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箱庭物語  作者: 晴羽照尊
チチェン・イッツァ編
63/385

40th Memory Vol.17(メキシコ/ユカタン/9/2020)


 好青年が相変わらずの掌底でボールを弾き飛ばしたとき、女は無様にも地面に這いつくばっていた。無理矢理な投球に体勢を崩しまくり、そのまま落下した結果である。


 そんな女へも、好青年は無慈悲に、加減なくボールを飛ばす。今度こそまっすぐに、女へと突き飛ばした。当然、それは瞬間で到達する。


「……へえ」


 その投球に対する女の行動に、好青年は笑みを消し、真顔で、本当に驚いたようだった。


 といっても、女の行動は、状況を打破するものではなかった。ただ、これまでまともに対応できなかった好青年の剛球に対し、ようやく対処らしい対処ができた、というだけだ。


「……はあ、……はあ」


 結局、女は最後までしっかと、好青年の投球を目視することはできなかった。ほぼ、反射行動。女は肩で息をし、額から汗を流し、そのボールを受け止めた。……言葉通りだ。受け、止めた(・・・)。弾き上げるでもなく、初手から、そのボールを両手で、掴み込んだのだ。


「やるじゃないか、ホムラ。ルール上、反則(ファウル)でしかないとはいえ、こうもあっさり受け止められたのは初めてだ」


 あはははは。と、やや低い声で、しかし笑顔を振り撒き、好青年は笑った。


「地に腰を降ろしたから、邪念が消えた。危機感から、受け止めるしかないと、本能が働いただけじゃ」


 消沈した語気で、女は言う。受け止めたボールを恨めしく見つめるように、俯いて。


 最後の投球は、女の反則(ファウル)により終了。


 結果は、女3ポイント、好青年4ポイントにより、好青年の勝利である。


        *


 ゲームを終え、少年たちのもとへ戻ると、女はなにも言わず、膝を抱えて座り込んでしまった。影が空間を支配する。どす黒いオーラが淀む。


「あ、あの……姉さん?」


 そのやけに小さくなった背中に、少年はおずおずと話しかける。いまの女に話しかけるのは躊躇われた。だが、声をかけないわけにもいかないだろう。


「…………なんなのじゃ。(わらわ)はもう、お姉ちゃんなんかじゃないのじゃ。ただのおばさんなのじゃ」


 すん。と、小さく鼻を鳴らす。涙こそ流れていないが、かなり気が消沈しているらしい。


「そんな落ち込むことはない。あの強敵相手に、あれだけの立ち回りをやってのけたんだから」


 本心だ。だが、そんな言葉では女を元気付けることはできない。そのことに気付いていたから、少年の言葉は尻すぼみになる。


「普段なら、そう言い聞かせられもしよう。しかし、今回ばかりは負けられんかった。あれだけの強敵だったのじゃからなおさらな。(なれ)らに、あやつの相手はできんじゃろう?」


 正論だった。勝たねば先に進めない『試練』において、経過などなんの意味もない。そのうえ、相手が強敵だったからこそ、もっとも強い女が先んじて負けるというのは、最悪の状況だ。しかも、ゲーム前、あんな大見得まで切っておいて。


 それでも、こうして膝を抱えていれば話が好転するわけでもなし。女には普段通りにしていてほしい。少年はそう思う。……普段通りになったとて、『試練』としてなにかが好転するわけでもないけれど、それでも。


