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箱庭物語  作者: 晴羽照尊
台湾編 本章 ルート『憤怒』
338/385

彼らの収束


 日本、青森。


「ですから、とある貴いお方です。名前は明かせませんが――」


 優男は、いらいらしながら電話口に声を荒げる。彼はもともと、こういう、せこせこしたものが苦手だ。相手の顔が見えない状態で会話をするというのも、どうにもやりにくい。


「ゼノくん、ありがとう。代わります」


 そんな優男の苛立ちを察したのか、あるいは、相手方の性格を知っているからか、かの貴いお方が爽やかな顔で手を差し出した。その手に優男は、スマートフォンを渡す。


「もしもし。お電話代わりました、ライル卿。ベリアドールです」


 ぽかん。と、優男はあっけにとられた。その名(・・・)を明かさないがために話がこじれていたというのに、いきなりこの貴騎士は、とぼけたように容易に、自ら名乗った。ふざけているのか。と、優男はじわじわと、心に怒りを覚える。


「――正確には、かつて、そう呼ばれていた者です。……ええ。七代目ダイヤモンド家当主、ベリアドール・ジェイス・ダイヤモンドは、つい先日、ある青年に殺害されました。いまの私は、彼とはなんらかかわりのない者。名は――」


「「ベル~!!」」


 縁側に座り込み電話をかける貴騎士に、部屋の奥からふたりの娘が、どたばたと駆けてきて、そのまま貴騎士に飛びついた。無邪気な娘たちの加減ない突撃に、足を痛めている貴騎士はよろける。だがそれでも懸命に、大切な娘たちを受け止めた。


「――いまは、ベル。ベル・メロディアと名乗っています。世界にとっては何者でもない。ただの……父親です」


 その父親は、娘たちをあやしながら電話口に語る。


「まあ、私の身の上話などは、あなたにとってはやはり、無駄話でしょう。……聞き及んだ話ですと、WBOは解散したとか。ついては、ひとつ、提案をさせていただきたく連絡をさせていただきました。今回は、受け入れていただけますと幸甚です」


「べリア――ベルさん、続きは私が話しておきますよ。あなたは、あなたの役割を果たしていればいい」


 まだ少し苛立った顔付きだが、それでも、極めて優しい心で、優男は手を差し出した。その優しさに笑んで、貴騎士も言葉に甘えることとし、その手に、スマートフォンを返す。娘たちに手を引かれて、貴騎士は奥の部屋へと消えた。


「改めてお電話代わりました。少々ベルさんには仕事がありましてね、続きは私から」


 優男は縁側に腰を落ち着ける。背中に、騒がしい声を背負って。


「うちの雇い主は心配性の子煩悩でしてね。ボディーガードとベビーシッターを随時募集しているんですよ。正直、ベビーシッターはともかく、ボディーガードはもう十分すぎると思うんですがね。ともあれ、WBO解散に伴い、あなたをボディーガードとして雇いたいと、そういう提案です。ご一考いただければ」


 自然に恵まれた山奥の、開けた空を見上げ、優男は返事を待つ。ほのぼのとした空間で、文明の利器を手に、複雑な心境だ。やっぱり、相手の顔が見えないのは、落ち着かない。

 黙ったままの相手方を想像する。悩んでいるのか、困っているのか、怒っているのか。あるいは、話なんぞ聞いてもいないかもしれない。途中でスマートフォンを投げ捨て、とうにその場から離れているってことも、ないことはない。もしそうだったら、自分はなんと滑稽なのだろう。虚空へ向かって語りかけていたとは。虚無からの返答を待っているとは。


 だがやがて、声が聞こえた――。


 ――――――――


 ――台湾、台北。WBO本部ビル、10階、『特級執行官 ランスロット私室』。


「ボディーガード」


 自分に言い聞かせるように、ゴリマッチョは呟いた。その単語を呟きながら、彼の心に響いたのは、もうひとつの(・・・・・・)方の単語(・・・・)。それと、隣で聞き耳を立てるロリババアを比べて、少し、鼻で笑う。


「なに笑ってんのさ!」


 ロリババアが小声で抗議した。


 いいええ。と、嘲るように見下して、ゴリマッチョはやはり、口角を上げる。いちおうは通話中だ、ロリババアもまだ言いたいことはあっただろうが、不機嫌だけを顔に張り付けて、黙ったままそっぽを向いた。


 どうなんですか。と、電話口から圧力を感じた。言葉こそ控えているが、電話の先の人物は、少しいらだっているらしい。それを自分は、冷静に感じている。


 そのとき、ゴリマッチョはふと、楽しい気分になった。隣のロリババアも、電話口の相手も、なぜだか機嫌が悪いらしい。それを、自分は冷静に見ることができている。こうして俯瞰で他人の『憤怒』を見ると、どれもこれも、誰も彼も、くだらない理由に思えてしまう。ただ無暗に苛立って、無意味に感情を荒立てる。それはまるで、馬鹿みたいだ。


