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言っていて思ったが、相当にダサい。
じゃなくて。ネーミングはどうでもいいんだ。重要なのは中身だ。
「カーブミラーに、警告は自分自身……? ……スカートの中でも覗いて、『白以外の着用は認められない』と、校則を振りかざし、仏顔でほくそ笑むロリコン教師作戦でしょうか?」
「これっぽっちも合ってねぇよ。ブラック校則反対だわ。違うくて。セカヒは知らないか、不法投棄が多発する河川敷に注意看板の代わりに鏡を置いて、不法投棄を減少させた話」
「うん、と。つまり、晰さまのお話を言い換えますと、後ろの方々に鏡をお見せし、追いかける行為を悪いことだと認識させる作戦ってところでよろしいでしょうか?」
「寸分の狂いもなく合ってる。そう。あとは、それをどうやってやるか、だ」
集団心理に近いかもしれない。
人は群衆に紛れると極端にモラルや判断力が低下する。街の真ん中で、百人単位の数が郡を成し、一人を追いかけ回す行為がおかしいと思っていないのが、なによりの証拠だ。
まるで義務感が彼らを駆り立てているように。まるでそこに、悪意が名目されていない無自覚の所業が見えているようでならなかった。
スマホのコール作戦の成功する確率の高さが、街中においての彼らの悪目立ちが『間違った正当性』を孕んでいる可能性をより一層強固なものとした。
おれが住宅街を一時避難に選んだのは、そういった様子見も含んだ意味合いもあった(一番は隠れられる場所が多そうだったから)。
実際問題、彼らはうるさかった。秩序の欠落も見受けられ、迷惑を顧みない大声や足音、敷地内だろうと土足で入りこむなどのモラルの崩壊が横行しているらしい。セカヒの千里眼の情報によれば。
セカヒが早めの切り上げを申し出たのは、こういった懸念に耐えがたくなり、おれの具合も加味してくれながら、住民の平穏を優先した結果なのだろう。まあ勝手な推測だがな。
「シロムクにお考えがあります」
「シロムクが? 聞かせてくれ」
前を自転車で走っているように金髪以外揺れないシロムクが減速し、セカヒと反対側のおれの横に着く。
「鏡はご自宅にそこそこあります。それを一箇所にポンと置くのでなく、間隔を空けて、さりげなく目のつく場所に設置するのはいかがかと」
「なるほど。たしかに人間は無意識のうちに視覚情報を入れているらしいからな。大っぴらにやるよりかは、違和感がなくていいかもしれん」
シロムクらしい家事全般をのなす者の一意見に思えた。
「ではわたくしが空からシロムクを通じて、設置場所を指示致しましょう。走るのも飛ぶのも消耗は同じなので」
千里眼のほうが効率は良さそうだが、目のチカラは消耗が激しい。この先なにが待っているか不明瞭だし、温存で行きたかったところだ。
ちなみにセカヒだけ走る足にブーストをかけていた(遅いので)。
「その前に――」
作戦決行を即座に望むおれを傍らに、セカヒがおもむろに深呼吸をする。その様子を終始見送ってから、おれは「あ」と察したのだった。
「もっとぉぉぉぉ! もっとジロジロ見たかった! ベタベタ触りたかった、クンカクンカしたかった、コソコソ持って帰りたかったあああぁぁぁ!」
ジャーマン・スープレックスが炸裂したレスラーの叫び。
仰け反る。青天に喘ぐセカヒ。イマドキの中学生でも、ここまで思春期をさらけ出しているやつもそういないだろうよ。
脳内で、とてつもなく気色わりぃシミュレーションを膨らませているのは理解した。許容してやるが、拍手はしない。あと、いちいちオノマトペ言うな。
「晰さまもお気づきだったのでしょう! くすぐられませんか! あのゴムの中に精●は入っていたのかしら、とか入っているとしたら、どんな色で、どれぐらいの量が、とか想像するだけで興奮してきませんか!」
