると致しますよ)
「しまった、オシッコするの忘れてた」
( なんて言ったりしてさ…あんな状況の中で出来るわけないしねちびらなかったのが不思議だよ。そうだ久しぶりに鳥類センターのトイレに行こう、あそこのトイレは綺麗さランクが落ちるけどフラミンゴとかクジャクとか…ゾウガメはまだ居るかなぁ、それにたしか未就学児は入園料がタダだったはず)
「こんにちわ!」
「やあ愛鈴ちゃん久しぶり、もう幼稚園は始まったかい?」
「まだだよ」
「そうかい早く行けると良いね」
「うん」
(うん、うちは幼稚園も小学校も行かないと思うよママとウオンさんが話してるのを聞いて知っているから、だからずーと未就学児のままなのさ、でもそのおかげでいつまでも入園料はタダ… でいいんだよね、何はさておきまずはトイレトイレっと…)
「さて色々と目移りする子たちばかりだけどうちはまずフラミンゴドームに入るのね、この前ママが借りてきてくれた恐竜映画の翼竜を閉じ込めていたドームに似てるんだ」
(フラミンゴってさ薄桃色で美味しそうって思うんだよ、でもあの大きなクチバシを持つ目で見詰められるとフラミンゴが『あんたって美味しそうねつついてあげましょうか』と言っているように思えてだんだん怖くなるんだ、だからいつも長居はせずに退散退散っと)
「次はどの子の所へ行こうかしら」
(あっゾウガメさんが居たわ、でも男の子が懐いてる、えっ!)
「駄目だよ亀さんの甲羅に乗ったりしちゃぁ、可愛そうでしょ」
「バァーカかお前、海亀じゃなくてゾウガメだから人を乗せて歩くのなんか平気なんだゾウ、おいおカメ、正義のヒーローぶるんじゃないやい、この短パン女!」
(女、 女で間違いないよな? 男でも構わないけど)
「何をー、貴様言ってはいけない事を言ったな覚悟しろ!
アイリーンが後先考えずに突撃していく。
(宣戦布告完了です!左手で相手の右手掌の親指付け根あたりを強く押さえて持ち、右手で相手の胸ぐらを掴んで引き寄せて自分を中心に回転する様に地面に叩きつけ、そのまま相手の胸の上に馬乗りになって本来なら滅多打ちにするのだけど、うちはそこまで非道ではないので離してやる、ウオンさんから習った護身術… の改良型だ)
それで相手は泣きながら立ち去って行く。
「あんたは陸ガメだからうちを乗せて竜宮城には連れてってくれないよね、この辺に海はないしね、それとも首とか手足を引っ込めて炎を吹きながら空を飛んでくれる?ハハハ、冗談だから安心して、さてと奴が仲間を連れて戻って来る前にうちは行くからあなたも早く安全な場所まで移動しなさいよ」
(ここも長居が出来なかったわね)
「今は何時頃だろう?」
(お昼にはまだ早いと思うのよね、夕方5時にはどこからともなく『家路』が流れてくるから分かるけどお昼って音楽が流れたかしら)
「せっかくここまで来たのだから直ぐそこを流れている筑後川の支流でも見てから帰りますか」
(この先にある筑後川って確か九州で一番長い川で良かったんだよね、日本では何番目に長いのかしらは知らないけどね、知らない事はさっさと調べなさいねってウオンさんが言ってたわ、帰ったら早速ウオンさんに聞かなくっちゃだわね)
ジャブン、バシャバシャ!
「誰か…川に落ちたのかな?違うみたい… あれは何んだろう」
(うおっ! 魚だ! すごく大きい、バシャバシャってダンスでも踊ってるのかしら? あっ! 違うヘビを咥えている! ヘビと戦っているんだカッコいい、凄い物を見られたな来て良かったよ、どっちが勝つんだろうあれこっちに近づいて来てないか、捕まえられるかもあっ、足が…)
ジャブン! バシャバシャ
「あブブブぶへーッ!げほっ、うちが川に捕まってしまっちゃったよ~、えらいことしちまったふ… フアックション、寒い、う~ッ」
ブルブルブル
(これはヤバいかも、誰も居ないよね新米刑事も居ない、一度全部脱いで絞って身体を拭いて走って帰らないとヤバいかも…)
ピンポーン! ピンポーン、ピンポンピンポン、ドンドン!
「ただいまー! 誰も居ないの? カギを開けてよー」
(これは困ったしくじった、まだお昼には早かったみたいだ…どうしよう)
タンタンタンタン
(アイリーンはお昼にちゃんと帰って来るんだろうねぇ)
「あれ、メーターボックスの扉が開きっ放しじゃないか」
(業者の人が閉め忘れたのか…)
「ア、アイリーン! あんた何て所で寝てんだい!」
「ウ、ウオンさん?寒い、身体が… 寒くてたまらないよ」
「あんた熱が凄く高いよ、どうしたのさ服もびしょ濡れじゃないか、もう少しの辛抱だからね」
(まず布団を敷いてアイリーンを脱がせて身体を拭いて寝かせて、暖房を最強にして今日の休みは確か… ダンだね)
ドンドン、ピンポーン!
