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第一話「内閣直属特殊部隊『火車』」

「2115年、アンドロイドの救世主」の登場キャラクター、マサコの物語です。

彼女の所属した内閣直属特殊部隊『火車』での活躍と、崩壊して情報屋ティアラの元に落ち着くまでのサイドストーリーです。

5、6話完結を目指します。

 西暦2112年01月03日 午前2時10分。

 伊豆半島の海岸を見下ろせる山中に8階建ての直径500メートルの円筒形をした建物があった。

 その名は緑宝プリンスホテル。

 五つ星の超高級ホテルであり、大企業の実業家や王族、財閥トップの家族等が宿泊するような場所である。

 化学物質汚染の影響でこの時代には緑の木々は珍しいが、このホテルとそれを取り囲むいくつかのビル群の周囲には人工的にメンテナンスされた森が広がっている。

 ホテルとそれを取り巻くビル群の窓には室内の灯りが各所に灯り、その周囲を真っ暗な森が取り囲む。

 深夜なので外を歩く人の姿も動く車の姿も、屋上の駐車場から飛び立つホバーカーの姿も無い。

 むしろ、普段に比べて静かすぎる光景である。


 そのホテル群へ向かって飛行する三機のホバーヘリがあった。

 機体が全て光吸収塗料の漆黒のカラーで覆われ、下部に機関砲、両翼にミサイルポッド、尾部に偵察用ビットが4つ装着された兵員輸送用ホバーヘリである。

 二機が先行して進み、一機が速度を落として低空飛行で留まる。

 低空飛行するホバーヘリの貨物室内では手術台のよな6つのシートが2列に並べられ、それぞれのシートの上には靴と手袋と下着以外は裸の人間が横たわっていた。

 筋肉隆々としつつも適度に脂肪の付いた軍人体型である。

 一人だけ女性が居たが、彼女もそこらの女子プロレスラーなど捻りつぶしそうなたくましい体をしている。

 全員が口と鼻に人工呼吸器の様な物を装着し、体中に何かの液体を送り込むための細いチューブが突き刺さっている。

 そのシートとシートの間で、ヘッドセットを付けた白衣の男が手元のPDAをチェックしながらどこかと無線連絡をして頷いていた。

 白衣の男はしばらくすると6名の軍人に呼びかけ、軍人達はうっすらと目を開いて聞き始めた。


「皆さん、貫通狙撃チーム12名は既に緑宝プリンスホテルを取り囲むビル群の屋上や壁面、建物の影に移動と待機が完了したそうです。

 いつも通りのサークル状に対象を囲む12方位です。

 当機はホテルから1キロの地点で待機中、一分で目標到達できる位置でホバリングしています」


 6人のイカツイ兵士達、その中の紅一点の女性が呼吸器を付けたまま言った。


「敵と保護対象の最新状況を」

「はい」


 白衣の男がPDAを操作すると、6人の兵士の眼前にホログラムの画面が表示され、ホテルの構造や赤青で色分けされた人の模型画像が回転し始める。


「8分前、内部との通信が途絶える前の最後の情報です。

 監視カメラと内部情報提供者からの証言から確認された侵入者の兵装は3種類。

 スマートライフルを装備し、マルチセンサーヘルメットで頭部を覆ったポイントマン。

 リニアキャノンを装備し、軽装甲小型パワードスーツとバックパックを装着したライトエグゾスーツ。

 零式熱小銃を装備したライフルマンです」

「やはり例の国か。

 使用する道具で誤魔化そうとしても編成でバレバレだな」


「恐らくそうでしょうね。

 断定はまだ出来ませんが。

 そして人数は直接確認されただけでも30名。

 作戦本部の推定ではおよそポイントマン20名、ライトエグゾスーツ8名、ライフルマン50名規模と見ています。

 最重要保護対象のポートマナウル自由党内閣官房長官フー・グァは関係者と共にホテル内6階のセーフルームに避難済みです。

 フロアもテロ警戒モードとなって各所に防爆シャッターが下りています。

 ホテル警備兵と警備ロボットが必死の抵抗を試みていますが、ここまで大規模な軍隊の襲撃を相手にするのは厳しく、戦線後退を続けているそうです。

 警備兵は総数25名、警備ロボットはサンヨー・ロボティクス社製の中型二足歩行警備ロボ『PR300C』で同フロアにあるのは2機。

 被害状況は不明です」

「20……いや、15分持たないな。

 さすがは阿形総理、情報が入ると同時の『火車』に出動命令。

 まさに英断だ。

 よし、今すぐ屋上へこのホバーヘリを向かわせろ。

 薬剤注入開始」


「了解しました。

 マサコさん」

「広瀬、7階に北側から突入しろ」

「了解!」


「サムソン、吉田、お前達は5階。

 南北に分かれて突入だ」

「「了解!」」


「残りは私と一緒に6階だ。

 米原は北から、内藤は南東、私は南西から入り、最速で敵を制圧してVIP達の安全を確保する」

「了解!」

「了解!」


 白衣の男がPDAを操作すると、6人の体に突き刺さった無数の細いチューブにうっすらと色の付いた液体が流れ込み始めた。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン


