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そう嘆息しつつ、委員長の元に駆け寄った。
「――では、お邪魔にならぬよう失礼しますわ。どうぞごゆっくり、お話を」
「いや、なんでだよ⁉ そういうのいいから普通に四人で、ってもう移動してるし……」
合流した矢先に軽く頭を下げたセカヒは、意味不明にお節介を焼いた。気づくとシロムクも自然とセカヒの後ろについている。
今しがたおれとセカヒがいたとこで振り返って止まり、微動だにしなくなった。どうぞごゆっくり言われても、どうすれば……。
しばらく無言の気まずい時間が流れた。
俯いて、口を噤んでいる。いつもの委員長だ。もじもじと足をくねらせて、お下げの髪の毛先を摘まむ。
なんともいじらしい。ここまでくるとあざとくも感じる。が、ふと委員長がおれに二度三度目線を配った。どうやらおれから話を振るのを待っているらしかった。
「い、委員長、その……さ。セカヒとシロムクと、友だちになってくれたそうだな」
「う、うん……」
「シロムクの気持ちは聞いてないけど、セカヒは喜んでた。シロムクも、きっと嬉しいと思ってくれてる」
「わたしも、嬉しかったから、お互いさま。妖しい匂いは払拭できてないけど、二人のこと、ゆっくりでいいからいっぱい知りたいって思ってるよ」
少し目が合う。真剣に話しているときは、目を合わせられるのだろうか。だが同時に、やはり嫉妬しているおれ。
おれだけを見て、真剣に告白してくれる委員長がべつの人のことで夢中に話していることが。とてつもなく、気が狂いそうだった。
心は急に大人には、なれない。
ダメなんだ。これは……これは間違った感情だ。さっさと殴り殺したい。おれの独断で委員長の人生を左右していいわけがない。
委員長は成長している。その歩みを決して妨害してはいけない。
「セカヒは博識で、話していてすごく楽しいんだ。でも、少し抜けているところもあるからそういうときは遠慮なく止めていい。シロムクは口数こそ少ないけど、気配りが上手で料理も絶品で、とても頼りになる。でも、遠慮がちな性格だから委員長のほうから声をかけてほしい」
「ふふ、双子なのは知ってたけど、接し方は正反対なんだね。参考にするよ」
委員長ははにかんでくれた。可愛らしく、小動物のように。おれはずっと、この笑顔に甘えてきた。この笑顔を生み出すたびに、満足感を覚えていた。
おれがいくら毎日、告白を振っても、委員長が笑顔になれば帳消しにできている気がしたからだ。
吐き気を催すほどのゲスの極み。それなのにまだ、希望を見出そうとしている。
「――委員長すまなかった。一歩間違えば、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。本当に危険な目に遭わせた。おれにできることがあるなら、詫びさせてくれ」
頭を下げて、平謝りする。
事態を重く受け止めて尚、この関係を終わらせる理由にしたくないと思った。この関係が続けられるのなら、おれは悪党にだってなる。
兎にも角にもすべて委員長の返答次第。おれはただ待った。くちびるを噛んで。呼吸を忘れるぐらい。
――何秒後だろう。冒頭に置いた委員長の喘ぎっぽい吐息は、執拗に鼓膜を撥ね回る。
「……本当に、そう思うなら、責任……取ってくれる?」
「責任!? まあ、もっともな言葉だが、具体的にどうすれば」
委員長の性格から「晰くんは悪くないよ」などの定型文の返しがくると思っていたが、想像以上にトラウマを深めてしまっていたのかもしれない。
こうやって話せていることが奇跡にさえ思えた。
おれは生唾を呑んで、次の言葉に覚悟を決めかけていると、
「わたし、と……わ、わたしと、卒業したら……結婚してください!」
「…………へ? け、結婚!? これはまた大きなできごとを。嬉しいけどさ、恋人にもなってないし、飛躍しすぎだ」
「あ、あわ、ごめんね、困らせて。結婚は言いすぎたけど、それくらい晰くんが好きなの。毎日『好き』って言っても足りないくらい。……わたしには、晰くんしかいないから」
「……なんで、そこまでおれを好いてくれるんだ。自分で言うのも恥ずかしいけど……」
今日で九百二十五回。異常な回数なのは、目に見えている。やっぱり、心当たりはなかった。おれが委員長に惚れられる理由が。
はじめて問う『好きな理由』。期待と不安に、血の巡りが速くなった気がした。委員長の目がおれと合う。しかし、戸惑うことなく話した。
「晰くんは、わたしのヒーローだから。あの日、入試に向かう緊迫した電車で声も出せず、動けなかったわたしを颯爽と壁になってくれたのが、晰くんなんだよ。覚えてないかな?」
「……? えっと、そんなことしてたんだな、おれって。おれも、緊張してたからな……」
どうしよ……まったく、身に覚えがない。委員長が被害に遭った日は、電車に乗っていないし、そもそも混雑した電車なんぞにおれは乗らない。
汗が吹き出しそうな感覚になりながらも、さすがに「おれじゃない」とは口が裂けても言えなく、咄嗟に嘘をついた。
先ほどの『今日は、なんだね』の意味がようやく理解した。
「近所で、場数を踏んで受けたこの学校の会場で晰くんを見つけたとき、すぐ庇ってくれた人とわかった。お母さんには何度も反対されたけど、怖くなって外にも行きたくなかったわたしに勇気をくれたのもまた、晰くんなんだよ」
「――――…………」
