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「追加っ!? 追加有りなのか。はぁ……。……それはあれか。生存本能を増強させる、みたいな解釈で合ってるのか」
「さすが晰さま、肝がすわっていますね。まさか自ら襲われに行って、人間の子作りでも実践してくださるのですか?」
「神の無茶にいちいち驚いていられるか。それと不埒な行動はしねぇから。貞操守れねぇやつが、ボタン守れるか」
おれを性的対象と見なす者、の定義が必ずしも『女性だけ』とは言わなかった。考えるのも億劫だが、暴漢の線も入れておかなければなるまい。
「カッコいいですよ、晰さま」
「支持しますよ、シロムクは」
見事なまでの棒読み。まったくこの姉妹は。以心伝心を超えた、拈華微笑の体現だ。いつまでも仲良くしていて欲しいと願っとくわ。
「はは……。とにかく事態は一分一秒を争うんだろ。屋上に行ける校舎は部活棟だけだ。一気に畳みかけるぞ」
我が校の二棟ある三階建ては通常授業及び、特別教室、研究室、閲覧室、職員室、購買などがある。おれが昨日、タバセンに呼ばれた進路指導室は閲覧室のとなりだ。
それとはべつに部活棟が併設されており、ここだけ屋上が存在する。
まずは――と、待ち伏せる校門前の生徒たちを蹴散らす勢いで腕を短距離走の選手のごとく振りまくった。
「両側は、わたくしと」
シロムクが守ります」
おれを見つけて色めき立つ生徒。瞬く間に四方八方から飛びかかってくる。疲労も重なり、決して速くもなかったおれの襟は袖も足も掴まれるが、ボタンとズボンだけは死守している状況になった。
「セカヒ、頼みがある。前に出てくれ。ボタン投げるから」
「承知しました」
おれの指示にセカヒが身体を屈めて揉みくちゃになった集団を脱却したのを確認してから、ヒモを引きちぎり上空へ目がけ、遠投する。
こういうときのためにヒモは、ちぎれやすい素材にしてあった。囲みの外で待機するセカヒにボタンが渡る寸前、ほとんどの男子と数名の女子がセカヒのほうに転換していく。
なんだか性的マイノリティーを炙りだしているようで、罪悪感も生まれてきたが、男子が少なくなったおかげで振りほどける人数になり、走れるようになった。
セカヒはあくまで落下地点に着いてもらったに過ぎない。おれは転換した生徒どもを割って入るようにジャンプする。
「晰さま、わたくしが後ろに弾きます。キャッチしてくださいまし」
生徒どもの先頭に立てたおれにセカヒが掌を天に向け、ボタンをトスの要領でさらに飛距離を伸ばした。ナイス機転。皆の手が空を切る。おれは前のめりになった皆を背後に、強く一歩踏みこんだ。
ボタンは五十グラムほどの重さで、下げていても苦痛にならないレベル。だからって、最初期は首が凝ったりもした。おかげで首だけ強靭の自信があったり、なかったり。
ふらふらちぎったヒモを連れて、おれの手元に落ちる。無事生還。しっかりセカヒ、シロムクにおぶられた羽花を率いて、校門を抜ける。
抜けた直後、群衆の誰でもないとんでもない声量の怒号が、マイクパフォーマンスで挑発しているかのように、正面口から響いてきた。
思わず顎を引くが、声の主は三年間の担任より耳障りに聞いた声だ。
「里仲ァーッ! お前が来るのを待ってたんだァァァァ! 話がある! 至急職員室に来てもらうぞ!」
暑苦しいジャージ姿の田畑先生もといタバセンが叫びながら、タイマンを申しこむ雪辱を果たそうと奮闘する連敗記録更新中のアマチュア選手に見えなくもなかった。
要は覇気が消え入っている。さっきの大声も限界の底の残りだったのだろう。こちらに向かってくる足取りも、ぐるぐるバットをしたみたいにまっすぐ歩けていない。
無論、取り合う気はないし、態度がムカつくし、出会い頭に転ばせてやろうとも思ったが、罵声だけにする。
「ウッセェ、黙れ。タバセンの口いっつもクッセェんだよ! 歯入れ替えてから出直せ!」
「先生に向かってなんて口の利き方をしてるんだ! おい、待たんか! 話があると言ってるんだ! 学校中でお前を――」
タバセンを横切り、校舎脇に建てられた部活棟を目指す。タバセンはおれたちを取っ捕まえようとしたが、後続の生徒どもに手が回った。
マジごめん。と、心の中で謝りつつタバセンが最後なにか言っていたのだが、遠くなってわからなかった。
ので、セカヒに、
「おまかせくださいまし。まず田畑先生は開口一番に『お前が来るのを待ってた』と仰ってました。続け様に『話がある』とも。そして、明らかな疲労困憊ぶり。ここからすでに先生の言動に異変を感じる箇所が多々ありました。どうですか?」
「なぜいきなり状況整理が始まった。どうですか言われても。うーん、おれが遅刻常習犯だから、か。別件の問題事が勃発していて、おれを捜し回っていたとかか?」
「別件は惜しいかもです。答えは現場を見れば一目瞭然でしょう――」
耳の神のチカラ――『絶対音覚』どこまでの音や声が聴こえるのかは不明だが、人や生き物が醸す雰囲気などの音で精神状態が把握できるらしい。
セカヒはよく禁断の抜け道として、発動している。
なんだよそれ、と不完全に不穏な気配だけ匂わせて説明を終えたセカヒに、微弱のモヤモヤを被せられたまま、校舎より年季の入った部活棟が見えてきた。
