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箱庭物語  作者: 晴羽照尊
『シャンバラ・ダルマ』編 本章
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40th Memory Vol.42(地下世界/シャンバラ/??/????)


 執事が次に見定めたのは、女の方だった。だから、ちょうどいい、と思い、優男が口を開く。


「ちょっと待ってください。あなた、まさか全員を殺す気ですか?」


 優男が企むのは、説得ではない。ましてや時間稼ぎでも、自身の命の懇願でも、攻勢に転じるための情報収集でもない。いや、そのすべてを含んではいるが、ここで口を出す最大の理由は、執事以外への団結を求めるためだった。


 あの執事の力はこの場の誰をも凌いでいる。優男の視点から見て初登場の女や(おきな)を含めても、おそらく段違いだ。そう思わせるだけの圧がある。


 だから、ここですべきことは、執事以外の団結。それに際して、自分自身の立ち位置が一番危うい。優男はそう判断する。男とは一度敵対しているし、その仲間であるらしい女も、自分には悪い印象を持っている可能性がある。学者とは言わずもがな。


 とにかく、この場を一つにまとめるには、まず自分がへりくだり、敵対心はなく、役にも立つということを示さなければならない。と、優男はそう、判断したのだ。


「別に。ただ、足元をちょろちょろされるのも、うっとうしいだけだ」


 執事はその冷ややかな目線を、女から優男へ移した。圧倒的な力の差があるにもかかわらず――あるいは、それゆえに、会話は成立する。それが絶対的な強者ゆえの余裕なのだろうか?


「だったら、逃がしてくださいよ。あなたの主人を亡き者にした青年は排したはず。これ以上の殺生は、あなたにとって不要でしょう?」


 もちろん、優男にとっても、ここで手を引くつもりはない。あの執事は危険すぎる。自分一人でも、ギャルと二人がかりでも、そう簡単に倒せないだろう。そんな敵を、みすみす逃すはずもない。特に、これだけの戦力が揃っている現状では。


 組織に身命を捧げたとは言わないが、準備を(・・・)終えるまでは(・・・・・・)、組織の障害になる者どもは消し去っておかなければならない。


「少し、誤解があるようだ」


 執事は大仰に頭を抱えて、そう言った。


()が、いまここでこうしているのは、俺個人の意思だ。死んだ者のことなど、なんらのかかわりもない」


 そして。と、言葉を続ける。


それ(・・)を見せしめるために、やはりもう少し殺すとしよう」


        *


 投擲の構え。相変わらず、馬鹿の一つ覚えだ。


 などと、心中で余裕を持ってみるが、しかし、必中の槍に狙われることがこれほどまでに緊張し、動揺するものだとは、優男は思い、冷や汗を一つ、流した。


「お嬢様、とやらに、もとより忠誠などなかったということでしょうか? あるいは、自分が死んだら好きに生きろ、などと命を受けていたとか?」


 その言葉に、執事は反応した。変わらずの真っ黒な容姿。焦げ付きた身のままでありながらも、表情が険しくなるのが解る。


「キサマラニ、ナニガワカル――」


 その変容は一瞬。おぞましいほどの威圧感。異形の力を、改めて解放した、本気の圧で。


「お嬢様は、心なき()に、心を与えてくださった。人でありながら、人ではない私に、人として生きる場所をお与えくださった」


 執事は威圧感を抑えて、投擲の構えを解き、ゆっくりとうなだれる。しかし、力が弱まるということはなく、むしろ負のオーラを積み重ねて。内に内に、ゆっくりと溜め込むように。


「たとえそれが、道具としての有用性なのだとしても、こんな私に、価値を見出してくださった。私は――俺は、生きていていいのだと。この世に生まれてきて、よかったのだと。嘘偽りでも、そう思わせてくださったのだ」


 再度、槍を構える。


「こんな化物を、肯定してくださった。俺自身が受け入れられなかったこの力を、受け入れてくれたのだ――!!」


 その言葉に――思いに、優男には共感する術がなかった。


 だが、他の者――例えば、ただ倒れ伏し、痛みに悶え、治療されているだけの()には、思うところがあった。自分に、生きる場所と、意味を与えてくれた、いつかの老人の姿が、男の頭をよぎる。


