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学校。いつものように一時限目終わりに教室に入ると、羽花が女子グルと喋っていた。と思いきや、べつの女子グルに移動する。
何事だ? と怪訝になりつつも自分の席に近づくと、神々しいふたつのブレッシング。
「おはようございます、晰さま。今朝は、どなたのお腹を大きくさせたのですか?」
「…………おう。朝は、羽花のテスト対策と髪セットしかしてねぇよ」
セカヒはなんら変わらず、お辞儀と下品に出迎えた。姉に遅れて同じ動作をするシロムクも、一見して見惚れるほどの美少女だった。
「? どうなさいましたか? 昨日の一件、ですか?」
心配そうに小首を傾げたセカヒ。それもシロムクもまた、ズレてシンクロ。
「え? ああ。違うんだ、すまん。その件は、おおよその見当はついているんだ。だから、安心しろ。ただ……気になっていることが」
二人はおれらが輩に絡まれていた時間の記憶がないらしい。気がつけば、超音波が流れていて、家に帰ってからすげぇ謝られた。
元々おれのわがままのせいで招いた錆みたいなものなのに。一貫して反省の意を崩さないまま、先に行った。心配していたのは、おれも一緒で、開口一番の下ネタに面食らったのが本音だった。
「では、なにを神妙に?」
「なんだろ。簡単……だと思わないか? 最終指令が」
「と、言いますと晰さま」
席に着き、顔を合わせず会話を続ける。おれが踏ん反り返ると、イスがギシギシ軋んで、後頭部しか見えなくなった。
目は前にふたつ。耳は両横にあるが、後ろからの音には鈍感である。ほかの人に絶対聞かれてはならない内容ほど用心が必要だ。他言無用っていうなら教室で話すことでもないだろうけど、せっかく席が離れていて、おれから興味を逸らそうとしているクラスメートしかいない空間。ご厚意に甘えさせてもらっているわけだ。
「追いかけられた際、挟み撃ちや二手に分かれるような巧妙さがなかった。それこそおれより足の速いやつなんてわんさかいるはずで。でも逃げ切れた。トラウマの定義も曖昧のまま。今回のテストも難題にするなら百点じゃなくても普通、八十は設定すべきだろ。だって報酬は莫大な富なんだぞ。簡単が過ぎるだろ。わざとクリアさせているとしか思えない」
「では、晰さまはもっとハードなプレイがお望みなのですか?」
マカロンを咀嚼し、紅茶を啜る口調で意味深に異議を唱える。おれはこうやって、今までセカヒに幾度と不満や疑問をぶつけてきた。と、同時に神の使いであるセカヒを板挟みにしていることも、おれは承知の上だった。
そこはかとなく感じる、少々熱くなったおれを宥める澄んだ声に含まれたプレッシャー。
「そうじゃないんだが、肩透かしというか、色々勘繰っているんだ。『七』までの開示でキスは保留しているが、残り四個。まるで前に言われた『慢心』のツケが回ってきたみたいだ」
「遅かれ晰さまが緊張感を持ってくださり、嬉しいかぎりです。たとえ杞憂であっても、常に準備と対策を怠ってはいけません。テストと同じく『観察的傾向の予測』は自分を保つ手段でもあるのです。あとは、後悔しない『決断』とすべてをかなぐり捨てる『覚悟』だけ」
「すべてって、大袈裟に表現するなぁ。なにも死ぬわけじゃ……」
「ありません。逆の他人を殺める類いもないでしょう。大袈裟でかまいません。逃げて、説き、教えの犠牲なしの指令ばかり。拍子抜けも致し方ないですから」
セカヒは肯定した。生首にまでなったことがあるおれのセリフとも露知らず。容易く、生半可な覚悟が『死』に直結すると知っているおれを信じている。
失う怖さに打ちひしがれていたくせに。
もう、あのときの〝涙〟の味は、滲んでしまっていた。
「疑問を抱いたのさえ、賢明だと褒めます。ただし、忘れてはいけません。晰さまは《選ばれし人間》なんですよ」
淡々と、おれの背中にじわり切り刻むように《選ばれし人間》とセカヒは足が地についた殊更な返しで、会話は締められた。
先生が来て、まばらに散っていたクラスメートが着席する。
「おはうかー、あーくん。今日も髪キマってるね。もうちょっと長くして威圧感出せたらもっとイイと思う! 長髪だけに」
「あーはいはい、面白いから前向け、前」
軽くあしらうや羽花は膨れっ面で、「あーくんまで釣れないなー」とプイっと姿勢を正した。なにか目論んでいたようだが、うまくいかなかったらしい。
授業が始まる。最後にセカヒを一瞥し、思考を巡らす。
本当に杞憂であろうか。昨日の一件を含み、最終指令の発令から不可思議な現象、できごとが立て続けに起こっている。自覚できるだけでも数個は挙げられる。
考えられる犯人の目星は、限定された、あの子だけ、
――此処風羽花をどう思う?
頭に直接響く子どもの声。
ソウカか……ちょうどいい。昨日の輩の襲撃はお前の仕込みか。セカヒシロムクを足止めしたのも、そもそも屋上に誘導するようなゲームじかけも、チェストの中身を消したのも全部、
――命令を質問で返すな、下等生物。再現飛ばすよ?
声だけなのに、この高圧的な態度。一矢報いたいものである。……よし。
おっぱい揉みたいおっぱい揉みたいおっぱい揉みたいおっぱい揉みたいおっぱい揉みたいおっぱい揉みたいおっぱい揉みたいおっぱい揉みたい、羽花のおっぱいが揉みたーい!!!
――…………。それがきみの胸中だったね。まあよい。『八』めようか。
なにやら寒いギャグが聞こえたのち、ノールックでセカヒが机にノートの切れ端を置いた。
『最終指令《八》が届きました。――此処風羽花の卒業を止めろ』
漢字ドリルのお手本みたいに書かれた字が、読んだ瞬間に塵となる。時間消滅のチカラか。
――では、解決めるとしよう。宴を。
「――――ちょ」
ソウカの応答が途絶える。無意味だとわかっていても手が虚空を掴んだ。背中にかかった羽花の黒髪を結ばんとしないように。またなにかしらの神のチカラを使ったはずだ。
羽花の卒業を止めろ――。それを関連とするチカラ。おれは教室のあちこちを凝らし、変化を探すが見当たらない。なんだ、なにが起こる。そう身構えた刹那、耳に違和感が走った。
「――――っ」
(――集中できねぇ)(ねみぃ、はよ終わんねぇかな)(里仲来たし速攻帰りたい)(すでに限界つら)(押したい、めっちゃ押したい……)(身体がバカになりそう)(ムシャクシャが止まんねぇ)(授業も里仲もマヂだるいわ)(里仲ぜってぇ、シバく)(いっそ死なねぇかな――)
申しわけありません。最後、本当はクラスメートの心の声を()で書くつもりなんですが時間になったのでそのまま投稿しました。
後日、追加します。
今回は少し、セリフ多めとなってます。
それと、遅くなりました。次回こそは……。
友城にい
1月2日。セリフ追加しました。




