第六話「予定された虐殺」
ティアラは少し紅茶を飲んだ後、阿形総理の目を見ながら答えた。
「日本を守るために必要な物、重要な物は何か。
それは只の情報屋である私には専門外の話で、的確なお答えは出来ません。
ただ、彼らが工作対象に選んだターゲットこそがそれなのだとするならば……」
ティアラはハンドサインを手元の機械に向けて切り替えながら操作する。
するとホログラムディスプレイには菱型が8方向に向けて並んだシンボルが現れてゆっくりと回転し始めた。
「それは八菱重工グループです。ご存知ですね?」
「日本自衛軍のドローンや戦車、戦闘ロボから小銃といった幅広い兵器開発を行っている最も大手の企業グループだ。
最近では第二世代の軍用アンドロイドが完成して次期戦闘機械歩兵の採用候補に挙がっており、実用性の試験段階にある。
最近のニュースでは多数の不具合が話題に挙がっているがな。
逆にMERHAM科技有限公司の最新鋭歩兵インプラントにあらゆる面で劣ると言われている。
中国の兵器を採用するなど論外だが」
「総理ともあろうお方が正確な情報を入手出来ていない。
重要な性能情報をテレビからしか仕入れられないなんて、まさに末期ですわね。
では本当の性能情報を比較してみましょう。
私は軍事に疎いですが、阿形総理であればこれらの数字の意味するものはお分かりですね?」
ティアラが端末を操作すると、ホロディスプレイの八菱マークが消えた。
そして代わりに2画面に分割されて2種類の兵器の映像が映し出され、下部に大量の情報が羅列されていく。
一つは人型をした戦闘ロボ、八菱重工の第二世代軍用アンドロイドである。
機械むき出しの武骨な体で、頭部は人間のガイコツのような骨組みとなっている。
胸と背中に旭日旗がプリントされ、人間と変わらない動作でライフルを撃ったり車両を運転している。
もう一つは生身の人間で体の各所にケーブルが突き刺され、手足をサイボーグ化して拡張している。
羅列されている情報は行軍速度、積載重量、耐久時間、反応速度と言った単純な数値から、模擬訓練の制圧任務、掃討任務、救出任務や爆破工作任務などに要した時間とスコア等。
そしてそれを実地で見た軍人の所感等である。
「なんだこれは……全ての面で八菱重工のアンドロイドが上回っているぞ。
こんなもの比較や議論の余地も無い。
いや、コストだけはMERHAMのインプラントが安いか。
マサコ君、君はどう思う?」
「……映像を見る限り、MERHAMのインプラントは報告書を盛っていますね。
八菱重工のアンドロイドの方はかなり高性能です。
既存の世界中のどの同種の兵器より一世代は先を言っていると私は見ます」
「阿形総理、マスコミに騙されてしまいましたね」
ティアラは映像を切り替えた。
そこではアイアン・エンジェル・プロトタイプが多くの職員を殺傷している監視カメラの映像が流れ始めた。
「中国も八菱重工のアンドロイドを警戒し、扇動工作を行う指令を日本国内の協力者に出しています。
そのネタがこれ、5年前に八菱重工研究所ビルで発生した軍用アンドロイド暴走事件です。
この映像はまだ表には流れていませんが、既に裏でやり取りされた形跡があります。
おそらくこういうスローガンで、八菱重工の第二世代軍用アンドロイドの採用を見送らせるよう、民衆の力で圧力を掛けさせるでしょう。
『ロボットは暴走して危険だ。危険な軍事は生身の人間が行うべき』
近年は散々、民衆と言う言葉が共産国家の工作に悪用されて悲しい限りですが」
「分かった。
万が一、歩兵用インプラントが採用されれば今度はこう来るつもりだろう?
『生身の歩兵を危険な戦場に行かせてはいけない。話し合いをして駄目なら降伏しよう』
私は愛国者であり現実主義者だ。
国を守る為、何としても八菱重工のアンドロイドを即刻増産させつつ、採用するように手を尽くそう。
何としても九州の防衛戦に間に合うようにな」
ティアラは真剣な眼差しで阿形総理を見つめて、しばらく黙り込んだ。
「ど、どうしたのかね?」
「日本で最高峰の情報屋として、阿形総理を信じて最大の情報をリークさせて頂きます」
「最大の情報? 何だねそれは?」
「中国が九州へと侵攻する、開戦理由となる虐殺事件です。
福岡県京都郡にあるメガ中華街が12万人の中国系移民の住人達と共に狂信的極右組織『R.P.S』、正式名称『Red Pollusion Sweepers』の構成員によって占拠されて孤立し、虐殺ショーが行われます。
日本の警察も軍も動きません。
中国はそこに住む中華系移民を守る為、日本へと侵攻を開始します」
「『R.P.S』というと……」
「アンチ・チャイナを方針とする秘密結社、構成員は総数20万人居ると言われています。
よく顔をホログラムのフルフェイスマスクで隠して、中華系移民に暴力を働いたり、殺傷して話題になる過激派集団です。
ですがこの虐殺事件ではマスクの下にあるのは彼等の顔ではありません。
予め日本に潜入させてあった民衆解放軍の兵士達です」
「もう起こった事のように言うが、それはまだ起こっていないんだね?
それが開戦理由となるならば、それを阻止すれば止められると言う事だね?
ならば、分かっているならば止める事は容易だ」
「既に阿形総理、あなたの力はほとんど封じられているのです。
正規の手段でこれを食い止める事は不可能でしょう。
発表したところで笑われるだけ、かえって政治的寿命を縮めるだけですし、九州方面の警察、自衛軍の上級将官達もあちらの手に落ちています。
不可能です……正規の手段では」
ティアラは黙ってマサコの方を見た。
その視線に気づき、阿形総理も振り返ってマサコを見る。
「ん?」
「マサコ君、また君に国の命運を託すことになりそうだ」
「火車の力で彼等の計画を阻止出来るのでしたら、どれほど素晴らしいでしょう」
マサコは答える。
「阻止のためにはまず重要な事をお聞きしたい。
その事件は『いつ』、起こるのですか?」
「恐らく次の衆議院選挙後、予定された混乱が起こる時期だ。
そうですな?」
「はい。恐らく『R.P.S』が自分から世界中に宣言して行動を始めるでしょう」
「それなら予め私を含め、火車の中で潜入が得意で鼻の利く者に探らせておきましょう」
阿形総理は黙ってティアラの顔に向き直って様子を伺う。
その意図を察したのか、マサコは補足する。
「センサーやカメラ、電子情報だけで探る情報なんて所詮、限界があるものです。
我々の手段は原始的ではありますが、何のケーブルも通ってない建物の奥地にだって侵入して探ってみせますよ。
生の情報をね」
ティアラは両手の指を組んで笑顔で答えた。
「あら、頼もしいですわね」