「入学式の日に告白すると決めたとき、他の男の子の顔は一ミリも見れなかったのに晰くんなら見ていられて、心の底から晰くんが好きなんだ、ってこれが恋なんだって気づいて」
「でも、昨日は見てたら顔が赤くなって身体も硬直して、恐怖症の症状が出てたんじゃ……」
「あ、あれは照れただけ! 好きな人に見つめられたら誰だって照れるよ……。こうなる前から耐性があったわけでもないし……見られすぎて腰抜かしちゃったけど、お父さんに見られても、赤くはならないもん……」
委員長の家は母親と二人暮らしだ。父親とは月に一回会うらしいが、恐怖症もあって話すのがやっとだ、と聞いている。
これは、整理の頃合いかもしれない。おれに向けられる好意の〝真意〟について。
「二人っきりのときに震えてたのは」
「あれも密着で、晰くんの体温や身体の形を意識しちゃって、興奮していました……。えっちでごめんなさい……」
「いや、それはいいんだ。その、悪い気はしないし……」
シャワールームの記憶は当然書き変えられている。後日、雨宿りに変えられているのをどうにか聞き出せた。
よかった。と、自分の心の重りをひとつふたつと、かなぐり捨てた。そっか、なんて責任を感じていたくせに言い逃れる理由にする。
再び沈黙。委員長がなにか言いかけて口を開けるが、やめてしまった。尽かさず、「焦んなくていい。せっかく設けてもらった場だ。ゆっくりでいい」と。
委員長の開口の前に電車のブレーキ音が響く。
「……きっかけを失うのが怖いです。今も、晰くんがきっかけをくれたから話せました。話しかけるとき、物事に取り組むとき、わたしはきっかけがないと動けない臆病者なんです」
「なにを言って。大丈夫。委員長はきっかけがなくても、おれに告白して――」
「違うの! はじめての告白のときも、後ろをついてきていたわたしにセカヒさんが挑発して……晰くんの腕に抱きついて、アピールされて、勢いもあったから」
呟くようにおどおどした口調で喋っていた委員長が、ひと際大きい声で否定した。
そんな裏舞台があったのか。……って、あのときセカヒに抱きつかれたりしたっけ?
「それから毎日告白してないと、もう晰くんに告白できない気がして。断られても、晰くんは優しいから嫌な顔ひとつせず、わたしの告白を真剣に聞いてくれるから、明日も告白していいんだって、思いこんでるだけで」
「…………」
委員長の目には、曇りなきヒーローに映っているのかもしれない。だけど、全部委員長の勘違いだ。おれは、そんな大層な人間じゃない。
いつもずっといいカッコしたいと虚勢を張って、優しいふうに装っているだけだ。実際、委員長がピンチに陥ったときはメッキが剥がれ落ちた。
あの状態が本来のおれなんだ、と。だから怖い。十三日後が、メイクが施されているかもしれないおれの、ノーメイクを見せるのが。
「だから晰くん、明日も、告白してもいいですか?」
「――っ。ああ、OKできる保障がないのであれば……」
煮え切らない答え。なにもかも最低という言葉だけで事足りる気がする。嘘をつき、利己的であり、肯定できるかも確証のない告白を先延ばしにしてきた。
でも……それもこれもやっぱり、委員長のはにかんだ顔やまっすぐな心に惹かれていると気づいていたから。
恋なんて、わからなかったおれだけど、
委員長との「ゴールイン」はとっくに見えていた。
おれは――野々河琲色が好きなんだ。
「――あれー? あーくんじゃーん。それに――琲色ちゃんがいるー。なんでなんでー?」
そこへ間抜けな声が駅の構内から先行する。手を振りながら出てきたのは仕事上がりの羽花だった。こちらとは打って変わった表情で、すぐさま委員長の元に駆け寄る。
「此処風さん、その、こんばんは」
「『此処風さん』とか距離感じる呼び方やめてよー。『羽花』でいいから。ね? 私はずっと琲色ちゃんと仲良くなりたいんだからー。ね、ね、ね、なんでここにいるのー?」
「じゃ、じゃあ、羽花さんで……。えっと、電車に乗れるように練習してたから……」
「マジ! すごーい! これからあれでしょ。あーくんの家に行くつもりだったんでしょ。一緒に行こ。いろんなこと話してみたかったんだよねー」
キラキラした眼差しを向け、委員長の手を強引に取る。距離の詰め方が早い。委員長もあまりの押されっぷりに困惑していた。
そしておれを置いて、てくてく二人は歩いていった。委員長は前を見るか後ろを見るか悩んでいる。
「どうやら晰さまよりも、羽花さんにおまかせしたほうが手っ取り早かったようですね」
戻ってきたセカヒが哀愁を感じさせるように言った。
だな、と返事をし、羽花の両肩の重そうなバッグを追いかける。それを委員長も心配そうに見ていた。
もっと早くこうなってもよかったんじゃないか、と思う。教室での羽花は、居眠りか、ぽやぁとしている。当然、委員長から声はかけないし羽花も声をかけない。
そんな二人が、ほんの数秒で『友だち』になれた。そんな委員長の背中を二人の『友だち』が見ている。稀有なものだ。
――運命とは、いつも。どこかで見ているのかもしれない。
これにて野々河琲色パートは終わりです。かといって恋路の決着がまだですけどね(汗)
不完全燃焼になってますが、個人的に予定通りのつもりで書けました。
お読み頂けている方々に大いなる感謝をしつつ、次回より
此処風羽花パートに突入します! 乞うご期待!
なるべく早く書いて更新しますのでブクマや感想、評価などなどめっちゃ喜びますので!
友城にい