「姉――」


 少年が、足を踏み出したときだった。


「『おねえちゃん』……!」


 ふわり。と、少年のような葛藤をまったくもたない自然さで、先に女を包んだのは、女児だった。


「よくやったのです。えらいえらい、なのです」


 小さくまとまった女の体へ覆いかぶさり、あやすように頭を撫でる。


「うええぇぇん! カナタああぁぁ!」


 堰を切った。張り詰めていたものが、溢れだした。負けた現実と、女児の抱擁によって。


 女は、泣き、喚いた。女児を強く強く、抱き締め返して。


 そして女児は、泡を吹いた。ぶくぶくぶくぶく。と。


        *


 ひと段落して、作戦を立てる。少年と女児は先に宣言した通り、二人組で『試練』に臨むらしい。


「まず、大前提として、あやつ、少なくともゲームに勝つ気はさほど強くはない。どちらかというと、ただ楽しんでいるだけじゃ。そこに勝機がある」


 勝機がある。などと、本当に思っているのかは解らないが、女はあっさりと自信を持って、可能性については言い切った。その姿を見て、「ああ、やはり自分とは違う」、そう少年は感じていた。


 やはり姉として、年長者としての、カリスマのようなものを持っている。みなを率いていく素質。自分にはない。むしろ妹である、ハルカの方が、まだその素質は高いだろう。そう、少年は思ってしまった。妹とはいえ、ハルカは、生まれながらに弟と妹を持つ姉なのだ、それも頷ける。……そういえばいまごろ、どうしているのだろう? ふと、少年は瞬間、そんなことを考えた。


「なるほど。つまり、あえてボールを躱し反則(ファウル)にするような、『面白くない行動』は避けるかもね。あるいは遠くに落ちるボールに、無理をしてでも手を伸ばすような、そういうことをしそうだ」


 少年は分析する。


「そうじゃ。その点、こちらが投げ手(スローワー)のときは、まだ十分に加点のしようはある。……問題は受け手(レシーバー)のときじゃな」


 女は言うと、やや俯いた。一度目の受け手(レシーバー)のときに剥がれた爪先を見る。痛みはおくびにも出さないが、苦いものを噛み潰したような表情を浮かべた。


「それだけど。あえてすべての投球を、躱すのはどうだろう? 姉さんとのゲーム中、彼は、触れなければ場外になる反則(ファウル)ボールを投げることが多かった。うまく躱せれば、敵の反則(ファウル)を奪えるかもしれないし、少なくとも怪我をして続行不能になることは免れられる」


 少年は言った。


「それが妾としては望ましい。あんな剛球。汝らに受けさせたくはないからの。さすがに死にはせんじゃろうが、当たり所が悪ければ、意識を失うくらいはしてもおかしくない」


 弟や妹をそんな目に合わせたくはない。どうやら姉としての心を取り戻した女は、小さくそう言った。


「じゃが、一球目はともかく、二球目以降は、汝らが躱すつもりである、ということをあやつも理解するじゃろう。そうなった場合、どういう行動をとるか解らん」


 なにかを迷うような口ぶりで、女は言った。きっと、女も解っているのだろう。


「……それでも、それが最善だ。……大丈夫、無茶はしない」


 女が迷っていること、それは、もう『試練』なんてやめにして帰ること、だと、少年には容易に想像できた。もはや勝ちの目は薄い。ならば、自分たちを危険にさらすよりも、いっそ諦めてしまおう。女がそういう考えをしていることは、もう解る。それくらいには長く、一緒に過ごしてきたのだ。


 だけど――だからこそ。


 そうやって『家族』として過ごしてきたからこそ、少年も、女たちの願いに助力したいと、強く感じていたのだ。だって、もう――


「わたしだって、あなたの弟だ、姉さん。簡単に負けたりはしない」


 そう言って、少年は立ち上がる。


「お待たせしました、チャクさん。第二ゲームを始めましょう」


 声が挙がり、好青年も爽やかに笑いながら、応対した。


「こちらは二人でやらせていただく。……わたし、白雷(はくらい)夜冬(やふゆ)と――」


 目配せすると、女児も慌てて立ち上がり、少年に並んだ。


稲荷日(いなりび)夏名多(かなた)なのです。負けないのです」


 できる限りの力強さで、女児も名乗りを上げた。


 第二ゲームが始まる。


 ……ちなみに、この二人は、いとも簡単に敗北した。





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