4-13(9月9日。完了です)
――そして、再び対面した玉座にふんぞり返るソウカの姿。
英語を散りばめたピンクのシャツ、シフォンフリルのスカート。前回と同じ格好だ。
「久方ぶりだな。この通り十年ボタンを守ってみせたぞ。なんとか言ったらどうだ」
「ずいぶんと尊大な挨拶だ。里仲晰は、ぼくを慄いていないのかい?」
「そんなの、怖いに決まってる。殺されかけたんだ。これは虚勢を張っているに過ぎないし、こっから一歩も動けない。情けねぇが、殺人鬼を前にした気持ちだ」
「殺人鬼だなんて、心外だね。誰かを殺したわけでもないこの神を、鬼に見立てるだけでは飽き足らず、過剰ぎた比喩まで。ほんっと、御託だけは見上げた度胸だと褒めてやる。が――『玉座から立ち上がり、こっちに歩いてくる。星色の髪を変幻自在に動かし、雌に求愛する孔雀の翼のように大きく広げた。禍々しい殺気――眠れる生存本能が魘され、暴れる。けどおれは、目を逸らさない。ソウカにおれは――殺せないのだ。』――ここではぼくが決定権だ。いい加減覚えれ、痴れ者」
「前も言ったが、武力で屈伏させるのは弱者の思想だ。脅しには乗らない。それにおれは、ソウカを憎むとか負かすとか、微塵も思っちゃいない。求めるのは対話だ」
「『寸でで止まる四方八方の鋭利な毛先。動いていればメッタ刺しにしていたのだろうか。怖っ……考えただけでキンタマが縮み上がる。殺す気しか感じない。やっぱ思う。こいつの命令には死んでも従いたくねぇ、と。』――死んでも、か。ぼくに斬首されかけたきみだからこそ、説得力が桁違いな言葉だ。始める、気分がいい。淀みなく、お望みの終結をしようぞ。『髪を戻し、玉座で足を組む。肘掛けに頬杖をつき、おれに不敵な笑みを見せる。その痩せ細った小さな身体で、なにを企んでいる。』あんまり疑われるとぼくでも傷つくよ? 安心しなって。取引は守るし、最終指令を完了でき次第、報酬の富を贈え、無害で帰すから」
「……どうだか。じゃあ、この際いろいろ聞くが……金の出どころはどこだ。どうして、おれが選ばれた。先日の質問にもまだ答えていない。全部お前の仕業か、ソウカ」
「一方的だね。常日頃、鬱憤が溜まっていると見る。だが、まずは最終指令からやってもらう。すまないがね」
「やるって、すでに十年経ったはずだ。過ぎたあとからクリアしても有効でいいのか?」
「心配無用。正確には一秒前で現世の時間を止めている。最終指令を終わらせた瞬間、きみに報酬を非課税げられるようにね」
「だがその方法だと、おれをここに永久的に閉じ込めておけば、ソウカにとっては都合が良いはず。止めていても、おれはこうして喋っているわけで、なにもせずともいずれ死ぬ」
「『寿命……はないか。退屈、または気が狂って自ら――』無理だね。人間では、この空間で三十分と持たない。もしそれ以上居座り、魔鱗を浴び続けると身体が耐え切れず、最後は――身体が爆ぜる。前回と合わせ、残り十五分てところかな?」
「唐突に背筋の凍る話だな……。とりあえず、前回言ってた『時間を使いすぎた』の理解を得るが、魔鱗ってなんだ? 魔力みたいなのとは違うのか?」
「否定から入らないところが素敵だ。だが、魔力と言えば身に余る。きみもご存知の〝神のチカラ〟で例えたほうが話を進めやすい。で、一方の魔鱗とは即ち――超級磁気魔力破壊爆弾――別名としよう」
「初日以降聞かなかった厨二ワード……そんなだったか。名前に……『魔力』とあるが」
「明白な違い分けはある。神のチカラは自発エネルギーでしか発動できず、他者の干渉もできない。使いを道具置いたのは、片方の停止も踏まえてだ。『たしかにセカヒシロムクが供給し合っているのを見たことがない。だったら、魔鱗ってなんなんだ。こんな変哲のないボタンのどこに関係が。』――大アリだ。魔鱗とは所謂、即発エネルギーの単数形に当たる。個体差で必要な魔鱗が集まった瞬間、即発エネルギーへと変異し、トリガーが超動する。そして、『ソウカがおれの首にかかったボタンに金色の双眸を見開き、指を差す。』そのボタンこそ、魔鱗の宝庫だ。この空間の約一三三七万倍の魔鱗が封じられている」