「ダン! ダン君!ウオンよ出て来て急ぎなの」
「分かってるよ、そんな乱暴者はウオンさんしか居ないから服ぐらい着せてよ」
「パンツさえ履いていれば問題ないから、大変なのアイリーンが高熱出して倒れているから、アンを呼んできて欲しいのよ仕事場まで急いで行ってくれないかい」
「分かったから落ち着いて、仕事場まで急いで行くんだったらそれこそ服を着て行かないと警察に捕まってしまうよ」
「お願いするよ私はアイリーンの傍に居ないといけないから」
「どんなに急いで行ってもアンを呼び出して帰って来るのに2時間は掛かると思うから、救急車を呼んだ方が良いと思うよ」
「駄目よ、お金が無いよアイリーンは健康保険に入れないの知っているでしょう」
「日本の救急車はタダだったと記憶してるけど」
「救急車はタダよ、その後の病院代が高いのよ最低でも4…5万円は必要になるのよ、それに私達の村ではどんな病気でも自分達で直していたでしょう。それでも死んで逝く人は天命だったんだって納得してたじゃないか」
(ウオンの話を聞いている間に用意は出来たし忘れ物は…手ぶらでオッケーっと)
「じゃあ行ってくる、身体を温めて待っていろ」
ガチャ、バン、ドン
「アイリーンのよね分かった、待っている」
(後は… 頭は冷やした方が良いのよね冷凍庫に残していた保冷材がやっと役に立つわ、いつも邪魔だったけど置いてて良かった、それと身体を温めるのは肌と肌で直接温めるのが効果があると言うけど本当かどうか疑問はあるけど今はやるしかないね)
『アイリーンアイリーン、起きるのだ起きなさい、まだ川向こうに逝くのは早い』
(この声はいつか聞いた声… だれうちを呼ぶのは、あれ? ここは河原みたいだけど筑後川じゃないわね、知らない川でも知っているような気がするのは何故かしら、石があっちこっちで積み上げられている…うちも積み上げなくてはいけないのよね)
『駄目だその場所の物には触れるな、お前を呼ぶウオンの声が聞こえるだろう応えてやるのだ』
「あなたは誰なの?この前はうちのことを呼んで悪人に捕まるのを防いでくれたよね、今度は何なのかなぁ」
『お前はまだ私を認知出来ない、だがいずれ知ることになるだろう。それまで無事でいるのだぞ』
「う~ん、息が苦しい…」
「アイリーン気が付いたかい… 良かった、本当に私の方が生きた心地がしなかったよ」
「ウオンさん?うちどうしたのかなぁ、ウオンさん裸だ(おっぱい大きい)くっつきすぎ息が出来ないはずだよ赤ちゃんは良く窒息しないね、あれうちも裸だ…」
「アイリーンが気が付いたのなら服を着ようかね待ってな直ぐ用意するから、お腹も空いているだろう、うどんでも作るよ…」
ガチャ、バン…
「アイリーンは無事なの?」
「ぎゃっ!アン扉を… 扉を早く閉めてよ、ばかダンこっち見んな!」
(しっかり見えてしまった。今回の報酬はこれでいいや)
「ウオンさん酷すぎるよ、それが凄い勢いで行って帰って来た僕に掛ける言葉なの」
「当たり前に決まってるじゃないか、お釣りがくるよ」
「そうかもね」
「認めたわね、お釣りをよこしな!」
「ちょっとあんた達、病人が居るんだから静かにしてくれないか」
「うちは大丈夫だよ、だいぶ良くなって… お腹が空いたわ」
「うどん、直ぐ出来るからねアンさん体拭いてあげてから服を着せてよ。ダン居るんだろう布団なおしてくれないかなぁ」
「部屋の隅に畳んで置くだけでいいよね、また直ぐ敷くでしょう」
「それでいいよ」
「アイリーン食べたら直ぐに寝るのよ、まだ熱がだいぶ高いわ」
「そうね頭がぼーっとするわ、うち川に滑り落ちてしまったよ、人生最大の失敗だね、そして気が付いたら知らない川の側に立っていたんだよ足元には小石がいっぱい敷き詰められていてさ、小石が幾つも積み上げられていたの、それでうちも小石を積もうとした時に声がしたんだ、何て言ってたのか思い出せないけどその通りにしたんだよ、そしたらうちを呼ぶ声が聞こえて返事して目が覚めたんだ」
「アイリーンは賽の河原まで行ったのね良かったわ船に乗らなくて、そこで船に乗ったら死んでしまうところだったのよ」
「あの声を何度か聞いたように思うの、うちが危ない時声がして助けてくれるの、でも誰だったのか結局わからずじまいなのね」
「アイリーンを助けるためにご先祖様が来てくれたんじゃないかしら」
(ママにそんな信仰心があったなんて知らなかったわ)
「真昼の幽霊だったのかしら…」
『私が次にお前と会う時こそお互いが本当の姿になっているだろう』
「幽霊じゃあなかったのかも知れないわね」
『フフフ、また会おう我が愛し子よ』
夜の帳はその日の終演を告げ朝陽の輝きを誘い浄化された新しい一日が開演する。
これからのアイリーンはどのような演目を披露してくれるのだろう。
目が離せなくなるのも面白い。