しかし、おれの目に映ったのは想像を超えた光景だった。視線を上へ下にと動かす。後ろに振り返ると必死に追いかけていた生徒どもも一様に足を止めていた。
「――どうやら晰さまが到着される少し前から晰さまを探し、学校内を徘徊している生徒で埋め尽くされたようです。残り香ってやつでしょうか」
淡々とタバセンの言った言葉を述べる。
部活棟の入口に密集する新たな生徒ども。まるで、おれたちを待機していたみたいだ。
「残り香って……変態の域じゃねぇか。じゃなくて、これはどうすれば」
「おそらく裏口も塞がれているでしょう。止むを得ません。ここは、廊下側の窓から侵入します。よろしいですね」
『よろしいですね』のときには、セカヒは走りだしていた。まあ可否する前に策があるだけ幸運だ。おれたちもあとに続いた。
「やはり戸締まりは万全のようです。窓を破るわけにもいきませんので、鍵だけ開錠しましょう。シロムク」
「はい。加えて晰さまは自身のジャンプだけでは窓まで届きません。晰さまのジャンプ後にアシストします」
シロムクの案に反論せず従うおれ。自活棟は元々、教師の宿舎だったらしく防犯対策で窓が二メートルの位置にある。アシストをもらわずとも自力でよじ登ってでも入ってやらぁ! と言いたいところなんだが、リスクを避けられない。
プライドよりスピーディーさが求められている場面。シロムクは指で銃を模り、ひとつの窓の鍵を解いた。
「晰さま、侵入致しましたら、目の前に階段がございます。脇目を振らずに駆け上ってください」
シロムクがもう一度撃ち抜くや、窓が独りでに開く。入口にいた生徒数人が緊急事態と判断してか、こちらに急ぎ足で向かってくる。
おれはジャンプ直前に後方を見るが、追ってきていなかった。あれだけ散々追いかけていた生徒どもは、退路を断つように直立不動で整然と並んでいた。
率直に怖ぇ、と思ったがお役御免ってことか。まるで手駒の扱いだ。と顔を戻し、精一杯のジャンプをする。やはり、窓枠に肘が引っかかる程度が限界だった。
「晰さま――」
「サンキュー」
シロムクが手の甲で靴底を押し上げてくれる。おれは申しわけなく感じつつ、内部に入ることに成功した。
アシストのためとはいえ、シロムクの手を泥のついたクツで踏んでしまった。事態が収束したら、感謝をたくさんしないとな。
そう心に決めて、セカヒに言われたとおり、階段を駆け上る。後ろからセカヒとシロムクの声も聞こえていた。
大丈夫、うまくやれる。おれは無敵だ。二階に上がり、踊り場から唯一屋上へと続く階段のある廊下の奥を見やった。
「こ、これは……」
眉間にシワが寄る。外がああなっていたのだから、想定内ではあったが……。
「予想以上に集っていますね。まずは屋上前の生徒を少なくしないと」
階段の段差までは曲がり角で見えないが、廊下だけで中継される初詣の神社ぐらいいる。
確実に屋上が目的とバレている、知っていての防衛ラインだ。
「なにかで気を引けないか。たとえば……」
「お色気などでしょうか?」
「男子だけじゃねぇか。女子はどうすんだよ。女子もそこそこいるぞ」
男子だけでも減らしてくれるなら、悪くない策ではあった。問題はそれを誰がやるんだって話に変わる。
下衆な思考になるが、セカヒのスタイルでは男子どもの目を引くにはマニアックだ。やはり、ここは……
「無理は承知だ。シロムク、一生のお願いだ! セカヒとお色気作戦に乗ってくれないか!」
おれはシロムクに頭を下げた。
時間があれば策を講じることもできたのかもしれないが、切羽詰まった状況。上ってきた階段からもけたたましい床を揺らす足音が、セカヒのいつもの調子の下ネタ案に決断を取り急ぐ格好になってしまった。
一生のお願いは、「おっぱい揉ませてくれ」とか言いたかったなぁ、とやりもしない妄想に耽っていると。
「シロムクはたしかに性的なお話は苦手ですが、今回は例外です。いまは晰さまのサポートをする身。私欲じゃないのは心得ていますよ」
「ありがとう、シロムク。恩に着るよ。この恩は仇でぜってぇ返さねぇから。セカヒとシロムクの頑張りを無駄にしないとおれに誓うよ」
シロムクは羽花を下ろし、肩を数回トントンと叩いて起こした。
そういえば、階段にバリアを張っている生徒どもは、ビクリともしない。推測だが、こっちが挑発しても追いかけてこないだろう。或いは――。
「晰さまは羽花さんを連れて、隠れるか逃げ惑ってください。シロムク、行きますよ」
「――チェンジ。はい、セカヒおねえちゃん。そして晰さまのお言葉心に沁みました」
チェンジの合図で二人とも、はじめて会ったときに着ていた露出度の高い服に変わった。相変わらず、セカヒは似合っている気がしない。
「うーん? あーくん、ここどこ?」
「晰さま、早く」
セカヒに急かされ、ああ、とまだ寝足りない表情の羽花の手を引いて、反対側に走りだした。
拈華微笑
・心から心へ伝えること。また、伝えることができること
昨日、更新予定だったのですが見直ししていましたら日付が変わってしまったのでこの時間に(汗)
それと
じつは今回、委員長を登場させるところまでを書くつもりが大幅に文量が増えてしまい次回に持ち越しになりました(計画性がない)。
次回はもう少し早くを目標に、楽しみにしてもらえますと幸いです。