「なんともドームの広さを覚えてもいねぇのにドーム何個分の面積と言われた気分だ」
「『ピンとまったく来ていないおれに、着衣を整えつつ補足する。』比較するに、神のチカラを使うには体力が必要で、魔鱗は血を使うってところだ。体力は分けられないけど、血は分けられるだろ。そして、里仲晰は血が多すぎても、少なすぎても致死量。ここで死ねば、無論ぼくがきみを殺したことになる。だから、急いでいる。さあて、説明が過ぎた。終ろう――『強制的に話を打ち切り、有無言わさぬまま、まくし立てる口調で本題に舵を切った。ソウカの話にはいくつか疑問点があるが、追及を許してくれるはずもなく、おれは押し黙る。』最終指令《十》――二人の少女の共通点を述べよ」
「また二人の少女の類い。教えてくれないか。トラウマにしろ願いにしろ、本当に羽花と琲色を指しているのか、ずっと不安だ」
「無骨ここにいる。きみの推理は合ってて、だから失敗になっていない。正味、ぼくも正答らないから教えようがないんだけどね。『滑稽とばかりにあっけらかんとした白状。下卑た笑みが、おれの堪忍袋を刺激してくる。いや……ここで語気を荒らげても前回の二の舞になるだけだ。ソウカはあくまで代弁者だと言っていた。勝手にすべてを知っていると勘違いをしたのはこっちだ。まずは深呼吸を……。』――落ち着いたかい?」
「ああ、お気遣いどうも。ところで共通点とは、ボタンの影響下にないって認識でOK?」
「共通点の意味合いの中で一致じものがあるなら、自由に選ぶといい。内容には、共通点を述べよ、としかないのだからね。『ソウカの言うとおり、当たり判定が不気味なほど広い。安易に共通点を挙げるのであれば、女性や十八歳、クラスメートって答えでも条件を満たしている。が――それはべつに、羽花と琲色〝だけ〟が当てはまるわけじゃない。ほかの指令と毛色の異なる不明瞭な判定基準。人物の選択権が他人まかせなのも甚だ疑問であった。二人の少女のトラウマを克服させ、願いに応える。十八歳(定義上)までの少女だったら、誰でもよかったのかと思えてしまえるぐらいに。ならば、ここでケリをつけよう。二人の少女=羽花と琲色だ、ってことを。』」
「心の声のとおりだ。生憎、二人の共通点についてはセカヒと幾度と議論を重ねている。抜かりはない」
「大した理論だ。少々、勘繰りすぎだがな」
「おれは用心深いんだ、知ってるだろ。ただこれは、おれの自己満にほかならないとだけ、つけ加えておく。セカヒは言った『特技も学力も友好も趣味も価値観も性格も体格も人生の軌跡も、まるで違う二人』と。趣味はゲームで馬が合ったが弱い。こうとも言った『先入観は捨ててくださいまし。可能性のあるものは全部考慮しましょう。とりあえず嫌いなものと一週間の個人経営の回数――』後者は止めたが、おれなりのそこそこの答えは見つかった」
「ほほん、で? 見解えとな?」
「慌てんな。さっき確認取っただろ『ボタンの影響下にないこと』かを。もっとも、今回の指令と押したくなる衝動の例外、遠からずリンクする部分を感じる。まず羽花。羽花とは、小学校の入学式で出会った」
「把握っている。式中に何度も居眠りをこく此処風羽花を起こしていたのが、きみらの始まりだったね。『水を差すように、セカヒにも話していない情報で被せてくる。プライバシーもクソもない。お預けを食らい、眉を寄せる反応を覗かせるも威風堂々と発言後には、したり顔を見せる。』」
