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地球破壊バクダンちゃんとは青春しない  作者: 友城にい
第二話 「頂上決戦」って言葉、嫌いじゃない
9/38

2-1

「晰さま、ご起床のお時間です。晰さま、お早めに出かけになられませんと、手遅れに」


 セカヒの声がする。

 かなり声が近い。ベッドの横でモーニングコールをしているようだ。お早めに、ってまだアラームも鳴ってないだろ……。


 なにをそんなに急いでるんだ、と眠気の乗る瞼を押し上げる前にふと違和感に気づいた。


 ――異常に冷える。とくに下半身が。


 未知なるピンク色の妄想は、寝汗と加わる青いゾッと背筋をひた走った悪寒で『薄紫色』へと変色する。


 冷静でいられない。


 スリーカウント直前のレスラー並みの反射速度で飛び起きる。


 最初に目にしたのは、脱げたズボンだった。パンツはすんでのところで止まっていて、モノはあふれていない。


 ひとまず安心――とはいかず、続けざまに部屋中を見渡した。目覚めたばっかで、視界がぼやけるが、床にガラスの破片が散らばっているのが朝日の光でわかった。

 そして、ベッド横で失神している見知らぬ女の子がいて。


「なにがどうなってる!?」


 窓の隅を割って、鍵を開けて侵入したようだ。ここ二階ですけど!


 まったく状況が読めてないおれに、制服で準備万全のセカヒが答える。


「おはようございます、晰さま。お目覚め前にも申しましたが、もたもたしているお暇がございません。至急、《最終指令》のご説明を致します」


「さ、最終指令……!? それよりもこの子はなんで失神してんだよ。セカヒかシロムクが手を下したのか。だとしたら禁断になるんじゃ」


「いえ、駆けつけたときには失神なさっていたので存じ上げません。可哀想ですが、玄関脇に置くほか対処法がありません。それとも仕舞っておきますか? 可愛いですよ?」


「危険思想はよせ! ぼ、ボタンは!」


 清楚で恋愛よりも勉学を優先してそうな女の子の成長具合は、残念ながらおれ好みじゃない――じゃなくて、ベッドの宮にスマホと置いてあるボタンを確認する。


「あったあった。あったが、妙だ。なんでボタンを押しにかかってないんだ? ……ああ、ごめん。《最終指令》だったか。教えてくれ」


「興味が包●の皮ぐらい弛んでますね。しかしこうは言っていられません。事態は刻一刻と迫っております。緊張感を持って《最終指令》に挑んでいただきませんと」


 今朝から絶好調で仰々しい。下ネタは過去一でよくわからんが。最終指令だかなんだか知らないが、おれに怖いものはない。なんでもきやがれ。


 ボタンを首にかけて、ガラスを片づけようと窓際に近づくと異様に外が騒がしい。祭り事などの特別行事はなかったはず。カーテンを開けて、割れた窓から路地を見下ろし、その光景に絶句した。


「最終指令『一』――群衆を退け、見事に学校の屋上に到達せよ。但し、昨日さくじつより影響範囲は百倍となり、受ける衝動も百倍となっている」


 セカヒの説明が終わる。


 外には百人を超すいろんな制服を着た若人。

 その若人たちがおれの姿を見るなり、興奮のボルテージを高めた。怒号が群れを成し、黄色い声も混ざる。奏でられない不協和音はただただ耳が痛い。


 心に静かに重りがのしかかる。重い、重い、重い……。思わず、顔をしかめてしまう。


「……バカだろ! 納得できるか! なにが百倍だよ! バカか! ホンモノのバカか! これでどうやって学校まで行けってんだよ! 神がまずやってみろよ! なあ! はあ……」


 荒らげた不満をセカヒはジッと黙聴もくちょうしていた。


 怒るのは、得意じゃない。疲れるし、なにより意味がない。だが怒らないと心が重たいと感じるんだ。重たいままだと動けない。邪魔になる。怒る感情は大切だ。


「晰さまの言い分はごもっともです。しかし、わたくしとシロムクは引き続き、晰さまをお守り、然り微力ながらサポートさせていただく所存でございます」


 息を吐き、心を宥める。


「おう、完全に状況は呑みこめていないが、やってやるさ。やるしか選択肢はないからな」


 まだ寝ぼけているのかもしれない。夢の中ならどれほどよかったか。そんな現実逃避をしている余裕は、明後日の方向に蹴飛ばしておく。


 拒否権はおれにはない。おれは従うのみだ。すべては金のため。金のために。


「そういえば羽花を起こしに行かないと。仕事遅くなる言ってたし、起きてないだろうな。出席日数も相当ヤバいらしいし、放置できないしな」


 制服に着替えながら、羽花の母親の言葉を思い出した。


『鍵を渡しておくね。はい、これで晰ちゃんも家族の一員です。羽花をよろしくね。おばちゃんに似て、バカだから。とりあえず高校卒業までお願いしてもいいかしら?』


 おれの知るかぎりで羽花に父親はいない。芸能関係に入れたのも、子育てに手が回らない母親が少しでも羽花の寂しさを紛らわせるためだったとも聞いている。


 しかしまあこの手の仕事には波があるもので、安全圏にしていた羽花を毎朝起こしに来るおれに、世話係を押しつけるように鍵を渡してきたのが、始まりだ。


 仕事はできても、学業はからっきし。おれは逆だろうが、羽花の成績はギリギリだ。出席もグラビアの遠征などでかなり休みがちである。

 留年は避けさせたい。お願いされたからには、成さねば、揉むためにも――。


「心配には及びません。最終指令の通達が来た直後、晰さまのカバンからキーを拝借し、迅速に羽花さんをお迎えに参りました。今すぐ学校に一直線で向かう準備はできております」

