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「シロムクさんの料理の腕は前々から知ってたけど、とっても美味しい……」
「でしょでしょー。自慢じゃないけど私、毎日スムージー作ってもらってるんだー」
まるで妹が褒められたかのように鼻を高くする羽花。委員長もそれを羨ましそうにサンドイッチを口に含ませて、聞いていた。
シロムクはどんな料理を作らせても美味に仕上げる。味覚が備わっていないのに、知識と回数だけで磨いた技術だ。本当、頭が下がる。
「オーロラソースも別途で作りましたので、お好みでどうぞ」
「これ作ってたのか。魔法の手みたいだな、シロムクの手は」
「…………」
「――羽花さん? どうしたの?」
「え? あー。なんでもない。なんでもないの……」
不意に羽花がサンドイッチを持ったまま、ぼーっとしていることに気がつく委員長。
「お口に合いませんでしたか? 申しわけありません。今すぐ代わりを用意しますので」
「わ、シロムクちゃん関係ない。それよりあーくん口説いてたでしょ。やらしいんだー」
「口説いてねぇよ。誤魔化す出しにおれを使うな」
羽花は笑った。腹を抱えて。滅茶苦茶に、おれを指差し笑った。
おれは苦笑しつつ、三日前の夜に言われたセカヒの言葉を思い出していた。
『羽花さんのトラウマはもっと、柔軟にいきましょう。羽花さんが恐怖に感じていること、苦手としているものを。その点、琲色さんよりスムーズにこなせますね』
セカヒシロムクには今回もなるべく手出しは無用、と伝えている。というのも、おれには大よその見当はついていたからだ。
「食事しているところ水差して悪いが、終わったら勉強するからな」
「ホントにするのー。ちぇー、だったら覗いたの許さなきゃよかったなー」
「あからさまに嫌な顔するな。わざとじゃないって、蒸し返すのはマジで勘弁してくれ……」
委員長も食べる手を止めて、ぎこちなく頬を赤く染める。
先ほどの一件は、部屋に再度入った際に土下座で謝った。委員長が「気にしないで」と許すと羽花も、「最初から怒ってないしー」と口を尖らせて、許してくれたのだと……。
もしかしなくても、委員長に合わせただけなのだろうか。羽花がそんな同調をするなんてことは……しかし、今の羽花ならもしくは――
「…………」
「羽花? どうしたんだよ、さっきから。調子でも悪いのか?」
気がつくと、羽花はまた上の空になっていた。
「え? あ、あー、心配しないで、大丈夫。大丈夫、だから。そう、そうだ。勉強! 勉強しよっか……な……――」
「羽花!」
立ち上がる動作の途中、手をついたテーブルから離れた瞬間、羽花は魂を抜かれたように後方に倒れてしまった。
「眠った……ようですね。おそらく、寝不足かと。かなり無理なされていたようですから」
セカヒが体温や顔色の疲労具合を様子見して、そう診断を下した。倒れた羽花を見て、あたふたしていた委員長も安堵の表情に変わる。
だが、シロムクだけは、テーブルに残された羽花が取ったサンドイッチを寂しげに凝視していた。ひと口も食べていなかった、サンドイッチを。
「心配すんな、美味しかったから」
「ありがとうございます、晰さま」
気休めにもならないかもしれない。けど、おれはシロムクが丹精こめて作っていたのを知っている。普段、感情を表に出さないシロムクが、料理のときだけは優しい笑みを浮かべて作っているのを、いつも横顔から眺めていた。
作り手の思い、みたいなのは、百パー伝わらないものだ。それだけ儚いし、だから、一生懸命に作るんだと思う。
羽花も羽花だ。作って、と頼んでおいて寝ちまっては意味がないだろうよ。
慣れない掃除なんかするからだ。几帳面でもないくせに、根を詰めて掃除をしたのは、キッチンの奥に隠してあったごみ袋の数が物語っていた。
布団を敷き、移動させる。羽花は、バカだ。究極のバカだ。寝顔も寝相も寝言も、あれだけ慎重だった黒髪もボサボサで、服も寝間着で。光沢を失った揉みごたえのないおっぱいがそこにただあって。こんなの――おれが知っている羽花じゃない。
その後、羽花が起きたのは、空がオレンジ色に染まりかけてからだった。
「ごめんね。せっかく勉強会開いてもらったのに」
セカヒとシロムクは、委員長を送りにいった旨を伝えると羽花はしおらしく謝った。まったくだ、学年の四位まで全員いたのに、と冗談めかすと羽花は少し頬を緩ませる。
「なにか、あったのか?」
「……なんで?」
「そりゃ気になるよ。最近は遅刻もせずに学校行って、一緒に帰るしさ。勉強は相変わらずだが、仕事でなにかあったのかなって」
三日前のあのとき、あの時間に羽花は帰ってきた。ずいぶん早かったな、なんて家で聞くと、なんか帰っていい言われたから帰ってきた、と素気なく答えた羽花だったが、それからだ。
あの日、仕事に行ったのは最終限が始まる前。おれの記憶が正しければ、グラビアを始めた高校生から、あの時間で仕事が終わったことはなかったのだ。
「…………」
羽花は黙りこくった。図星なのは目に見えている。あとは、原因。
「お節介かもしれん。話せないことなら無理に話さなくたっていい。でもな、これだけは覚えておけ。おれは、羽花の味方だ」
「…………口説いて」
「ない。まあいいか。そうだ。明日、委員長とショッピングに行くんだ。羽花もどうだ?」
「……行く」
おれはすぐに「じゃあ決まりだ」と、委員長にメッセージを送る。不安なとき、独りで膝を抱えこんでいてはドツボに嵌まっていくだけだ。
とくに羽花みたいな、外部に不満や不安を吐露しないタイプは陥りやすい。時間の解決は待つだけ無駄だ。だったら、無理にでも気分転換させたほうが適当だろう。
同性で同い年の委員長と楽しんでいるうちに、自然と。だから、おれは。
羽花を救わない、と心の中で決めた――。
10日空いてしまいました。申しわけありません。
羽花の悩みとは如何に。
次回は当然ながらショッピングのお話です。さて、なにを買うのかな?
予測はできますよう、前フリはしてあります! 3話あたりに。
では10日は待たせないよう頑張ります!
友城にい




