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箱庭物語  作者: 晴羽照尊
『シャンバラ・ダルマ』編 本章
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40th Memory Vol.45(地下世界/シャンバラ/??/????)


 遠くから飛来した槍。そして、何度も打ち返したもう一本の槍。それらが同時に、青年を貫かんと目前にまで迫る。


 そこに立ちはだかったのは、学者だった。


「ひいいいいぃぃ!! 無理無理無理無理!!」


 しかし、頼りないことを叫んでは、半泣きで、もはや目まで瞑っている。


「メイリオ! 大丈夫だから、集中して!」


 遅れてやってくる、ギャル。といっても、いまだ変身中で、その姿はふりっふりの純白衣装の、魔法少女なのだけれど。


「怖いよお願い助けてぇ! 『シャノワール』ううぅぅ!!」


 その哀れな叫びに呼応して、彼の持つ、灰色を基調として、そこに濃い紫で、ぼやけた猫のような模様が描かれた装丁の『異本』、『Brouillard(ブリュイヤール) du(デュ) Chat Noir(シャノワール)』がにわかに発光した。


 すると、飛来する二本の槍は、どちらもその存在を失わせるように細く姿を変えていき、最終的に消えてなくなった。青年は、体を検分する。どうやらどこも貫かれていない。


「これは……?」


 学者へ問い質す前に、次なる行動が巻き起こる。


「慈愛の橙。『ロック・ハート』。〝牢閑塊(ろうかんかい)〟」


 ギャルは両手で、その胸元にハートマークを作る。それに呼応した光が輝くと、土石などない泡の地下世界に、二つの巨大な柱が生え、まっすぐに遠くの執事を襲った。だが、そもそも距離が足りていない。それは執事の2~3メートル手前まで伸び、そこで止まったのだ。距離感を見誤ったのだろうか? いや――!


「じゃあ、ここは任せたぞ」


 黒い影が、ギャルの脇を通り過ぎる。決して速くはない。それでも身軽に、その影は、伸びた石柱を駆けて行った。


        *


 執事の拳が女に触れる直前、それは止まった。いや、止まっていなかったとしても、女には当たらなかっただろう。


「失礼しますよ。マドモアゼル」


 気障な物言いで、その優男は言った。さらに上空へ、女を抱え、飛び上っている。それゆえに、間一髪、執事の拳は女に届かなかったのだ。


「気を付けい! どれだけ速く動こうと、虚を突こうと、やつはこちらを感知できるぞ!」


 礼を言うより先に、女は忠告した。だが、その忠告ももう遅い。そうこう話すうちにとっくに、執事は彼らを睨み上げているのだから。


「無駄だ――」


「もっと燃える気はありますか?」


 しかし優男は想定済みと言わんばかりに、執事の言葉にかぶせるように言い、指先を向ける。


 炎を掃射する。そう執事は思った。だからそんなものは無駄だと言わんばかりに、向けられた幼稚な銃口を無視し、拳を再度掲げる。翼を羽ばたかせ、さらなる上昇を――


「ぐ、おおおおぉぉぉぉ!!」


 だが、実際に放たれたのは、油だった。可燃性の液体。それが執事の体、その全身を覆う。結果、その体の熱により、さらにさらに、彼の体は燃え盛った。


 優男の炎では、執事のそれに及ばない。ならば、それほどまでに強力な彼自身の炎熱を利用し、油を浴びせ、さらなる高温を誘発する。それが優男の狙いだった。


「ぐ……この、程度で、俺を燃やせると、思うな……!!」


 ダメージはあるようだ。だが、動きは鈍ろうと、まだまだ健在に動けるらしい。わずかな時間は稼げたが、それでも、改めて執事は、拳を握る。


 視覚的にさらに燃え上がり、おぞましい姿で、形相で、執事は睨み上げる。


 だから――だから、優男は、口元を緩めた。


「おまえの推測通りだったな、ゼノ」


 不意に(・・・)、執事は背後に、声を聞いた。


「この翼、ある程度強いやつしか、感知できないんだろ?」


 優男に向けられた一言目とは違い、それは、明らかに執事へ向けられた言葉。その意味を、執事は理解する。看破されていることを、それに、対策されているのだということを。


『グラウクスの翼』で感知できないほどの弱者が、自分の後ろをとっていることを!