 マサコ達の心拍数が上がり、視界がうっすら赤く染まる。

 手足の指が細かく痙攣を始め、全身の筋肉が隆起していく。

 白衣の男が言った。


「目標地点、緑宝プリンスホテル屋上到着まで40秒。

 到着5秒前に最後の触媒を注入します。

 それから皆さんが超人的な筋力と集中力のブーストを得られるのはおよそ12分間のみ。

 それ以降は反作用で急激に……」

「分かっている。

 戦闘服装着機の準備を早く。

 後、私のポッケにいつものお守りを入れておいてくれ」


「それなんですが……。

 死ぬよりはマシとおっしゃりますが、それによって死ぬ可能性がありますし、医者として言わせて貰いますが止めて頂きたいですねぇ」

「早く!」


 白衣の男は諦めてPDAをタッチした。

 既に6人の体には最後の薬剤が注入されており、兵員輸送ヘリの後部扉が開き始めている。


 プシュッ、バチ、バチ


 兵士達の体からチューブとその先端の針が一斉に引き抜かれた。

 今までぐったりと寝転んでいた兵士達が次々と機敏に起き上がる。

 そして貨物室後部にある、まるで拷問器具の『鉄の処女』を思い起こさせる棺桶のような窪みに一人ずつ入り、扉が一瞬閉じる。

 数秒後、扉が開くと全身にぴったりフィットしたタイツと、要所要所を守るプロテクターが装着されていた。

 ほんの12分間用の体型に合わせて瞬間的に調整され、装着される戦闘服である。

 終わった者から順番にセンサー付きのフルフェイスの仮面を装着し、日本刀のような形をした高周波振動ブレードを手にして飛び降りる。

 既にホバーヘリはホテルの屋上から5メートルの位置をホバリングしており、生身のまま着地した兵士達は目標の方角へと散らばって行った。

 最後にマサコも着地し、ビルの南西へと走る。

 そのスピードも尋常ではなく、オリンピックの短距離走選手以上である。

 あっという間に縁にあるフェンスへ辿り着くと、即座に飛び越えて落下。

 ホテル外壁の微妙な出っ張りを掴んだり、足場にしながら8階、7階、6階と5秒も掛けずに降りていく。

 そして6階の巨大な窓を見据えて落下しながら素早く高周波振動ブレードで三角形に切れ込みを入れ、一呼吸すら置かずに内部に突入。

 三角形のガラスが床に落ちて粉々になる頃にはマサコは既に部屋の扉を通り抜けていた。


 赤く染まった視野の中で、建物の構造図を仮面越しに映しながら廊下を疾走する。

 廊下の景色はまるでジェットコースターの様な勢いで後方へと流れていく。

 大きなホールに走り出ると、そこには5名のライフルマンと一体のライトエグゾスーツが立っていた。

 後方警戒していたライフルマン1名のみはマサコの突然の登場を見ているが、他の者は背を向けている。

 その1名にしても薬剤で感覚をブーストさせているマサコに比べれば意識の密度は5分の1程度と言った所であろう。


「あっ」


 と思った瞬間でしかない。

 即座に仮面越しのマサコの視界では、4名のライフルマンの頭の上には以下の表示が映されていた。


 【丑】【未】【辰】【巳】


 機械的に算出された、狙撃角度が最適な場所に位置する貫通狙撃チームのスナイパーのコード名である。

 もちろん古代からの日本の十二支ならぬ十二方位から付けられている。

 マサコが床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴って、こちらに気付いているライフルマンに接近する間に、4名のライフルマンは次々とホテルの周囲からの貫通狙撃を受けて脳漿を飛ばしていく。

 その4名が床に崩れ落ちるより先に、残り一名のライフルマンの首がマサコの高周波振動ブレードによる一閃で飛んだ。

 この間3秒。

 マサコの接近に気付いた一人ですら恐怖を感じる暇すら与えられなかったであろう。

 さらにマサコはライトエグゾスーツに接近すると、装甲の隙間から高周波振動ブレードを突き刺して中身の人間の、体の中枢の骨を2回刻んで無力化する。


 阿形内閣直属特殊部隊『火車』。

 その名前の由来は古来からの日本の伝承妖怪、火車のような通り魔的な素早い作戦行動というだけではなく、12名で目標の建物をサークル状に取り囲んだ様子を牛車の車輪に見たてて付けられている。