「当時と現在とで、特筆すべき変化が見た目以外浮かばねぇのって、バカみてぇだと思う。幼なじみの関係だって、おれのエゴだ。臆病で、失うことが怖いからって、ずっと縛りつけていた。でも……明日からは白紙の関係になる。おれはもう追いかけない。ボタンがなくても普通に接して、また幼なじみになってやる。そう胸に決めた。と、次に琲色とは――」
「『「高校の入学式の帰りだった。開口一番で好きだと言われ、かなり動揺した。夢にも思わなかった、まさかそこから九百二十五日に渡り告白されるとは。羽花と以外、まともにコミュニケーションも取れないおれが、あんな可愛い子に好かれたなんて、いまだに信じられない」』」
「…………一言一句同じスピートで重ねてくんな」
「はは、すまない。長ったらしいから飽きてしまってね。どうもぼくは気が短い。就褥ちしてしまう前に見解えを急いでくれないか『目配せをし、わざとらしい欠伸で催促してくる。――図に乗るな、と。結局は、手段を変えただけの暴君――そう悟った。』」
「わかった。おれだってタイムアップで失敗とか、ダサすぎて一生後悔してもしきれねぇからな。黙って結論だけ述べるわ」
「――九分だ、あと。『ぽつり、と告げる猶予。真っ暗闇の銀河に溶けこむソウカの瞳を、おれは片時も離さず見ていた。一切の瞬きが行われないその瞳を、まるで双子星を眺めるように。セカヒとシロムクは、意識的に瞬きをしていると前言っていた。事実、それだけのことで、対極にイメージが分かれた。蛇に睨まれた蛙とでも言うのだろうか。途切れない眼光。目を逸らした不利を想像しただけで、今の今までは足が竦んでいた。確固たる証拠はない。しかし、前回対面したときのような余裕綽々な雰囲気はなく、切歯扼腕と映った。そわそわし、迫りくるなにかを待ちわびているかのようだ。』」
「……ひと雨降らせる気か?」
「どうだかね。『そして口を噤んだ。頭の後ろで手を組み、ふてぶてしい態度を取る。明らかにおれの推測が図星を突いた。考えられる目論見は、〝十一の指令〟。だが、もう臆するのは終いだ。おれは一歩近づき発言した。』」
「二人の共通点。それは――〝共通認識〟である。言わずもがな、これにはおれの多分の自惚れを含む。言ってしまえば、そうであってほしいと思っている」
「ほう、傲慢らしくていいじゃないか。ぼくはきみを肯定しないよ」
「それは遠回しの不干渉……まあいい、続ける。羽花と琲色にしか認識されない情報というべきか、印象的な感じだ。誰にかと言われるとおれに対してだが、じゃあ一体全体ほかの人が持たずに二人だけが抱いた共通認識とはなんなのか。それは――〝一目惚れ〟」
「『自分で言っといて顔に熱がこもり出す。これほど思い上がった妄言はないだろう。一理にも満たない希望的観測。羽花はそもそもおれどころか誰にも好意を抱いていないし、入試の日の電車で助けたらしい琲色の話だって、おれは助けちゃいない、人違いから始まった恋。と、自分で論破できるほど破綻した夢物語。でもこれは、おれのありったけの理想論でもあった。たとえ叶わぬ願望であろうと、妄想無罪だろ。』――内容には沿っているね。達成達成」
「反応が腑に落ちねぇが、さっさとラストやろう」
「そうしたいとこだが、次で十一だ。時間の都合すかぎりで、ぼくに答えられるだけの疑問は解消してあげないと。まず、報酬は五千兆円用意してある」
「…………え? いや、待て、五千兆円……!? えげつな……どう稼げば五千兆も……」
「『思ってもみない金額に腰が抜けそうになった。いや、乱されるな。冷静だ、冷静。どう考えても報酬と対価が釣り合わない。リアリティさに欠ける数字だ。一旦心をリセットして、再び疑念の目を向けた。やはりわからない。莫大な報酬を設けてまで、おれにボタンを守らせた理由が。』じつに疑り深い。心配しなくても、全部ぼくが集いだ財産さ。どう集いだのかは、割愛させてもらうけどね」
