3-1
あれから二週間が経った。制服が冬服になった以外、教室内の空気はおろか学校中が変わらないまま。あの日の記憶はソウカの言うとおり、別世界に持っていかれたようだ
「あ、晰くん、その……今日も、お願いしてもいい?」
帰り支度を済ませるおれに委員長がそわそわ周りを気にしながら話しかけてくる。
「もちろん。おれもその気だったし」
立ち上がると手足に違和感が生じる。まるで借りた身体みたいに。体力も以前に比べ、なくなってしまった。また二週間前の距離を走れ、言われても走れる自信はない。
脳に影響はないが、すべてが元通りにはなっていなかった。
「で、今日はなにすればいい?」
それでも委員長に察せられないように変わらない態度で振る舞う。
「えっとね、わたしは明日の委員長会議用の資料をパソコンでまとめないといけなくて、晰くんには先生に頼まれた過去の教科書から指定されたページのコピーをお願いしたくて」
それクラス委員長のやる仕事じゃないだろ。の雑務だ。他所のクラス委員長は、こんなことまでやっていないはず。
せいぜい日誌書いて、プリント持っていくくらいだ。委員長――野々河琲色は人が良い。と言えば聞こえはいいが、実際は断れないだけで。
委員長の手伝いはおれだってはじめてではなかったし、ちょくちょく頼れるアピール程度にはやっていた。しかし、こうして放課後まで手伝いを延長して現状を知った。
部活生からの買いだし要員、不必要になった道具の運搬、人物の呼びだし、応援や勉強を見てほしいなどの便利屋さんだった。
先生たちからも同様の扱いを受けているのをセカヒ経由で耳にし、いいように使われているのが気に入らなくて、仕事が終わるまで手伝うことにした。
おれが委員長のとなりを歩くだけで効果は絶大で、体操着や部活着の生徒がボタンを見ながら、睨みつけて退散する。
少なくともおれが手伝いを始めた二週間は誰からも余計な頼み事はされていない。根本的な解決にはならないが、委員長と些細な話をする少しの時間ができて嬉しい反面もあった。
閲覧室に入る。委員長は並べられている長机の角の席に座り、持参したパソコンを開く。
「なにか、困ったことがあったら、声かけていいよ。わたしはここにいるから」
通学カバンからケースを取りだし、メガネをかける。
「コピーくらい安いもんだ。それよりもメガネかけてる委員長もいいな。すごく似合ってる」
「う、うん……ありがとう。パソコン用だけどね。まぶしいのは、苦手だから……」
所謂ブルーライトカットってやつか。特別、視力が悪いわけでもないらしいし、情報処理を専攻していないから、おれの知らない新たな一面に出会えたようで独占欲が湧く。
あまりの委員長+お下げ+まじめ+内気+ミニマムに加えた「メガネ」の科学反応におれの身が耐えられそうになかったので、本棚の列の奥にあるコピー機に移動した。
良いところも悪いところもひっくるめて、この二週間は委員長の情報で充実していた。
「――って、これテスト範囲じゃねぇか。手抜きもなにも頼んじゃまずいだろ……」
来週の終わりに中間テストがある。
不正行為はしないが、ページをひと目だけで、ここが範囲と断言できたのは無駄に安心感しかない。家では勉強はする。趣味は合わせ程度に羽花に借りた漫画を読んだり、セカヒシロムクと話して過ごすことが多い。
日中は外で追いかけられる恐怖と戦っているから、趣味という趣味を嗜む暇がなかったんだよな。お金と自由を手に入れたら、具体的になにするか考えておくか……。
「ちょっといいですか、晰さま」
数十冊の教科書を書庫から持ってきて、悶々とコピー作業に打ちこむおれに呟いた背後に目をやると、セカヒと一歩引いたシロムクが立っていた。
「邪魔はしない約束のはずだ。なにか新しい情報でも入ったのか?」
「承知しております。特段、情報があるわけではありませんが、しかし、この二週間の晰さまの行動には目に余るものがあり、口を挟みたくございました」
「気持ちはわかる。事実この二週間足踏みしてる。それより、なんでメガネかけてんだ?」
変装のつもりなのか、セカヒシロムクがおシャレなメガネをかけていた。変装だとしても、金髪はこの学校にお前らしかいないんだが。
「メガネにかける女の子が趣味だと伺ったので」
「よく日本語が理解できなかったが、にを、をに変えればいい」
「さらにを、をなに、で行くと探偵の名乗りみたいになります。日本語は面白いですね」
「…………。話を戻すが、足踏みしてるのには理由がある。ひとつは『トラウマの克服』のトラウマ。そして――デートの成功基準だ」
最終指令『四』――野々河琲色とのデートを成功させよ。
これが二週間前あの日の夕方に発令された。おれは否応なしに委員長をデートに誘う。恋人じゃないのに、恋人にならないで毎日デートを繰り返していた。
デートはもっぱら近場でしかできないが、トークやプラン、エスコート。食事やプレゼントもしっかり彼氏面でこなして、お互い楽しく笑顔で毎回終える。
しかし、デートの成功には至っていない。
「こういうことじゃないんだろうな。あくまでもこれは最終指令。マニュアル通りのデートはお望みじゃなくて、トラウマの克服を用いたデートが成功の糸口になっているのは、わかっているんだ……」
おれだって不毛に二週間デートしていたわけじゃない。バリエーションを加えて、委員長の男性恐怖症に障るようにもした。
無理のない範囲で、本人の確認も取りながらで。
「晰さまは琲色さんに甘く、遠慮しておられるように思えます。そこで、わたくしめの出番ではありませんか?」
「まだ。まだダメだ。委員長に甘いのも遠慮がちなのも認める。唯一、男でおれだけにでも心を開いてくれているのは、委員長にとってもプラスのはずなんだ」
「尚のことです。晰さまの判断ひとつで琲色さんの人生を左右できるわけですから。そのために晰さまが協力を申し出られたのでは、ありませんか?」
「……たしかにそうなんだが、トラウマは時間が解決するケースも多い。治せない領域だってある。下手すれば悪化させるリスクも。その治癒を四週間で、おれの事情を加味するなら今日で克服させるなど、酷にもほどがある……」
デートをする、なんて響きのいいフレーズで誤魔化しているが実際はトレーニングの一環だ。
委員長に「男性恐怖症のトレーニングの相手をおれにやらせてほしい」と頼んで、デートに乗じた。
デートひとつでトラウマの克服につながる一石二鳥の作戦に思えたのだが、焼け石に水だったようだ。
「トラウマとは、わたくしが考えている以上に理論が大事なのですね。しかし晰さま、こうは考えられ――」
「――晰くん? そこで、誰かとお話してるの?」
遅れましたが3話です。よろしくお願いします。
サブタイトルの通り、クラス委員長こと野々河琲色編だとでも思ってください。
予定していた場面の少し手前で更新してしまいましたので、今後こそ遅くならないよう頑張ります!
応援のほどよろしくお願いします。
ブクマや感想、お待ちしてます。
友城にい