「落ちろ、クソ天使」


 言って、男は、執事の翼に掴みかかった。左右の手で、その両翼をそれぞれ掴む。そして渾身の力を籠め、執事の背を蹴り飛ばし、思い切り、引き剥がした。


        *


 その堕天の様子を、青年たちはなにか、歴史的瞬間を垣間見るように唖然と、見上げていた。


「なんなんですか、あの男は」


 愚かな者を蔑むような、それでいて理解できない者を畏怖するような口調で、問うでもなく青年は呟く。


氷守(こおりもり)(はく)。べつにどこにでもいる、普通のおじさんだよぉ☆」


 それに、ギャルは答えた。こちらは友人を称賛するように、誇り、自慢するような口調で。


「……とはいえ、翼をもぎ取ったところで、さしたる意味はない。早く追撃を――」


 言いかけたところで、青年は腕を引かれた。それは槍に貫かれ、怪我を負った左手であったから、さすがの彼も顔を歪める。


「怪我人はまず治療だ」


 いつの間にそこにいたのか……こちらも戦闘力としては期待できない(おきな)だから、気付くのが遅れた。


「そんなもの、受けている時間も、その理由もない。身共(みども)はここにいる誰とも、仲間になったつもりはありませんよ」


「俺だってそのつもりだが、しかし、……俺は医者だ」


 その言葉は、なんの理由にもならない。しかし、その言い方は、それだけで問答無用な、強い覚悟を感じさせた。


「治療を受けたくないなら好きにすればいいが、俺も、あの男に頼まれたからな」


「あの男に?」


「怪我人を手当てしてほしい。敵味方を問わず。とな。あいつは、なぜだかよくは解らんが、あの執事すら救おうと思っているらしい」


「馬鹿な……」


 青年は吐き捨てた。それももっともだろう。もはや、執事との確執は、話し合いで解決できる域を超えている。救う、という行為は、そもそも、強者のみに許された特権だ。あんな弱々しい男が掲げていい理想ではない。


 そう思って、しかし、青年は数刻前の出来事を思い起こした。あの執事の、翼をもぎ取った男を。弱者なりの戦いを。そして、この場にいる、彼の仲間たちを。


「……応急処置だけ頼もう」


 青年は言うと、泡の地面に座り込み、腕を出した。

 闘争心が消えたわけではない。ただ、少し見てみたくなったのだ。


 あの男が、このさき、どう戦うのかを。だから、見学ついでに体の調子を整える。次なる、新たな努力のために。


        *


 落としたところで、なんだというのだ。地上までのわずかな落下中、執事は、そんなことをつらつら考えていた。


 翼をもがれたところで支障ない。むしろ、ネズミどもに近付き、処理しやすくなったくらいだ。ただただ汚らわしいから、距離を隔て、射止めていただけ。それが、同じ土俵――地上に立ってやり合うこととなれば、なお容易に、駆逐することができる。


 この体は、もはや無敵だ。執事は自身に埋め込まれた禍斗(かと)の『極玉(きょくぎょく)』をよく理解していた。


 身を焦がすことで表皮は固く炭化し、それは常に高温を保ち続ける。受けるダメージは防ぎ、触れる敵には燃焼のダメージを与える。攻防一体の鎧。『グラウクスの翼』による探知機能がなくなろうとも、そもそもたいていの攻撃は受け付けないのだ。


 だが、ひとつだけ難点がある。それは、他のEBNA第四世代以降の者にとっても同様の問題。コントロール不能、という点だ。ある程度の出力の差は操れるが、完全なオン・オフを切り替える術はない。それは、精神の奥底。細胞の記憶に関与する……ものらしく、その宿主の意識ではコントロールできないのだ。


 落下中、『パラスの槍』が手元に戻る。一刀両断されても、手元に返れば元の一本槍だ。何度、どのように破壊されようと、支障はない。そして、『アイギスの盾』。倍返しの盾もまだ手元にある。


 屈強な肉体。翼をもがれようと、まだ手元に残る、二つの『宝創(ほうそう)』。いくらだって戦える。だから、こんなことは、無駄なあがきだ。


「――――!!」


 思考のまま泡の地面に落ちると、妙な感覚がした。じゅわじゅわと蒸発する。体が少しずつだが、冷却される感覚。


「静穏の藍。『コールド・ヒール』。〝累氷滅花(るいひょうめっか)〟」


 少し離れたところで、その声が聞こえた。見渡してみると、なるほど、辺り一面、凍っている。


「だが、この程度で冷ませるほど、俺の炎は弱くない」


 煙を上げ、急速に氷を融かす。だが、どうしたことか。融かすそばから凝固し、氷は、執事の体を離さない。


 仕方ない。少しだけ、出力を上げよう。そう、余裕綽々(しゃくしゃく)に思う執事。その体を、いくつもの斬撃が襲った。


「純粋の緑。『ウインド・ウインク』。〝旋風狂(つむじぐる)い〟」


 またも、ギャルの声。そして遅れて感じる、痛み。


 どうやら、冷却によりやや耐久値が落ちている。そのうえ、風の刃だ。炎熱で溶かして無効化ともできない。どうやら相性は最悪のようである。


「なるほど。俺が最初に仕留めるべきは、どうやら貴様だったようだな」


 執事は言って、腕に力を込める。熱量も瞬間的に上げ、右腕だけでも氷から解放。幾度目か解らない、必中の槍を構える。ギャルをめがけて。


 だが、その間に、ひとつの影が落ちた。


「よう。ナイト……だったか?」


 それは、この場で最弱の男。氷守薄だった。





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