「出どころ聞いたのに、そこカットしてどうする。脱法のような手は使ってないんだろ」
「意地悪だよ、きみ。ただひとつ言えるとすれば、地球上にはお金で解決できないことを、お金で解決したいと望む人間がいる。ぼくはそういった亡者から数億単位で承って、貯えていただけさ」
「お金で解決できないこと……所謂、過去による後悔……とかか……?」
「――肯定。大体ねは、ね『余裕を感じる笑みで、迷わず口にした。なんとも釈然としないが、ソウカには時間軸を変えつつ、特定の人の記憶を疑似体験に置き替えるチカラがある。金儲けしたければ可能だと思った。』答えられるのはここまでだ。詳細は黙秘とさせてもらう。きみに
教える義理はないからね」
「あ、ああ……十分だ。これ以上の追求は、私情になるだろうしな」
「『ソウカの説明に、不足はない。聞いたのは〝出どころ〟だ。やり方じゃない。だからソウカは、おれの推測に首を縦に振った。本当かどうかは、神のみぞの世界。どんなに聖剣で勝ちを重ねても、埋まることはないこの不満。もう、中絶ぐらいじゃ慰められない――』進もう。きみが遭遇した数々の現象のほとんど、ぼくによる作為だと考えてくれていい。青年らの襲撃については、ぼくの弄りだった。すまなかったね」
「……。……セカヒとシロムクの足止めは」
「あの道具は使用だ。行動制御くらい、ぼくにとってお茶の子さいさいさ。さあて、質疑応答はこんなものかな。あ、そうそう『――と、手を叩き、玉座を立ち上がった。スカートを揺らし、おれにと歩いてく足音は鳴りを潜める。ふと気がつけば見下ろせる位置にソウカがいた。放棄したおれの思考を言語化しながら、パズルのラストピースを持った子どもみたいな表情で告げる。』――但し、野々河琲色の言ったことに、ぼくは覚えがない」
「……は? それってどういう意味――」
「――十一をやろう。なあに、簡単さ、里仲晰。今までで一番簡単な指令だと言ってもいい。んじゃ、始めよう。まずは――転送、と『間の抜けた声を遮られ、矢継ぎ早に塩を撒くように手で払って、ソウカの横少し離れたところに呼び出されたのは、』」
「な、なんで急にセカヒとシロムクを……。…………っ!」
「『二人はおれのほうを見ていた。焦点の合わないニヒルな目で、微動だにせず、あのときみたいに佇む二人。――そして、いつの間にか握っていた物騒なモノ。背筋が凍りつき、絶句する。平和ボケなおれには、馴染みのなさすぎる重厚感。思考が再起し、ソウカに吠えた。』」
「いったいなにをさせる気だ! 拳銃持たせて……これじゃまるで――」
「――始末せ、里仲晰」
「は? 今なんて」
「引き金を引けと言った。最終指令《十一》――神の使いを撃ち殺せ」
「さい、しゅう……しれ、い……? これが、最後の……おれの手で……セカヒと、シロムクを……コイツで殺せと言ったのか」
「撃きないのか? 案ずることはなにもない。所詮この道具は〝アンドロイド〟であって、人に非ず。云わば〝 消耗品〟。ぱっぱっと景品を狙う要領で――」
「撃てるわけが……ねぇだろうがぁ――――――――っっっ! 頭沸いてんのか!」
「残り三分。きみが始末せないのなら、頓挫だと見なし、がむしゃらに頑張ってきた青春をドブに捨てることとなる。こんな、量産型のためだけに」
「量産型なんかじゃない! おれは、二人に助けられてここにいるんだ。二人からもらった恩や温かみは、お金なんかよりずっと価値がある。おれの財産だ。だから、絶対殺さない」
「ふーん。喝采でも送って、祝杯でも挙げたい文言だ。よきよき。しかし――すこぶるきみはぼくをムカつかせる無鉄砲だ。誠に遺憾でありつつ、致し方ないな。まあ、きみが撃つなんて、微塵も幾千回してなかったけど。建前ね。じゃあ、御機嫌好だ。『銃がおれの手から消え、ソウカの痩せ細った指に転移った。そのまま一切ためらうことなく、引き金に人差し指を置き、銃口と、伸ばした腕の先は当然――』」
