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計一万二千円也。さすがメイドインジャパン。財布を落としても慌てない薄さになった。
「それより、本当にいいの? こんな高いもの……」
委員長を家に送り届ける途中、申しわけなさそうにお下げまでしょんぼりさせ、おれの二歩ほど後ろを歩いている。
ランジェリー店のあとはスイーツを食べたり、書店で参考書を探したり(羽花は漫画コーナーに逃げた)、時間いっぱいまでリフレッシュを完遂した。
「委員長、来週誕生日だろ。前祝いみたいなものだ。当日はパーティーしようって、企画も立てていてさ。楽しみにしてくれると嬉しい。羽花は、ついでだったけど」
「う、うん、楽しみに……してる。お誕生日会みたいなの、生まれてはじめてだから」
「あーくん一言多くなーい? サービスたくさんしたのに、幻滅なんですけどー。お金で物は買えても、心までは買えないの知らないのー?」
「じゃあ返してくれてもいいんだが。返品して、お肉買ってくるから」
「やーだよー、あーくんのバーカっ」
いーだ、と舌を出し、あっかんべぇされる。羽花も少しは委員長みたいに乙女チックな反応をしてくれるなら、可愛げが上回るってもんだが、無理な相談か。
嘆息が舞う。かじかんだ手の蕾に熱を吹きかけると、次の季節が疎ましく感じる。西日が弱まるにつれ、アスファルトが寒暖差アレルギーを引き起こしたように青白く見えた。
羽花もまた、短いスカートから覗く脚を寒そうに内股にし、「それよりも」ととなりで、ちょい後ろを歩く委員長に身体を斜めにして、話しかける。
「琲色ちゃんバースデーなんだ。私も祝いに行くよー。プレゼントはー、どうしよ」
「い、いいよ、プレゼントなんて。気持ちだけで嬉しいから……」
謙虚にする委員長に、羽花はすでに「なんにしよっかなー」と黄昏る雲を数えるように考え始めた。
プレゼントを考える時間は特別だ。渡す物はもちろん、渡された人がどんな反応をしてくれるか想像するだけで楽しい時間になる。
なにより――この時間だけは、その人のことをずっと考えていられるからかもしれない。
委員長は、羽花の思想を巡らす顔を眺めて、はにかんで笑みをこぼした。仕事の関係でプレゼントの贈り合いは慣れていそうな羽花も、小難しく指先でアゴを撫でる。
もうじき委員長の家に着く。駅からも見えるマンションが近づくたび、足取りに倦怠感を覚える。ああ……今日は、久しぶりに楽しかった。
と、わがままだった休息を噛みしめるおれを嘲うかのように、背後からのハスキーな声がバックドロップとなって、平和の腰を折った。
「ソコのダサピーの兄ちゃんオマエだよ、オマエ。聞こえねェのか。とっととツラ貸せ!」
発音や言葉遣い、声量を大きくした恫喝まがいの野郎が自信たっぷりに呼び止める。あー、どうやら、あぶれてしまったらしい。仕方がないと目を向ける。
「ツマンネー顔してンのに女二人連れとはイイご身分だな、オイ。ワリィこたァ言わねェ。財布と女と首にかけてるモン全部置いてオマエは失せろ」
百パー年上。通っているか知らんけど大学生ぐらいの男五人組で、ヒップホップみたいな格好をしている。チャラい。ピアスあった。
委員長がおれの後ろに隠れる。名前を呼ばれるが、大丈夫、とカッコつけた。なんでこういう輩は決まって群れを成す。そしてなんで優勢になった気で来る。アホなのか。人数が多いほうが偉いと誰が決めた。
ちょっと前に駅で話しかけてきた女の子みたいに一人で来てみろよ。……ったく。
ムテキってやつか? 片腹痛いわ。有象無象にもほどがある。
「テメェさっきからシカトばっかしやがって。ナメてンのか。オレらナメてっと、どうなるかわかってンだろうな!」