 そして、一歩間違えればこうなりかねない、男の家族(・・)の一人が。


「だから、これはただの憂さ晴らしだよ。このようなくだらないネズミの駆除に、お嬢様を理由にすることなどない」


 シネ。執事は全能力を込め、振り降ろす。優男へ向かって、その、必中の槍を。


 冷や汗を流す。だが、策はある。それでも、多少のダメージは免れ得ないと確信し、優男は、無理矢理に笑った。


        *


 空を切り、裂き、突き抜け、高い音を奏でて、槍は一直線に、優男を貫いた。


「ぐふっ……!!」


 左胸。心臓。人体における、急所の位置だ。しかし、一般的な心臓の位置とは、ややずれている。


「や、はり、……ね」


 その胸を貫き、すでに消えた槍。執事が改めて握ったそれを見つめ、優男はまたしても、言葉で戦う。


「自然追尾。相手が動くことを想定したその攻撃は、ピンポイントへ及ぼすには難しい。『あの人間へ』『あの障害物へ』、その程度の狙いしか定められないと、そう、思っていましたよ」


「……その通りだが、それを理解してなお、どうして急所へ受けた?」


「いやあ……ははは……」


 油でも塗った(・・・・・・)かのように(・・・・・)、うまく口を滑らせてくれている。そう、優男は思った。これであの槍は、必中ではあっても必殺ではないことが証明された。


 しかし、優男は両膝を着く。ちらり、と、男の方を見遣って。あとは任せた。そういうつもりだったのかもしれないが、倒れたままの男には、その視線は届かなかった。


「思ったより……速くて……ね……」


 それでも、笑みを湛えたまま、地に伏せる。大量の血液を流して。ぼとりと、命を落とすような、音を鳴らして。


 可哀そうなことに、彼の敗北に関して、声を荒げる者はこの場に居なかった。ゆえに静かに、ギャルが立ち上がるのみだ。


 一歩。また一歩と立ち向かう。これ以上、なにも失わないように。男を守るために、立ち向かう。


「なんじゃ、ガキ。下がっておれ。どちらにしろ、次の相手は、(わらわ)じゃ」


 肩を並べ――身長的には横に並ぼうが肩は並ばないのだが――女は、ギャルを見下ろし、言い放った。


「おねーさんがどれだけ強いかは知らないけどさぁ。あれ(・・)は、一人で立ち向かえるレベルを超えてるでしょぉ?」


 ふん。と、女は鼻を鳴らす。つまりそれは、肯定の合図。一人で戦うならばなんとかならないこともない。しかし、焃淼語(かくびょうがたり)を翁へ貸し、そのうえ、男たちを守りながら戦うとなれば、やや難しい。女は、そう考えた。


「邪魔をするなよ」


 女は言う。


「おねーさんこそ」


 ギャルも応える。


「ユクゾ……!!」


 執事が、またも構えた。


        *


 自分が気付いたのだ。あいつ(・・・)が、気付かないはずがない。

 そう、優男は思った。


「ぐふっ……」


 血を吐く。だが、死に至るダメージではない。それでも、策のために、倒れたままにいる。


「起きろよ、コオリモリ。残念ながら、この場をまとめられるのは、おまえだけだ」


 小さく、小さく呟く。その者の倒れる場所を見て。


 左胸を貫かれた。やや、一般的な(・・・・)心臓の位置(・・・・・)を外してはいたが、それでも、大ダメージだ。即死は免れたが、放っておけば、やがて、出血多量で死ぬだろう。


 それを解っていても、()のために、ただただ動かず、祈る。


 どうやら、執事の次の狙いは、あの女だ。だから、考えていた推定を確信にする。


 やつは、攻撃する順序を決めている。そしておそらくだが、それは、戦闘力の順だ(・・・・・・)。強い者から順に攻撃している。そう、優男は判断した。女の強さは知らないが、あの態度や風貌、並の使い手ではないと予想できる。そのうえ、自分が口を挟んだから先に攻撃されたとはいえ、その後、やはりまた、女へ矛先を向けた。その事実が、少なくとも、攻撃対象を無作為に選んでいるという可能性を拭い去った。


 そしてそれを、翼をわずかに震わす動きと関連付ける。必中の槍。倍返しの盾。ここへきて、よもや翼が、ただ飛ぶだけのものだとも考えにくい。なにか、特殊能力があるはずだと睨んでいた。


 それが、探知。相手の強さを測り、その位置を特定する。それを用いて、姿を現さない青年の本体を貫いた。


 薄氷を渡るような、危うく、理屈などあったものではない推測だが、それでも、大きく外してはいないだろう。そう、優男は確信する。


 だから、あとは、おまえだけだ。おまえが目覚めて、この場をまとめてくれれば、立ち向かえる。


 そう、再度視線を向け、優男は、いまだ倒れた男のもとへ、ゆっくりと這って、近付いた。喝でも、入れてやるために。





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