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「……その声は、ソウカ。なんの悪ふざけだ。今すぐ、やめろ」
小声で逆らうが、ソウカは答えなかった。下車を試みようにも人波に押され、即座に身動きが取れない。
敢えなくドアが閉まり、発車される。揺れる車内に充満するおじさん臭というよりは、たばこと加齢臭が鼻をつんざく。年代が高めなのはなぜだ?
しかし、男性客は一様に浮かない顔をしている。まるで、目的のない旅路を強いられているように。
「おそらく、行動改竄で琲色さんを試すためだけに集められた殿方なのでしょう。わたくしが行えばアウト中のアウトですが。琲色さんが心配です」
行動改竄――要するに複数の人間を一箇所に意図的に集められるチカラ。意思を無視せず、自らの行動で集めるよう仕向ける、とセカヒの説明。
それよりも、と委員長を見やった。
委員長が不自然に黙っている。ガラスに映った俯く顔でも青ざめているのが、わかった。セカヒシロムクが隔てているとはいえ、同じ空間を共有し、不特定多数の男性ら。条件は言わずもがな。
昨日とは次元が違う震え方。発汗。赤面は見られないが、おれにも伝染する恐怖の断片。目が見開かれたまま硬直していた。
もしかするとおれも、と申しわけなくて指を離す。が、委員長はギュッと握ったままで。
「離さないで、晰くんだけは……」
おれは、ハッとなる。蚊の鳴くような声で、振り絞った『信頼してる』と言ってくれた人の手を、いとも容易く離してしまったのだ。
男性恐怖症から『守る』と言っておきながら、委員長の『孤独』を考えてやれなかった。おれに自覚がなくとも、見殺しにする選択だ。
おれは握り返した。「わかった」と、もう、絶対に離さないと決めて。
つくづく凝りない。まただ。またおれの事情で他人を危険に晒した。安全を確保し、利用時間の推移を把握できた上で、実行した作戦だったのに。
委員長に少しでも電車や公共機関に慣れてもらって、あわよくば叶うかもわからない未来にデートでもなんでも、遠くに出かけたい願望があった。
なのに、なのに、なのになのになのになのになのに。こんなの、あんまりだ…………。
「…………」
見えないように泣いたおれの脳裏によぎった、本物の罪悪感。
違う……違うだろ……なんでおれが罪悪感を覚えなきゃいけないんだ。おれじゃねぇよな。ソウカ――。お前だろうが!
おれはいい。おれは潔く、お前の試練を受けてやる。だから、おれ以外を不用意に巻きこむようなことはするな! これ以上、委員長を傷つけないでくれ!
見てるんだろ! なあ! なんとか言ったらどうだ!
なあ、ソウカ。頼むから……もうやめてくれないか……胸が、張り裂けそうだ……。
「…………」
ソウカは答えなかった。なんで答えないんだ。刹那、その懇願も虚しく委員長はおれに、
「晰くん、わたしを、見ないで――」
そう告げた直後、崩れるようにリバースした。手は互いに離さなかった。無意識に押さえた空いた手からも無残に飛び散った消化不良の食べ物。
男性客らは避けていく。おれは呆然と立ち尽くした。リールのように突っ張った腕の先で委員長は蹲り、顔を上げない。
もうそこには、不快感が混合した臭いだけが残っていた。
――ここまでのようだ。悪く思わないでくれ。これがぼくの仕事さ。
なにがテリトリーだ。バカかよ。辞めちまえ、そんなもん。
ソウカの事後の言葉にイラつきつつ、大半の男性客が一斉に消え、降りたはずの女性客が光の粒の集合によって再生された。
みんな至って、普通にしている。まるで、今まで電車に乗っていたかのようだ。辻褄合わせの記憶操作も同時に行ったらしい。
だが、女性客も委員長の現状に気づき、ざわざわ騒ぎが大きくなる。
「――晰さま、ここはわたくしたちにおまかせを」
不意に、痺れを切らし場外から乱入した覆面レスラーのごとく、セカヒが真っ白になったおれの肩を叩いた。
「え、ちょっと」と金髪で、早着替えに見せかけた制服姿のセカヒは、タオルケットで委員長を包んでいた。
「掃除はシロムクにおまかせください」
「セカヒさんと、シロムクさん……?」
介抱するセカヒと嘔吐物の掃除を始めたシロムクの顔を、ジーっと、まるでヒーローに助けてもらっている瞳で見ていた。いつの間にか、手は解けていた。
シロムクの掃除は、停車駅までのわずかな時間で終わる。セカヒはずっと委員長を支えている。おれは、ただ見ていた。
電車を降り、改札を抜けた先の夜空がおれの指令の失敗を悟らせた。
指令も達成できなければ、委員長の傷をエグっただけ。仕舞いにはセカヒシロムクに尻拭いまでやらせる始末。
助けたかった。見捨てたわけじゃない。おれを、ここまでか、と打ちのめすタイムリミットが、十年間の努力を無に帰する現実逃避が、思考を止めてしまった。
「晰さま」
「……?」
呆然と突っ立っているおれの元にシロムクが声をかけてくる。
「通達が届いています。最終指令――『五』は、達成されたようですと」
「は? あれで電車のトラウマを克服したっていうのか。なわけが――」
意味がわからない、と委員長を視界に入れると異変にすぐ気づいた。セカヒと落ち着きを取り戻した委員長が仲睦ましく話している。
あれだけ敬遠し、社交辞令ぐらいの関係だった委員長が笑みを交えて楽しそうに。
「シロムクにもなにがあったのかは判別できませんが、琲色さんがご無事でなによりです」
「なんか他人事みたいに言うけど、多分シロムクにも委員長は同じ対応で接してくれるよ」
「……どうしてですか?」
「なんとなく、そう思う」
理解できず、ポカーン、とするシロムク。まあ、シロムクには難しいか。だが、おれは送り出すために、ポンと背中を押した。
「いいから、交ざってこい。命令だ」
「は、はい。晰さまがそう仰るなら」
困惑しつつ、恐る恐るシロムクが向かうと委員長は深々と頭を下げた。感謝しているのだろう。シロムクは謙遜しまくっていた。
でもなぜだろう。微笑ましい反面、腑に落ちないおれがいた。
色々と情緒不安定だとか、一貫性がないだとか矛盾してるだとか気にして書いてますが自分ではあまり気づけません。
うん? と思う箇所があれば気軽にお願いします!
もちろん常時、感想ブクマ評価お待ちしてます。頂ければ深々と頭を下げてます。
次回で琲色パート終わりの予定ですが増えたら申し訳ないです。
友城にい




