4-10
「願いを一度……つまりは羽花と委員長ってことか。あ……」
禁断の件、聞き忘れた……。ソウカはすでに問いかけても暖簾に腕押し。最終日まで、残り八日。クリアした指令は五個。慌てても意味はないか。
とりあえず後始末だ。おれはポッケに手を突っこみ、中腰で席まで無愛想に戻る。裏で糸を引いていた黒幕のように――。
☆
毎日を越え、勉強を越え、テストを越え、誕生日会がやってきた。
おれの家のリビング。クラッカー片手に――
「「「「Happy Birthday!」」」」「琲色ちゃん!」「「琲色さん」」「委員長」
「あ、ありがとう、こんな盛大に飾り付けまで。今日が人生で一番幸せ、です」
大袈裟なコメントを言う委員長。目を細くし、はにかんだ笑みが可愛い。テーブルにはシロムクお手製の苺をふんだんにデコレーションしたケーキ。
昨日から準備した甲斐があった。羽花もるんるんに装飾品作りに励んでくれていたし。
「今日が一番だなんてもったいないよ。私がこれからの琲色ちゃんの日々をスペシャルにしてあげるよ」
普通に、口説き文句、いいけどね。ソファーにちょこんと座る委員長をスキンシップする羽花。膝丈の真っ白いチュールスカートから伸びる引き締まった脚、ボトルネックと組み合わせの肩までの赤いケープフード。そこはかとなく赤ずきんに見えなくもない。
「羽花さん……その、嬉しいです。友だちでいてくれるだけで充分なのに、これ以上もらったらどうなっちゃうんだろ。贅沢な悩み」
顔に手を当てて、至福に綻びる委員長。勉強を通じて、かなり二人の親交が深まった。互いが尊敬し合っているおかげで、馬が合うらしい。
一時はどうなることかと思ったけど、よかった。委員長の格好は、リボンのついたミントグリーンのブラウスに、ゆとりのあるフレアスカート。髪はいつも通りのお下げ。
そこに、ケーキナイフを持ったシロムクが、
「ケーキ切り分けますね」
「ああ。頼む、シロムク」
手際よく均等に五等分にし、小皿に乗って各自の前に並んだ。鼻腔をくすぐる苺の香り。フォークで掬ったクリームのきめ細かさ、トランポリンのできそうなスポンジに言葉を呑んだ。美味い。あと三日。あと三日で、シロムクの料理が食べられなくなる。
おれにとって、母親の料理より食べた味だ。なんせ十年間、仕事で家を空けがちだった両親に代わって毎日作ってもらった。
思い返さなくても、一生忘れられない味だろう。感謝を、しっかりと伝えなければ。
「そういえば、琲色さんにプレゼントが。よろしければ受け取ってくださいまし」
シロムクと双子コーデでショートパンツに色違いのスウェットのセカヒ。
ケーキには手をつけず(当たり前だが)、自分の後ろに隠してあった小洒落た紙袋を委員長に差し出した。
「あー、待って待って。私もプレゼント用意してあるんだからー」
セカヒのを見て、羽花も走ってどこに置いてあったのか知らないラッピングされた小箱をスキップしながら掌に乗せて、近づけた。
「ありがとう。なにこれ泣きそう。いいのかな、本当に」
「シロムクはセカヒおねえちゃんと一緒になっています」
「シロムクさんも、ありがとう。大好きです。あ、開けてもいい?」
太ももに大事そうに置いたふたつの誕生日プレゼント。羽花は「もっちろん」と委員長の反応が待ちきれなくて、そわそわしている。おれ、セカヒシロムクも優しく見守った。
まずはセカヒとシロムクのから。紙袋に手を入れ、中身を取り出す。
「これは……イヤホン? な、なんで?」
「大層な理由はありません。シンプルに音を楽しんで頂きたいだけです。強いて言うのであれば、つながりは見えていたほうが安心しませんか?」
「……?」