「二人をどうするつもりだ……」
「どうするって。はは――愚問。ぼくが後始末に決まってるじゃないか。『そう言い放って、ソウカは冷笑った。ああそうか。さっきまでの落ち着きのなさは、この瞬間を待っていたのか。絶望し、息苦しく、藁にも縋る思いで泣きついてくるおれを想像して、ほくそ笑んでいたんだ。エンターテインメントだの言って、他人の汚い部分で優越を埋めたがる貴族のような遊びで、おれを弄んでいただけ。バカだ、おれって……』悲観をするな。ちゃんと大切な道具の最期くらい、指を咥えてでも見ろ。なあに、綺麗もなく砕け散って、はいお終いさ。撃たなかったこと、むしろ後悔するといい。『――』」
「銃を下ろせよ! おれは棄権したんだ。二人を撃つ理由はなくなったはずだ。それなのに、なんでソウカが撃つって結論になる。なあ教えてろよ! なあ、なあって……やめろよ。なあ、なあ……おい。やめろって言っているのが、聞こえてねぇのかよっ! っ――」
「『誰かを説得する話術なんて無理だ。おれはずっと、行き当たりばったりの方法で免れてきた。それでも、自惚れるぐらいにはどうにかなると自覚していた。慌てず騒がず、冷静に行動していれば、どんなピンチにでも必ずチャンスが舞いこんでくると信じ続けた。けど――それは違った。』」
「あ? ぐっ、あが、うぅぅ、あ、ああぁぁぁ、ひぐ……おれの……おれの足が……っ!」
「『聞く耳を持たないソウカに詰め寄ろうと疾走し始めた矢先、おれは激しく転倒した。若干のイラつきと出鼻を挫かれた不慣れを痛感しつつ、くちびるを噛みしめ、肘を支えに顔面を起こし、膝を折り曲げるところで、異変に気づく。微かで朧げな〝あのとき〟のような麻痺した感覚が、足にだけ発生していた。恐る恐る後方を見ると――血まみれで横たわる、おれのクツが。』心理より先に突撃が出ないでくれるかな。びっくりして切断しちゃったよ」
「――――……」
「『こっちを見もせず、携えた見覚えのある剣の血を振り払う。乱暴に、おれの前へ捨てられた肉片の混じる血から、よく知る臭いが漂い、鼻を掠める。しかし、いつまでも心が状況を呑みこんでくれない。ただ呆然と、歪んでいく視界と睨めっこしていた。煩わしくなる心音。喉も熱を帯び、イヤな汗がぽつりと滴る、地につけた手は、冷静に震えている。』――往生際が悪いせいだ。きみはもう第三者み。指を咥えて見ていろ、と言ったはずだが」
「うるさい、黙れ……。そして銃を向けんな。二人はおれの家族だ。絶対撃たせない……」
「まだ言うのか。きみがどんなに渇望しても、道具の対個人用契約の再発行は成せない。行き着く先は消却だけ。これは覆らない運命だ」
「そんなの知らねぇよ! コードとかよくわからねぇもん、お前だけ信じてりゃいいじゃねぇか! おれが命に懸けて、セカヒとシロムクは傷つけさせねぇから!」
「『切断面を上にし、腹を這って進む。出血の多さで薄れる意識を、じわりと嬲った患部の焼けるような痛みが踏み留まらせる。早く……もっと早く。自らを鼓舞し、二人へと伸ばした手は――意志に反した。力が抜けていく。まるで、ロープブレイクに失敗したみたいに。と、』」
「――ソウカ……?」
「……。『身体が宙に浮き上がり、そのまま動かない二人を強制的に抱きしめる。足の痛みが消え、血の生臭さも消えた。今あるのは、無機質な見た目でどこかに隠れているような、無垢で恥ずかしがり屋な少女の匂いだった。自然と目が細くなる。と同時にどういう風の吹き回しだとソウカを見やった刹那――セカヒの肩が小さく揺れた。』」
「……え? セカヒ……? ……嘘だ、嘘だろ……待ってくれ。まさかこんな一瞬で――」
