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「晰くん……わかった。わたしこそ、なんかごめんね。晰くんの気持ちも考えずに一人で盛り上がっちゃって」
消沈した声がし、衣服を擦る音に続く。さすがに更衣中は、と避難しようとすると「すぐ終わるから」と制止をかけられた。
雑念は取っ払う。スカートのホックを止める音のあと「いいよ」と合図があり、おれは委員長を見る。そして、直視した。
冬服は全身が黒基調になる。女子は襟や袖に白ラインが入り、ネクタイが小リボンに変わる。色は青。まるで幸運を運ぶ鳥のようでもあった。
「委員長」と呼ぶと俯かせていた顔を上げ、困ったような笑みを作る。女性にも賢者タイムに似た感情はあるのだろうか。
とても大胆に裸で迫ってきていたとは思えないぐらい、しおらしい。
蒸し返すつもりは毛頭ないが、委員長には一皮剥けてもらわなければならなくなった。
「明日、おれの家に来てほしい。電車で」
強制に。勘違いしてくれていい。両親のいない年頃の男が女を家に呼ぶ理由なんて、セックス目当てがほとんどだ。
委員長に期待と不安だけを抱かせる間に合わせの作戦。必要なのは、過程のみ。委員長の電車に乗れないトラウマを克服させる作戦に、シフトチェンジする。
男性恐怖症も、おれが絶対なんとかしてやるから。
「……いいよ、わかった」
少し黙考したのち、小さく頷く。野々河琲色のOKにより、この最終指令は「ゴールイン」へと舵を切った。
☆
翌日、委員長会議が押してしまい、昨日よりも遅い時間になっていた。駆け足で上がる駅のホームに学生らの姿はなく、いつにも増して閑散としている。
おれ的にはベストコンディション。上がった息を整えつつ、委員長と白線の内側に着いたタイミングで、電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。
「ごめんね。長引いちゃって。なかなか話が進まないから、先生が怒っちゃって」
「おれはべつに。逆に遅くなって人も少なくなるし、委員長も肩を楽にしていいと思うよ」
気の利いた言葉が思い浮かばない。委員長のこれは人の多少じゃなく、特定の場所に対する想起だ。ホームに来られただけ褒められたもの。
なんでもない素振りで「そう……だね……」と言った委員長。乗る前から不安が顔と手足ににじみ出ていて、それをおれから隠そうと必死だった。
ごめん、とおれも何度も謝って、それでも自分をカッコよく見せたくて、こう呟いた。
「手、つなごう」
言葉がないなら行動で。こんなの、昨日の密着に比べれば屁でもないはず。委員長はあたりをキョロキョロ見渡して、人目を気にするように「でも……」とためらう反応をする。
「大丈夫だから。おれは、委員長を裏切ったりしない」
「……うん、知ってるよ」
ぎこちなくおれに伸ばした、か細い手。
電車が停車し、ドアが開いた。まばらに降りてきた人たちと入れ替わりに、明々と照らしている車内に乗車していく。
乗るぞ、とおれは伸ばされた手を固く握った。
しばらくしてドアが閉まり、発車する。車内は散漫としていて、シートも吊り革もがらんと選び放題だった。
「どこかに座らないの?」
「いや、どうせ二駅だし、十分もかからない。それに、ほら、せっかく手までつないだのに、座っちゃうのはもったいない気がするしさ」
つないだ掌は、緊張で汗ばんでいる。不快になっていないか心配だ。めっちゃ言うのに勇気使ったし、顔赤くなっているかもしれない。
座らない理由は、委員長が未来に電車を利用したときにも、座らないと恐怖に勝てない、となる可能性も考慮して、だ。
握った手に力が入る。おれが、或いはおれ以外の誰かと毎回電車に乗れるなら、こんな心配いらないんだけどな……。
おれと委員長はとりあえず、車窓で外が眺められる位置に立った。街灯が走馬燈のように流れていく。委員長は「この街並みを見るの、ひさしぶり」と懐かしんだ。
精神は安定しているように見えた。少しし、委員長の後ろと真横、おれの逆側にパンツスーツの女性が着く。
一人はスレンダーで、一人はスタイル抜群だ。――まあ、セカヒとシロムクなんだが。二人には金髪を黒くし、変装してもらった。
といっても顔の造形は変えられないらしく、昨日のメガネをかけている。念のため背を向けさせたが、どうやら大丈夫そうだ。
『――琲色さんの護衛ですか?』
委員長会議のあいだに、おれはセカヒシロムクと打ち合わせていた。
『護衛言っても囲んで、万が一に備えるだけだ。難しい話じゃない』
『しかし、わたくしたちが着いていては琲色さんの気分を害するんじゃなくて? 晰さまとの大切な初体験――いわば前戯でしょうし』
『初体験言うな。やる予定ないし。残念だけど――って違うわ。だから、変装して二人にはあらかじめ一駅前で乗ってもらう。降りるときは一緒でいい』
『まとめますと任務内容としては、〈琲色さんに男性を寄せつけない〉ってことでよろしいでしょうか』
『大まかに言うとそういうことだ。シロムクも頼めるか?』
『琲色さんの助けとあらばこのシロムク、全力で行けます』
力強い言葉だった。態度や表情に十年間の曇りもないが、シロムクの人間らしさに思えた。
停車駅に近づいて、減速し出す電車。セカヒがおれに目配せする。第一関門は突破と言ったところか。おれは頷いた。
過保護な気もしていたが、備えあれば憂いなしで、委員長の安心している横顔が見れて、むしろこれでよかったんだ。
ブレーキがかかり、一駅目に到着する。ドアが開き、何人かが降りていく。
「なんで委員長は……電車に乗るの、OKしてくれたんだ。本当は今も、怖いんじゃないか」
「変な質問だね。晰くんが提案したくせに。……簡単だよ。誰も、わたしを電車に乗せようとしなかったから、いい機会と思っただけ。理由が理由だから」
「そっか。でも、今日はおれがいる。臭いセリフだけど、おれが委員長に指一本触れさせはしないように守るから」
「うん、ありがとう。…………今日は、なんだね」
「……委員長? ――――っ!」
引っかかる言葉を置いて、妙な雰囲気を察知する。
気づかぬ間に女性客がいなくなっていた。そして、男性客が異常にぞろぞろと乗ってきたのだ。家が建ち並ぶ長閑な街で、オフィスビルなどない。ありえない現象だ。
一瞬でセカヒシロムク、委員長以外が男性で埋まる。乗車率が百二十%は達していた。おかしい。セカヒを見るが同じ顔をしていた。こんなことができる存在と言えば……。
そんな憶測をしていると、頭に子どもの声が響いてきた。
――ここからが試練だ。所有者よ。
今回は早めに(個人的に)更新できてホッとしてます。
トラウマを克服するというのは、自分ならかなり難しい問題です。
なんの話だ、ってなりますが琲色は強いって話です。
では次回の予定ですが10月2日までに。
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友城にい