委員長はキョトンとする。セカヒがプレゼントしたのは、コードがついたオーソドックスなタイプのイヤホン。メーカー品とかでもなく、お手頃価格のものだ。
セカヒとシロムクは金銭を持ちあわせない。昨日、お金だけを渡して二人で選びに行ったので、おれもなにを買ってきたのかは知らなかった。
けど、センスいいなと思った。
「よくわからないけど、大切に使うね。ありがとう」
イヤホンを紙袋に戻して、羽花がくれた小箱のラッピングをキレイに剥がしたのち、中からは英語のロゴが入ったおれが下げているボタンと同じくらいの箱が出てくる。
しかし、羽花を除いた四人ともが不思議そうにしているのを見て、不満があったらしく膨れっ面で説明が始まった。
「先月発売したばっかりの口紅だよ。今、中高生のあいだで爆発的に人気のあるブランドでなかなか買えなくて、私も三日前にようやく一個だけ手に入って、これなら琲色ちゃんでも知ってるかなー、って。少しでもきっかけになってくれたらいいな、って奮発して」
おう……羽花が面倒臭い感じになってきた。
先週の完全スルーも相まっているのだろうか。羽花にとってコスメとは商売道具であり、誇りでもあった。思えば、最初から羽花が寄り添っていた。
誰かのために動くのを拒んでいた羽花が、慣れないながら自分なりに工夫して委員長を否定せずに親友になろうと努力していた。
それを押しつける気はこれっぽっちもなかっただろう。でも、押しつける以外に方法がなかったのも、また事実だ。
だから、おれが茶々を入れるわけにもいかない。
「そ、そうなんだ。ごめんね、ファッションに疎くて。わたしが持ってて大丈夫、かな。宝の持ち腐れになるんじゃ……」
「もー! 琲色ちゃんのバカ! なんもわかってない! 私が言いたいのは、琲色ちゃんがめっちゃめちゃ可愛いってこと! 自分でそれに気づいてないところに、イライラする!」
「かわっ、かわいぃ……そ、そんなことない。羽花さんのほうがキレイで、可愛いです」
「私の可愛いは、作った可愛いなの! 私は作らないと可愛いが生まれてこない。スッピンはあーくんぐらいしか見せたことないけど、けっこう酷い有り様。メイクしてないと外歩けないし、笑ってないとブスになる。だから琲色ちゃんには、可愛いままでいてほしいの」
悔しそうに、素足の指がフローリングに爪を立てた。おれも同意見だ、深く頷いておく。可愛いの基準は自分で引けない。可愛いとは先取りで、曖昧模糊だ。羽花はずっと可愛いと戦ってきた。おれはそれを知っている。
後悔してほしくないんだ、と思った。足が速いからと運動しなくなった人が遅くなってくのと同じで、可愛いは待っていてくれない。
失ったあとに、未練がましく取り乱す姿が容易に想像できる。
しかし、後ろを見なくても当たり前に『可愛い』を連れていた人に、『可愛い』が失われる可能性を説いても、馬に念仏だった。
「また遠回しに晰くんの自慢話……。わたしはべつに、可愛くなりたいわけじゃないよ。メイクを教えてほしいとか、身体の引き締め方とかどうでもいいんです。わたしは本当に、羽花さんが友だちでいるだけで幸せだったんです」
さっきまでたじろいでいた委員長の顔が曇っていく。一触即発の雰囲気。踏んでしまった地雷は回避できないのだろうか。
どうこう考えているあいだに委員長が続け様に、
「でも、やっぱり羽花さんも違ったみたい。わたしとは対照的で、価値観もまるで違う。これじゃあ、お互いに不幸だよね。だったらいっそ羽花さんと、友だちをやめる――」
「――じゃあ売りますか? 持っていて使わないのでしたら、売って使う人の元に行ったほうが利口でしょうし」
羽花編は残り2話としています。よろしくお願いします。
よろしければブクマや評価、感想などあれば。
友城にい