「『音のない銃弾が、おれを避け、セカヒの脇腹を貫いていた。ものの三秒をかけずして、成す術なく散り散りに舞った光の粒にむしゃぶりつくが、空っぽになった。』」
「ぐっ……あんまりだ……。うぅ……セカヒ、ごめん……」
「悲痛なところすまないが、六十秒とない。もう一回銃を握らせてやる。片方を葬れ。さすれば、報酬の半分の額を授ける。『……血も涙もない言葉。おれの澄み切っていたはずの視界を、こんなにも穢して、混濁してしまったというのに。もう……全部が億劫だ。再来した億万長者のチャンスと、金輪際お目にかかりたくなかった拳銃を指にかけ、至近距離でシロムクの額に銃口を当てがった。いっそ、おれがこいつを――』」
「…………」
「『顔も金髪も、よく見えない。好都合か。二千五百兆円――。なにに使って、どんな生活を送るか、結局考えず仕舞い。それもこれも――。大きく息を吸い、頬に空気を溜めて、息を止める。楽しかった――。両手で握りしめて、唾を呑みこんだのち、』……――」
「さよなら」
「『発砲し――』っ――」
た。
弾の放出による際の反作用で跳ね上がった銃に煽られ、尻餅をつく。
が、銃弾は、間違いなく命中した。シロムクに――ではなく、ソウカに。
「バーカ! 撃つわけねぇだろ! バーーカ……っ! うぅ……セカヒを殺した、報復だ……ざまぁ見やがれ。小せぇからって容赦しな……い……」
心理の音読が止まっていた。発砲の衝撃とともに、凪の水面に落ちたかのように濁った視界の中心から波紋が広がり、濁りも穢れも出て行った。そして、おれの目に鮮明に映りこんだソウカの顔は――意外なほどつまんなそうな表情をしていた。
下っ腹あたりには、貫いた証の銃痕。血は、出ていない。セカヒのように消えもしない。
「その銃はただの実弾だ。晰にしか害はない。撃ったと同時に、ぼくがチカラで消し炭にしていただけ。思い込みみたいなものだ」
ソウカの指が動き、まじないを唱えると、瞬く間にシロムクは形を失った。
「……あ……あ……ああああぁぁぁぁ…………そんな……なんだよ、なんなんだよ!」
蹲って、頭を抱えた。おれは、認めない……。
その冷めた目つきが、おれの中の悲しみや憤りを、悪意あるものに一瞬、惑わせた。高圧的で、傍若無人だった神の姿が、もうそこにはいなかったからだ。
興味の薄れた子どもを引き止めたところで、却って逆効果なのと同じ。おれは取り残されたのだ。ソウカの作ったリングに、忽然と。試合には、勝った気がする。けど、勝負に負けたんだと思った。
それを無意識に、感覚的に容認してしまい、芽生えてはならない感情がおれの怒りを狂わせる。おれが、間違っていたのか……?
「――時間だね。おそらく、最後の挨拶となるだろう。しかしながら、三度目の邂逅を願っておくよ。まあ叶った者はいないんだけど。それと、これだけは伝えておこうか」
声だけを聞き、真っ暗闇の銀河に視線を落としていたおれの頬を、いきなり両手で持ち上げられた。気だるげで虚ろな目を浮かべたソウカと、ぶっつけた額。吐いた息が跳ね返って、自分に吹きかかる。挟んだ手の温度が馴染んで、瞬きをも忘れる。
すんすんと嗅覚に意識が向けば、きな臭い火薬の香りが悪目立ちしている。それでも、おれは見つけてしまっていたんだ。
「――晰は正しい。晰はなにも間違っていない。晰は正しかった。なぜかって? ぼくが、晰の味方だからさ」
言いたいことがわからない。
わかっているのは、ソウカの髪から、ほのかに二人の匂いがしたことだけだった。
額が離れ、見える雨上がりの空のような清々しい笑みのソウカの顔。笑みは崩さず、一歩二歩とおれから足を下げ、金色の瞳を凶暴なケモノのように変貌させる。気がつけば、おれはまた、吸いこまれるみたいに凝らしていた。
終わる――直感がそう告げる。――いや……ダメだ。このままおさらばなんて、たとえ神が許そうとも、おれは絶対許さないっ!