こめかみに青い癇癪筋を走らせる。本能が揺さぶられている証拠だ。ボタンの影響をモロに受けている。
そもそもここまで追いかけてきた輩だ。微力の衝動でも、我慢できなかったらしい。
「なにヘラヘラしてやがる。余裕ぶっこいて啖呵切るつもりッつンなら、容赦しねェぞ」
「べっつに笑ってねぇし。ただ――頭ん中ザーメンっぽいなーって。ふっ」
「コノヤロー……オレらがセックスだけ考えてるッて言いてェのか!」
「ちげぇとは言わせねぇけど? 要求が金と女。性欲以外なにがある。ロリコン」
「テッメェ……好き勝手言わせりゃグチグチグチグチ。あー気分ワリィ。どうやら一発シメねェとわかンみてェだしよ。覚悟、できてンだろうな? あと、ロリコンじゃねぇッ!」
火に油を注ぎに注ぎまくった結果、怒髪天を衝いて、おれに殴りかかってきた。
作戦はうまくいったが、一向にセカヒとシロムクが駆けつける様子がない。もうずいぶんと時間を稼いだ。おかしい。
セカヒとシロムクには、ショッピング中隠密で護衛についてもらっていた。影響を受けそうな人を未然に防止して、ノーストレスに過ごしたいとわがままを言ったのだ。
まさかどこかでエネルギー切れが? いや、きっと大丈夫だ。しょうがない。ここは、おれだけでどうにかしよう。
「羽花。委員長と逃げろ。〝アレ〟を使う」
「…………」
返事が来ず、羽花を見やると心に穴が開いたように立っていた。もう一度呼ぶとびっくりしたと我に返り、委員長の手を引き、走って逃げる。
「一生オモテを歩けねェ顔にしてやらァ――――ッ!!!」
仲間を率いて、集団リンチでもお見舞いしてやる魂胆の刹那。さすがに正面からのパンチはしゃがんで躱しつつ、ボタンのヒモを千切り、真上に軽く遠投。
一メートル、二メートル――。おれはそのまま道路に伏せて、耳を押さえる。
ふざけンじゃねェ! と輩が怒号を飛ばした一秒先。
ギュインギュイン!!! ギギギギギギュイギュイギュイ――――――――――――ン!
鳴らした時間はおよそ三秒未満。ハッスルJアラートのような有害電波が輩を一網打尽にしたのは言うまでもない。
寝耳に水じゃ済まないレベルの超音波を受けりゃ、気絶もする。とりあえず起きられる前におれもクラクラしながら、二人を見つけたのだが。
「――羽花さんモデル辞めるの? な、なんで?」
「まだ辞めるって決めたわけじゃないよ。うーん、でも、もーいっかなーって」
委員長ん家のマンション前にあったベンチに腰を落としていた。話に集中しているらしく、おれが来たことに気づいていない。
「あーくんにも言ってないんだよねー。言えないってゆーか、言うつもりもないんだけど」
「羽花さん……」
委員長がかける言葉を模索する。膝の上で握られた拳に視線を落として、噤んだ口が開いては閉じるを繰り返す。
友だちとは、ときに残酷に距離を思い知らされる。委員長は言葉を選ぶタイプだ。優しくて丁寧で、だからこそ、答えを出すのに時間がかかりすぎて――
「このあいだ、あーくんに『辞めていいって言ったら辞めるっていうのはどうだ』って言われてさ。その場では笑って誤魔化したんだけど、もう、辞めていいって言ってほしいかなー」
テーブルがまっさらになっていく。投げつけられた薄情者や冷淡だと言い換えられたカラーボール。委員長は出番さえ見失って、サブリナパンツの裾を拳に巻きこんだ。
おれが、その言葉を羽花に告げることは、おそらくない。街灯が羽花を照らし、委員長がコントラストに隠れる。
まるで、ハンカチで拭えるように。
本編では日数が出ませんので、ここにて明記しますと琲色の誕生日は10月28日です。
今回も遅くなりましたが、次回は羽花の『トラウマ』部分と新たな最終指令が? な回です。
友城にい