「そうか。そりゃご苦労さまで……助かるけど」


 おれの心配を無にするセカヒの用意周到の発言に驚きはしないのだが、よくもあの羽花が素直に起きたな、とそっちに感心じみたものを覚えているとドアからシロムクが現れた。


「おはようございます、晰さま。挨拶早々失礼しますが、バリケードが限界を迎えていますので、出発の手筈はお早目にお願いします」

「おお、シロムクおはよう。バリケード? ああ、それで外にいる奴らは家に入ってこないのか。……って、シロムクが背負ってるの」


 シロムクの背中でむにゃむにゃ眠っている羽花の姿があった。寝ているまま用意を済まされたらしい。疲れているのだろう、起きる気配はない。


 メロンがスイカをおんぶしている絵面。非常に眺めているだけで保養になります。


「すまないが、羽花をおぶったまま走ってくれないか」

「はい、かまいません。シロムクにできるのであれば」


 シロムクは華奢な体躯でありながら怪力である。

 無論、無理はさせられないが羽花は走っても遅いだけなので、背負ってもらっていたほうがいいと判断した。


 あとは、


「セカヒが足を持ってくれ」


「あらあらいいんですか。パンツ覗き放題なのに。あら、中身もお淑やかですこと」


 失神して脱力している人間は、女の子でも運ぶのは大変だ。二階から階段を慎重に下りて、玄関の反対側、キッチンの勝手口の脇に置くことにした。


「ゲスな行動はあとで怒るとして、とりあえず走るぞ」


 女の子が先陣を切ったように窓を割ってまで侵入してきた疑問は残るが、セカヒに聞いても仕方がない。なによりボタンに手をかけていなかったのが不思議でならなかった。


 考えても答えは出ない。朝支度もままならないで、日課の髪のセットも放り投げて脱出を試みる。


 家の裏、ご近所さんの塀と塀のあいだを抜けて、路地に出られるが勝手口から出たのが速攻バレて、向こう側からバカデカい声で「あっちに逃げたぞーっ!」とまるで脱獄囚のような扱いを受けていた。


 これからどうする。


 電車やバスは身動きが取れなくなるから利用できない。電車でならいつも十分ぐらい。歩いたら二時間超ってところか。走れば多少短縮できるだろうが、マラソンランナーでもないので走り続けられる自信は端からない。


 タクシーはどうだ、とも思ったが手持ちが心もとないことに気づいた。遊びと買い物に散財しすぎた。

って、これに備えて昨晩肉料理をリクエストしてきたのか? 激推しで牛にもされたし。


「なにを知ってる……」

「単なる『観察的傾向の予測』ですが、説明不足ですか?」


 不敵に笑い、答えのような答えじゃない答えをする。


 そうこうしているうちにも、後方から物凄い勢いで怒号や歓喜のタイフーンが迫ってきた。


 やたら騒がしい雰囲気に当てられてか、羽花が突如目を覚ます。


「うーん? あーくん、おはうかー。あれ? ここどこ? なんで走ってるの? ん? うわぁ! いっぱい追いかけられてんじゃん。ひゅー、あーくんモテ期到来だねー」


 起きた早々、呑気なことを言う羽花に「違うから」と否定しておく。強度の増した衝動に羽花に変化があるのか一抹の不安が残っていたのだが、一見して変化はない。


「どうせなら手●キがお望みだったのではないですか?」


「こんなときでもお前は平常運転で助かるよ……モテ期でお願いしたいがな」


 セカヒの下世話もここまで来れば、平穏な日常の一面に思える。

 一旦冷静になろう。二時間追いつかれない保証は、どこにもないんだ。信号は何度もある。引っかかれば即アウト。手を打たねばなるまい。


 シロムクの転送術で自転車を転送してもらって、使うのもいいが羽花がいる手前、やめておいたほうが無難。武力応戦も多勢に無勢。超音波を流しても、おれも身動きが取れなくなるし、数が多すぎる。全員にトラウマを植えつけるのは不可能に近い。


 どうすれば、と眉間にシワを寄せて悩みまくるおれに、羽花が眠気まなこをこすりつつ、


「…………。迷惑なの?」 

「? そりゃあ。なんで追いかけられてんのか、わからねぇんだから」

「ふーん。そっか、わかった。私に考えがある。一回下ろして、シロムクちゃん」


 そう言った羽花は走るシロムクの背中から無理やりに地面に足を着けて、群衆の前に立った。


 そして、すぅ、と腹に息を入れて声高らかに大きく口を開けた。



「皆さんにお願いがあります! もう、ついてこないでください! 猛追だけに!」



 シーーーーン、と鮮明に木霊した。おれの脳内に。

 けたたましいアスファルトを蹴り上げる音はあれど、効果はまったくなかったに等しい。健闘も成果もなく、振り出しに戻るがごとくシロムクに回収され、再び走り出した。


「ダメでした。てへ」


 羽花のこの一言である。


「だろうな。羽花は大人しくおんぶされててくれ」


 とはいえ、鍛えていない体力は限界に近かった。羽花の作戦にならい、精神的なダメージを与える方向で模索を始めた。

遅くなりましたが2話に突入です。

久しぶりの羽花の登場ですが、いい感じにセリフを回せている気がします。

で、

間が空きすぎ問題は重大です。次回こそ頑張ります!


友城にい

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急 展 開 !な感じがとても良いです☆ 久々の羽花ちゃん( ー̀֊ー́ )✧ [気になる点] 無し [一言] 執筆お疲れ様でした。 怒濤の急展開にドキドキしましたよ☆ セカヒの下ネタが…
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