次第に遠のき、暗転する景色に逆らいながら、無理やりに手を伸ばした。今のおれを突き動かす感情は、途轍もなく気色の悪くなる執着、そのものだ――
「それでは、晰、今日までご苦労さまだったね。見ていて飽きなかった。名残惜しいが、また巡り会える日を夢見て――お開きとする。なーに、ボクハドコニモイカナイサ――」
待ってくれ、そう追い縋る声で叫ぶが時すでに遅く、掴もうとしていた手は、フローリングらしき床に落ちていた。薄暗くどこだか数秒ほど判然としなかったが、わずかに入る光を頼りに目を慣れさせてから見渡すと、どうやら自宅のダイニングに転送されたらしかった。
「…………」
まずはと、のっそり起き上がった。身体が少し軽いことに戸惑いを持ちつつも、胸の前に自然と手が行く。が――ハッとなって止まった。途端に、窓越しに鳴く雀が異常に煩わしく感じる。おれは思い悟ったのだ。陰る掌の上に、なにも乗っていないことを――。
当たり前だった。ただただ金が欲しいがためだけに、十年という青春の時間を軽んじた犠牲として選んだのは、紛れもなくおれ自身だ。セカヒとシロムク以外に協力を仰ぐことなく孤軍奮闘していたのもおれだ。その結果が、報酬はおろか、大事な二人さえ零してしまった。これが――自業自得ってやつなのだろうか。
天井を見上げて答えを求めたが、すぐ中断する。
「……いいか、もう。苦しいし、虚しい……忘れてしまおう……なにもかも、全部……」
考えるだけ辛くなる。このまま夢にしてしまいたい――本気でそう思った。夢にして、忘れてしまえれば、ラクになれると心が教えてくれていた。
それだけだった。ダイニングの明かりをつけて、風呂場へと向かう足が止まる。さっきまでは見えなかったテーブルの上に、ラップをして置いてある一枚の小皿と、小さなメモ紙。
――喉が鳴る。迂闊に近寄れば、食べてしまいそうで、きっと読んでしまうだろう。
ダメだって頭でわかっていながら、なんてないふたつのおにぎりと、二行もなさそうなボールペン字から目が離せない。でも――ここで絶ち切らなきゃ、おれはいつまでも二人のことを考えてしまう気がした。
だから早く、食べる前に、読む前に、後ろ髪を引かれる前に、置いて行きたい。
なのに――決意とは裏腹にまるで、誰かに身体を乗っ取られたかのようにテーブルのほうへ歩いていた。徐々にピントの合ってくるメッセージがセカヒの字で、喋り下手なシロムクがおにぎりを作ってくれたんだ、と鮮明なイメージまで思い浮かんでくる。
優しい言葉、優しい味。読まずとも食べなくとも、思い出で伝わる先入観。けれど、どんなにもらっていても、知っていても腹は満たされない。まだ欲しい……まだ足りない。
永久機関のように二人の好意を身体が乞い願う。テーブルまで、目と鼻の先と迫った。――踏ん切りをつけるときが来たのだ。今さらどっちが正解だなんて、絶対ない。どっちを選んでも、同じくらい苦しい気持ちになるって、迷い続ける自分が一番証明している。
夢にして忘れようとしたおれを咎めるかのように、引き止めるかのように。もしくは、この迷いこそが、二人の残した最後の〝優しさ〟なのかもしれない。
――って過大評価か。けどもし、本当にそんな解釈があるのなら、おれが取れる選択は、
「そっか……最初っからなかったんだ。忘れる必要も、抱きしめる必要も。だって――二人がここにいなくても、二人がここにいたことまでがなくなるわけじゃない」
そして、おれはひとつの決心をする。ラップの封を外し、白米のみで作られたおにぎりをひと口だけ含んで、メモを読んだ。
「『晰さまなら、きっと大丈夫ですよ』か。互いに過大評価だな、ったく……ありがとう、二人とも。これで心置きなく、前に進めそうだ」
明日からはなにがあろうと、おれを助けてくれる二人はどこにもいない。おにぎりにラップをかけ直し、メモを添え、冷蔵庫の奥に入れる。忘れたいなんてもう言わない。
二人にした「気丈に振る舞う」約束を胸に、ダイニングを出る。
「もう一回、ソウカを見つけてみせる――」
切歯扼腕。意味『歯ぎしりをして自分の腕を握りしめること。憤慨することの意』
更新は三ヶ月ぶり。追加を含めると二ヶ月ぶりとなってしまい、頭を地面にこすりつけている次第です。理由はとくにありません。ただただ遅く、アウトプットに手こずっただけです。
そして、待たせたくせして四話が終わっていないという。恒例の追加の処置を取らせてください。今後は、すぐに、すぐに行いますので。どうか見放さないでえええ(ならさっさとしろ)
予定は今月中にでも。
内容は……プロット通りです。セカヒとシロムクを処分する(銃で)と物語書く前から決めてました。個人的には攻めました。
友城にい
7月9日。文章追加。あと少しお待ちください(ぺこぺこ)
9月9日。完了しました(遅すぎる)




