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遅れました。どうぞ。
――しかし、十回ほどやってもビクともしなかった。最近のアーム事情は調整が極端だ。このままやり続けても、お店側への貯金箱になる。
かといって、カッコつけた手前「ダメだ。取れない」とは、口が裂けても言いたくはなく。どうするか考えた末、横にいたセカヒに小声で助けを求める。
「……おれがアームでぬいぐるみの首を掴む。うまいこと持ち上がってるフリをして、重心で出口に落とせないか」
「妙案ですね。金銭を使って取るんですからセーフかと。何度もやると怪しいですが、琲色さんのパンツを見たお礼を兼ねてでしたら、快く協力致しますわ」
「パンツを見たお礼ってなんだよ。どっちかというとセカヒだろ、めくったの。パンツ見たお礼ってならセカヒのほうがふさわしくなる」
「あながち間違いではないですわね。ここは、前と後ろの穴で分けるとしましょう。穴に入れるだけに、しっかりと狙いを決めてくださいまし。一回ポッキリですので」
お前、女だろ! とツッコミたくなったが我慢した。
チャンスは一回。失敗したら頭を下げる。嫌われはしないだろうけど、委員長の中のおれを信じる期待を一ミリも裏切りたくなかった。
委員長のおれへの好感度が少しでも「本物」に傾いてればいいな、などと邪な欲望を掻き立てて、保身のためだけにズルまで利用している。
キリキリする腹の底を感じながら、背後に立つ委員長を一瞥。困り眉をし、不安そうにおれを見ていた。取るか取れないかの心配より、お金を浪費するおれの心配なのかもしれない。
「次で取るから、見ていてくれ委員長」
一言声をかけて、ラスト百円を投入する。アームを操作し、ぬいぐるみの首根っこを挟みこんだのを視認して、セカヒが命令を出す。
「シロムク」
「――はい」
シロムクの指がアイアン・クローをかけているように虚空を掴み、それに合わせてぬいぐるみが浮く。頑固として動かなかったぬいぐるみの体勢が起こされ、そのまま出口の方向に転換される。
神のチカラのひとつ――飛行付与。念力にも近いが、明確な違いがあるとするならば、付与された対象者も意思で飛べる。
まあ人間に使うと禁断になるので、おれは飛ぶ感覚わからないが……。
とにかく、飛行付与で出口に半分ほど持ってこられたぬいぐるみは、重みで落ちてくる。
「ほら、委員長、プレゼント」
「ありがとう晰くん、えっと……大切にするね」
受け取ったぬいぐるみを両腕で優しく抱えて、おれにはにかんだ。が、すぐに目線を逸らす委員長。
喜んでもらえたなら男として本望だ。
「おや? よく見たら高額取引されている人気のぬいぐるみですわね。もしや琲色さん?」
せっかくのムードに野暮なことを抜かすセカヒ。
セカヒに猫だましを食らったように冷やかされ、慌てふためく委員長。
「ち、違うよ! 売らないよ! 晰くんが取ってくれたものなんだから売らないよ……」
シュンと消え入る声。そこまで大きくないと思っていたぬいぐるみが、委員長にギュッと顔をうずめられると自然と頼もしいほど大きく見えた。
「わ、わたし、そろそろ帰るね。もう遅いし、また学校でね」
おれの返事を待たずにそそくさと帰っていく。委員長の家はこの辺だ。
――少し委員長のことを話すと、委員長は男性恐怖症である。重度ではないが、男性に触られたり、見られたりすると身体が硬直し、動けなくなるらしい。
原因となったできごとは、入試会場に向かう電車内での痴漢被害。犯人は常習犯だったらしく、別件でお縄となった。
しかし委員長の心には一生癒えない深い傷を負った。
電車や交通機関に乗らないで済む、徒歩で通学できるこの高校を選んだ。
女性専用車両が設けられた路線であったのなら、痴漢被害に遭わなかった、もしくは女子高に進んでいけたかもしれない。幼い心につけこむだけに飽き足らず、その後の人生をも蝕む狡猾で卑劣な犯罪行為。
委員長にはもっと、笑って生きていられる未来があったんだ――。
そう思うと、ボタンが導いた運命でも、トラウマとか強い拒絶もできないでいた。
「――なあセカヒ、質問していいか。おれの予想する二人のうちの一人は、委員長ってことでいいんかな」
あのあとは適当に時間を潰しつつ、たまに現れる中高生の強襲を躱して、食料を購入したところで帰りの電車に乗りこんだ。シートに腰かけ、買い物袋を膝に乗せたセカヒが答えを返す。
「正解かは判別できませんが、晰さまの読みは的外れではないとわたくしは思います。琲色さんに影響が及ばない事柄に関しては、わたくしも長らく観察に邁進して参りましたので」
元気に人間観察するなよ……。でなく、根拠もあった。
委員長が男性恐怖症であるのを知ったのは、はじめて告白されてから数日後だった(セカヒの伝手で)。だからこそ甚だ疑問が残ったのだ。
男性恐怖症を患いながらも男性であるおれに告白することに。ボタンを押したくなる衝動の変わり種が好意を抱く。道理としての説明でも不明瞭過ぎる。
これで今まで納得していた。するしかなかった。
「十一の制限に委員長が該当しないなら、嘘を吐いていることと同意義になる」
恋する力に男性恐怖症を凌駕する〝なにか〟が含まれているなら、おれにはわからない。
「恋は盲目、とも言いますし、一概に琲色さんが嘘を吐いていると結論付けられません。申しましたとおり、データはおまかせください。晰さまが予想する十一の該当の一人――此処風羽花さんも含めて」
セカヒが名指しする。ボタンを持つ前からの幼なじみの名を。
所持翌日に学校中から追いかけ回される中で、ぽやぁと蚊帳の外にいた女の子。憩いみたいにそこから、おれが追いかける形で一緒にいるようになった。
最初から今日まで、六の影響を受けない十一の該当者――それが羽花だった。
「いずれにせよ。明日には、日常の進展があるかもしれませんよ」
意味深に笑みを浮かべるセカヒ。
「?」
まるで、明日からのことを知っているかのような口ぶりだった。
次の駅で下車する。セカヒの言葉の意味を知るのは、およそ十二時間後のことだった。
ここで第1話は終わりです。次回より、2話に突入です。
あらすじに書いたのがやっと。
早めに更新できるよう頑張ります!
友城にい