「あっはっはっは!」


 だから、思わずゴリマッチョは笑った。その唐突な笑いに、隣のロリババアも、電話口の相手も、ぽかんとした。いらだちが、困惑に変わる。


「くくく……。いや、悪い。……なあ、あんた、名前はなんと言いましたかねえ?」


 笑いをこらえて、ゴリマッチョは問いかける。ふとした感情の波に、身体が熱を持ち、発汗する。代謝のいい身体から蒸気が上がり、鼻眼鏡(パンスネ)を曇らせた。

 電話口の相手は、ゼノ・クリスラッドと名乗った。どこかで聞いた名だった。


「ゼノか。了解した。提案は前向きに考えておく。それと――」


 隣でまだ困惑顔を続けるロリババアを見て、もう少しだけ、にやける。


「ベビーシッターも必要なんだろ? ひとり、あてがいますよお」


 そう、言っておいた。聞いているのかいないのか解らない、騒がしい電話口へ。


 ――――――――


「ちょっとソラ! シド! 少し休憩に――」


「くらえー、ずどどどどどど~!!」


「くらえー、だよー」


「参った! 参りましたから! 痛い! た、助けて、タギーさん、カイラギさん!」


「あははは、伝説の騎士が、娘たちには手も足も出ないようですね。ベリアドール」


「がはははは! もっとやってやれ、ソラ、シド」


「笑ってないでどうにかしてください! どうすればいいのですか、こういうときは!」


「もっとやるよ~、シド!」


「おーけい、ソラ」


「ぎゃああああぁぁ! 助けてええぇぇ! ゼノくううぅぅん!!」


「うるっせえんですよ! こちとら電話中だ!」


 青森県は、いつも平和だった。


 ――――――――


 ――エントランスホール。


 そのエリアの制圧は、ほぼ完遂されていた。現場を掌握したのは、EBNAの面々だ。


 というのも、エントランスホールに動員されていたWBOのメンバーは、誰もが二級以下の執行官。それゆえに、『異本』こそ扱えるものの、彼らの持つ『異本』は、比較的性能が低い。

 そもそも彼らは、もとより戦闘に特化して選ばれた人員でもない。『執行官』とは、『異本』を回収する役職。実力行使を命じられることもあったが、基本的には、穏便に交渉し『異本』を手に入れることを第一にしてきた者たちなのだ。


「うっそだろお! マジかよ! ありえねえ!」


 縛られたギャル男が、地団太を踏んで騒ぎ立てる。かつての『一級執行官』、かつ『パーシヴァル』のコードネームまで与えられた高位の彼が、いまではこのありさまだ。雑兵たちと十把一絡げに前線へ送られ、敗北し、囚われの身である。


「騒がないでいただけます? ラン・ヴァーミリオン」


 褐色メイドが、銀縁眼鏡をきらりと光らせて、ギャル男を見下ろす。


「そうだよなあ……。オレの名前くらい、ライバル組織の皆々様にゃ、知れてて当然だよなあ……」


 いつか、なすすべなく惨敗した僧侶のことを思い出し、ギャル男はうなだれる。自分のことを微塵も知らなかった、あのハゲを。


「いえ、あなたがさきほど、ご自分で名乗られましたの。そうでなければあなたの名など、知る機会はありませんでしたわ」


「…………」


 その言葉に、ギャル男はさらにうなだれる。ともあれ、彼は静かになった。


        *


「ザイリーン」「ルイエルン」


 左右対称である以外は、どちらも同じ姿をしたふたりのメイドが、互いに互いの名を、同時に呼んだ。鏡写しのように、視線を交わす。


「……? どうしましたの? エンヴァ――」


 褐色メイドは双子メイドの、そのラストネームをひとまとめに呼んだ。


 一卵性双生児として産まれたふたりのメイドは、互いに互いの内心を、言葉を交わさずとも理解し合っていた。その特性ゆえにか、彼女たちは自分たち以外の誰かに対しても、その内心を理解することに長けるように成長し、組織の中では常に、誰よりも先制して敵陣へ特攻する役割を担っていた。

 敵の心理を読めるからこそ、その先手を取れる。それゆえにまず第一に、敵の隙をつき味方の士気を上げる、特攻役。そんな彼女らは当然と、外敵の察知にも優れていた。


「…………!!」


 だが、そんな彼女らでなくとも気付けるほどの、強すぎる圧が、遅れて褐色メイドたちにも、伝わる。


「よおおォォ。祭りの会場はここだよなぁ? ……ンだぁ? もうお開きかぁ?」


 言って、彼はフードを持ち上げる。そうして現れる顔は、それを見るだけですでに、その場の多くの者たちを卒倒させかけた。


 それほどに、狂った人生を、進む者。


「わああああぁぁ」「ぁぁぁぁ――!!」


 ふたりのメイドは同時に咆哮し、いまにも崩れそうな自らの足に拳をぶつける。そうして奮い立ち、眼前の、新たな敵へ――。


「や、やめなさい! エンヴァっ!!」


 褐色メイドの声も、虚しく。


「げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! まだ宴は続いてるようで、安心したぜ! なあ、おい!」


 狂人は、左右から息ぴったりに、同時に襲うふたりのメイドを軽々あしらい、一撃で黙らせた後、高らかに笑った。


「せっかくの宴じゃァねえか。WBOも、EBNAも、まとめてこいよ」


 ぼろぼろな姿で、眼光だけを燃え上がらせ、狂人はそう、手招きをする。


 エントランスホールでの乱戦。

 狂人、ネロ・ベオリオント・カッツェンタ、参戦。





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