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「……んっ」
見つめた直後に漏れた吐息。
顔は近づけない。一定の距離で、ひたすら石膏像を吟味するかのように凝視し続ける。
噤んだ口。眉を下げ、しょぼしょぼ目の動きに合わせて瞼がわずかに膨らむ。グッと震えを堪えるスンと伸ばした背筋。
まるで砂漠で脱がしているみたいに額と首、あらゆる箇所に汗をにじませ、赤面していた。これも男性恐怖症の一症状だろうか。
時間の経過とともに完全に俯かせてはいないが、旋毛の割合が多くなった。
「晰くん……なんか怖い……」
視線の感じ方は受け手次第だ。おれがどれだけ性的に満ちていなくても、委員長が恐怖を覚えればそれが結論となる。
瞬きを適度にし、威圧感を抑えても逃れられない難題はある。
「無理強いはしない。委員長のタイミングで小指を立てるまでは、おれは見続ける。だけど安心してほしい。おれは、なにもしない」
「…………」
納得したのか、わからないが委員長のスカートを握る手だけが反応を示した。
おそらくだが委員長は小指を立てない。たとえ長期戦になっても、失神するような事態になっても、音は上げないだろう。
委員長は出会ったころから、自分が我慢して相手の満足を待つタイプに思える。クラス内の陰口にせよ、委員長の良くないところであった。
斯く言うおれも、委員長をじっくり合法的に観察したいがためにつけこんでいるわけで。ああは言ったが全身を余すことなく、ご賞味してしまっていた。
今の委員長に向ける〝牙〟のボーダーはここまでだ。とにかく委員長の汗が尋常じゃなくなってきていた。
息遣いも荒くなる。服は汗を吸収して、もろもろアウトの雰囲気だ。
「やっぱ、やめよう。無理をさせた、ごめん。とりあえず、タオルと冷却シートを――」
「――待って」
立ち上がろうとしたおれに、疲弊し身体が硬直しているはずの委員長が、胸元を目がけて飛びこんできた。
ドタン、とフローリングに勢いよく背中をぶつける。お腹には華奢で苦にならない重さがのしかかる。
まじめな髪からくすぐってくる汗の匂い。脈打つ心臓の音。速い鼓動が、必然的に全神経をイタブるように委員長に集中させる。
足のあいだに落ちた委員長の内ももが、おれのヤラシイ春を刺激し、呼び起こす寸前だ。
「やめないで。わたし、がんばるから。がんばるから、嘘でも、なにもしないなんて、言わないで……」
うずめていた顔を振り絞った手で押し上げ、おれと目を合わせ懇願される。
女のプライドってやつか。小動物のような瞳孔が、いつになく訴えかけてくる。ぐしゃぐしゃの汗と涙が混合し、鼻に滴った液体は、なぜか熱く感じた。
「……ごめん、デリカシーがなかった。委員長のこと、一人の女性として見てるから。はじめて告白されたときから、ずっとだ。その……続きはシャワーのあとでしよう」
「……うん、約束、だよ。わたし、本気だから」
まるで告白しているように視線が合ったままだった。
だが、おれの言葉のあとからは元の通りに戻る。
委員長の回復まで時間を置いて、バスルームに連れて行った。触るわけにもいかなかったので、委員長がおれの肩を支えにどうにかたどり着く。
「なにか必要になったら呼んで。声が出しづらかったらスマホでもいい。すぐ行くから」
こくん、と頷く仕草だけして、戸を閉めた。相当、負担をかけてしまったらしい。最低だ。おれは同じ過ちを何度犯せば気が済むのだろう。
羽花の一件で反省したつもりだった。
己の性欲のためだけに他者を傷つける愚行を。結局は埋め合わせをするような優しい言葉を使って、自分を誤魔化そうとした。
もう誰でもいい、おれを責めてほしい。そう廊下で座りこみ、はぁぁ……、と大きめの溜め息を吐いていると、玄関にノックが。
「ん?」
オートロック式はエントランスからコールがまず入る。近隣住民だろうか。どちらにしろ、おれが応答するわけにはいかない。
物音を立てず、居留守で情報を遮断しようとしたおれに今度は、
「――晰さま、野暮用でありますが、少しご用件がございます。よろしいでしょうか」
一体全体どういうわけか、セカヒが訪ねてきた。しかしリアクションは取れず、出かかった衝撃を鼻腔から必死に逃がす。
間一髪だった……。寝耳に水で本当、困った神の使いだ。何用があって、わざわざ来たっていうのか。
委員長に察せられる前に忍び足で玄関を開ける。タイミングの良さや部屋番の突き止めに関してはセカヒなんで、気にしないでおこう。
「なにか用があるなら手短に頼む。委員長からあまり目を離したくない」
「あらあら、完全にわたくしどもがアウェーですね。頑張って会いに来たといいますのに」
格好は制服でなく、なぜか露出度の高いあの服だった。後ろに立つシロムクは、絵面的にも風貌がデリバリーにしか見えなかった。いよいよ末期だな、おれ。
「ぞんざいにはしてないだろ。つか、どうやって入ってきた。壁のすり抜けは禁止行為に該当するんじゃ……」
「ご安心ください。わたくしどもはテレポートで屋上に移動し、階段で下りてきました。屋上は緊急時のためか施錠してなかったようです」
階段で、って委員長のフロアは中層らへんだぞ。十五階ぐらい下りてきたのか。
「まあいいか。あ、そうだ。この際だから聞いておきたいことがある」
「わたくしの知識の領域であれば、なんなりと」
とにもかくにも話をしている合間に、よからぬ誤解で迷惑をかけそうで一旦玄関に入れる。間合いをなるべく詰めて、声が響かないように続けた。
「詳しい事情は省略させてもらうが、セカヒが説明してくれた『意図しない性的接触の免罪符は二十秒』についてだ。二週間前の羽花にハグされたときも、二十秒は優に超えていた。が、ボタンはだんまりだった。これについて、なにか説明できないか」
あのときセカヒは、羽花の行動を止めに入らなかった。止める動作さえ見せなかった。とても超音波を流せる状況じゃなかったのにだ。
少なからずセカヒは『なにか』知っていると踏んでいるのだが。
「うーん。納得のいく説明にならないと思いますが、十一の対象には目を瞑る範囲が広いのかもしれません。はたまた、最終指令でなんらかの『変化』が生じている可能性も」
セカヒは不敵に笑う。
変化、か。これ以外にも変化している項目内容はあるのだろうか。衝動の影響が広がったら厄介だが、そこは感じない。
あるとするならば、やはり交際と性的接触だけか。
「長居は無用でしたわね。用件とは新たな最終指令が届いているのです。シロムク」
後ろに控えていたシロムクが出てきてセカヒと並ぶ。襟を正し、手をへそに重ね合わせる。息を呑むほどの神妙な面持ち。
「はい。最終指令『五』――明日までに野々河琲色のトラウマを克服せよ」
「そして、最終指令『六』――期日までに野々河琲色とキスを成功させよ」
7日ぶりです。最新話です!
委員長のちょっとした暴走を静めつつ、からの神出鬼没なセカヒシロムクの登場
そして変化されるボタンの情報
次回も早めに、を心がけて
ブクマ、感想、評価いつでもお待ちしてます!
友城にい