 建物の外部からは分からない緊迫した内部状況を、薬物強化によって異常な知覚・筋力・スピードを身に付けた隊員が瞬間的な判断力を発揮しながら突入して観測する。

 そして一般人や重要施設、味方の配置の障害が無い敵はコンピューターが割り当てた周囲の貫通狙撃チームが撃ち殺す。

 撃ち漏らしや貫通狙撃不可能なターゲットはマサコ達薬物強化兵が高周波振動ブレードで始末する。

 銃器は使わない。

 無音での素早い行動を優先する事もあるが、そもそも攻撃のかなめは貫通狙撃である。

 そして薬物強化兵が活動出来るのはたった12分。

 だが彼らは知覚のブーストによって、体感ではもっと長い時間を戦っている。

 それに大抵の場合、薬物強化兵は12分も有れば仕事を終える。

 これはしょっちゅう撃墜されて戦いが膠着しがちな偵察ドローンでは出来ない事である。

 狙われた敵は『火車』の登場、得体のしれない敵の登場報告を受けて、何が起こったのか把握し、対策を練っているまさにその最中に自分の喉元に高周波ブレードの刃が到達してしまうのだ。

 恐怖、いや、恐怖すらも感じさせてもらえないのである。


 作戦本部の中央机では、緑宝プリンスホテルの巨大なホログラム映像が映されていた。

 薬物強化兵の突入によって戦術情報がリンクされ、次々と敵の姿、ホテル警備兵の死体などが映し出されていく。

 そして次々と敵が倒れて無力化されていく。

 6階に突入したマサコ、米原、内藤の3名は3分30秒で敵とホテル警備兵の戦闘最前線に到達。

 敵を壊滅させ、5分でフロア内のその他の敵を全て壊滅させていた。


「6階を完全に制圧完了。

 5階はどうだ?」

「ほぼ制圧完了、フロアチェック中です!」


「7階は?」

「敵が居ません。

 おそらく全員が6階に向かった為に、7階には踏み入れなかったものと思われます」


「時間ギリギリまで調べ続けろ。

 5階を見ていた者は続けて4階へ。

 私達は3階のチェックに向かう」

「了解」

「了解」


 マサコと米原と内藤は再びホテルの窓を切り開いて外に飛び出し、外壁を飛びおりて3階に突入した。

 風の様なスピードでフロアを走り回り、数名のライフルマンを始末した後、2階へ降りる。


「はぁっ、はぁっ、時間切れか」


 凄まじいスピードで走っていたマサコだが、12分を越えた頃急激にスピードを落とし、フラフラと歩き始めた。


 ドックドックドックドック


 心臓の鼓動も止まるかと思うくらいに早くなっており、今までの爆発的なエネルギー消費の反動で全身の筋肉から一気に力が抜ける。


「くそっ、まだ1階が未チェックだ」


 マサコは戦闘服のポケットから煙草サイズのケースを取り出し、カパッと開いて注射針の付いた短いペンシル型の器具を取り出し、自分の首に注射した。


  ドクドクドクドクドクドク


 再び視界が赤く染まり、萎縮しかけていた全身の筋肉が再び隆起。

 マサコは1階に降りてから再度走り回る。


 クリアリング対象の最後の部屋で、マサコは自分に背を向けているライトエグゾスーツを発見した。

 そいつは床で寝転がっている人物にリニアキャノンの銃口を向けて、今まさに撃とうとしている瞬間であった。


(米原! あのバカがっ!)


 米原は床にぶっ倒れて激しく呼吸をしながら目を閉じていた。

 薬物強化兵は12分間の激闘を終えると、激しい疲労感、倦怠感、脱力、そして眠気を感じる。

 意識を保ち続けるのは途轍もなく苦しく精神力が要る上に、マサコの様に追加薬剤を打つなんてのは拷問に等しい苦しみであり、恐怖である。

 実際、死のリスクがあると再三注意を受けている。


(だが戦場においてそのような物に負けてしまって目を閉じるなど、甘すぎる!

 恐らく米原はもう8割方意識が飛んでいる)


 マサコは急いでライトエグゾスーツに接近するとリニアキャノンの銃口を蹴り上げて反らす。


 ドゴォン!


 間一髪のところで米原は眠ったままミンチにならずにすんだ。

 そして代わりに天井に大穴が開いた。

 マサコはライトエグゾスーツのアーマーの隙間から高周波振動ブレードを突き刺して止めを刺す。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ。

 ホテル全フロアチェック完了」


 報告と同時にマサコは意識を失い、その場に倒れ込んだ。

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