第四話「クラブ『音音』」
マサコと阿形総理、そして唯一マサコが安全と判断した経済産業省秘書官の海江田 公子の三名は二回ホバーカーを乗り換えた後、立ち並ぶ20階建て規模のビル群が並ぶエリア上空を飛んでいた。
この時代でいう中流階級の国民が住む区域である。
法律で定められた空路によってビルの高さが制限されている為、ホバーカーの下5メートル程を次々と同じような高さのビルの屋上部分が後ろへと流れていく。
ホバーカーの運転手が前を向いたまま声を上げる。
「あと200メートルでクラブ音音に到着します。
クラブ音音の建物上空を通り過ぎながら50メートル程降下をしますので、ベルトをご着用頂くかしっかりと手すりにお掴まりください」
「分かった」
「中層域ですよねここ。
私はあまり来たことが無いなぁ。
治安とか大丈夫ですか?」
マサコはすぐ下のビル群や進路に平行する地上の道路、そして地上を走る電気自動車を見下ろしながら言った。
「人が大勢いるところに絶対安全な場所なんて有りませんし、安全だと感じていたらそれは幻想です。
その為に私が付いています。
例えば笑顔で余所を向いて雑談しながら歩いていた通行人が、すれ違う瞬間に突然発狂して高周波ナイフを繰り出して襲ってくる可能性だってあります。
まぁそれは極端な例ですが襲う側からすればその程度の偽装は容易だと言う事です。
私は機密性を考慮した最小限の人員としてお二人を守る為、お二人の3メートル後方をついて歩きます。
離れ離れになったりしないように、そして出来るだけ見知らぬ他人に接近する事は避けるように心掛けて下さい」
「わかった。海江田君もいいね?」
「はい」
「クラブ音音に到着しました。これより降下致します」
ホバーカーはこの地域にしては豪勢な土地の使い方をした建物、クラブ音音の上空を飛んでいた。
眼下にあるのはT字型の3階建て程のビルと、その周囲を取り巻く芝生と噴水のある庭園、さらに駐車場である。
洋館のような外観で、ダイオードの電飾が灯り、ホログラムの鳥や電光板が建物の表面や屋根を浮遊している。
建物上空を越えながらホバーカーは高度を徐々に下げ、スラスター噴射するホバーカー専用に広くとられた駐車場に着陸した。
プシュゥゥゥ
ホバーカーの扉が開き、おりやすいように座席が少し外側にせり出す。
阿形総理は真っ先に降りて振り向く。
「行きましょう」
秘書官と並んで入り口に向かいながら、阿形総理は懐から伊達メガネの様な物を取り出して顔に装着した。
それと同時にホログラムの映像が顔を覆い、古代ローマの彫刻のような白面に変わる。
秘書官も慌てて自分の物を装着する。
流石に総理大臣やその秘書官ともなると日本全国に顔が割れている。
人の多い場所に入るなら、変装は必須である。
二人は並んでクラブ音音の入り口に入った。
「クラブ音音へようこそ!」
「クラブ音音へようこそ!」
一世紀前に流行った電脳アイドルのコスプレをした二人のホステスがお辞儀をしたあと、扉を左右に開いて奥へ入る様に手で促す。
マサコは二人のホステスをしっかり監視しながら、阿形総理達に遅れて後に続いた。
中に入ると、別の1人のホステスが奥から現れ、阿形総理の偽装した面を見てからお辞儀する。
「お待ちしておりました。
ティアラはVIPルームにおりますので、ご案内致します」
「うむ。頼むよ。確か、ちぃさんだっけ?」
3人と少し遅れて後に続く一人は、多くのテーブルと羽振りのよさそうな客たち、ライトアップされた舞台の横を抜けて歩いて進む。
「覚えておいてくださいましたね。
ちぃは光栄でございます。
それにしてもSPの方は後ろの女性お一人だけでしょうか?
本来は何十と引き連れて周囲を取り囲まれる程の立場になられたはずですが」
「大丈夫。一人でもそれに匹敵する実力を持っているからね」
「正直言ってほっとしております。
大量のSPを連れた方がご来店する事も無くはないですが、ちょっとした騒動になってしまいかねないですから」
「あの、私達が何者かどうして分かったのですか?」
「その男性の方の変装デバイスはクラブ音音が超VIPのお客様に予めお送りしたものです。
お送りする方に合わせて彫像風の顔の個性や表情を変えてあります。
ご来店される予定のお客様の事であれば、当然把握しております」
「凄いですねぇ」
「額の刻印記号を読んだんでしょ?」
「ばらさないで頂けますか?」
「すまんすまん」
「そういう事ですか」
ちぃはフロアの奥の通路を進み、その横に並ぶ扉の一つの前で立ち止まった。
そして壁のパネルに手を当てて認証すると、自動扉が開く。
「こちらです。どうぞ」
阿形総理と海江田秘書官が中に入る。
遅れてマサコも入ろうとするが、ちぃが前に出て止める。
「少々お待ちを。
失礼ですが携帯する武器類の確認をさせて頂きます」
ちぃがマサコに手を触れようとした瞬間、部屋の奥から女性の声が響いた。
「ちぃ、問題ないわ。
その方も通してあげて頂戴」
「畏まりました」
ちぃはさっと横にどく。
「どうぞ中へ」
***
VIPルームの奥側では、華奢で可愛い雰囲気の女性が座り、両膝を机について両手を組んでほほ笑んでいた。
「ようこそ阿形総理大臣。
そして経済産業省秘書官の海江田 公子様。
もうそのホログラムのお面は取って頂いても大丈夫です」
机を挟んで対面する座席に座った二人はホログラム変装用の眼鏡を外す。
マサコは二人の座る座席の斜め後ろで、肩幅に足を開いて背中で手を組んだ直立状態である。
「2年ぶりですかな。
ティアラさんは相変わらずお美しい」
「ナノマシンで骨格まで徐々に変えられるこのご時世、美貌という物の価値も昔ほどではありませんわ」
マサコは目を半分閉じたジト目になった。
(なぁに言っちゃってるんだコイツは)
勿論口には出さない。
ティアラは片耳に指をあてて少し首をかしげる。
そして視線をマサコの顔に向けた。
(やばっ、何か感づいたか?)
慌ててマサコは目を反らす。
ティアラは気を取り直したように話を続ける。
「コホン。
さて、まずは一国の総理大臣である阿形様がどのような情報を求めて来られたのか、お聞きしてもよろしいかしら?」