だぁぁぁ! そんなにグイグイ顔を寄せてくるな! おっぱい揉むぞ! あ、おっぱいないのか……。
髪と同じ色の瞳を輝かせながら、毎日衰えない見た目と減らず口。セカヒ(こいつ)の昂りをどうしようか。
シロムクは、セカヒがこうなる直前にスピードを上げた(逃げた)。
「もういいか。それと野郎の体液に興味ねぇ」
「お時間頂戴してくださり、感謝しております。では最後に――小学生、逆ハイ●ースしてぇええええ!」
謎の犯罪願望を叫んだのち、おれたちの列を抜けて、認識阻害を発動した。怒る内容がまた増えて行く。二時間コースか。
と、さっそく、
「晰さまの部屋と書斎の姿見を転送します」
「済まない。おれはなんもできないからさ」
セカヒと入れ替わりに、シロムクはすぐに横を並走する。変わらず羽花は他人事の顔で、すやすやタイムを満喫中だ。
住宅街を通過し、脇に草木が生い茂った道路をまっすぐに進む。
間もなく枝分かれした道の標識の下に、馴染み深い姿見が捨てられているように現れた。
「ここは晰さま、謝罪ではなく、感謝のほうが嬉しゅう存じます」
「え……? そ、そうだよな。サンキューシロムク、とセカヒも」
昨日からのシロムクは目を見張るものがある。温和のに利いた声や、柔らかい物腰はいつもおれの疲れを吹き飛ばすけど、このように言葉を欲しがったのは、はじめてだ。
心境の変化の多さに、おれの更新が追いつきそうにない。
「なるべく鏡の近くを通りすぎていきましょう」
「こうやって見ると案外小さいんだな。心配だ」
錯視だろうな。姿見以外の大きな物が近くにあると、相対的にインテリア部類の姿見はどうしてもワンサイズ以上に小さくなったと錯視してしまうのだ。
うまくいかなければ振り出しってわけにもいかず、また一から作戦を考える余裕は、今のおれにはなかった。
リスタートから十五分ちょっと。足はとっくに悲鳴を上げている。地を足の裏で蹴るたび痛くて、呼吸も苦しくて仕方ない。なんで運動靴履かなかったんだ、バカかよ、ほんと。もう走りたくねぇよ。
あー……情けねぇ。不安が形になってきやがった。
見られるのも恥ずいし、シロムクからそっぽを向き、そっと拭う。
「大丈夫ですよ、晰さまのご発案ならば」
「サンキュー。変わったな、シロムクは」
「シロムクが、ですか?」
「ここがな。良い意味だ」
おれは自分の左胸を一度叩く。
「外見……ではなく、内面ってことでしょうか」
「あんま考えるな。自分らしくていいんだから」
「自分らしく、ですか。晰さまの言葉はたまに理解不能で困ります」
「そこまで変なこと言ったか? うーん、嬉しいんだ、おれが単に」
「よくわかりませんが、晰さまがお喜びであるのでしたら、シロムクはこのままでいます」
「よくわからない、か。よくわからないな。よくわからないままでいいのかもしれないな」
シロムクは変わった。どこが変わったのかを具体的に説明するのは難しいようで、簡単に言い表す言葉できないわけではないが、それを本人に教えるのは違うような気がした。
とくに――心の機微に関しては。
大事にしたかった、おれのエゴってやつだ。
「曲がりますよ」
「頼む……行け」
シロムクに励まされて不安は和らいだが、失敗時のビジョンは揺れない。とりあえず、がむしゃらに走った。全身の汗を撒き散らして、喉を枯らして、空腹をごまかして走った。
おれは鏡を見ずに通る。一人でも追いかける行為をやめてもらえれば御の字だ。
祈るようにの効果の結果を待った。
「――セカヒおねえちゃんからご報告です」
「……読み上げてくれ、シロムク。結果を」
「――十七人が立ち止まり、また追いかけることをやめたそうです。成功ですね」
「…………十七人も。よし、よしよしよし。この調子で追っ手を減らしていくぞ」
手放しで喜べないが、安堵ぐらいいいはずだ。
その後、十七人の内訳を聞いた。ほとんどがジーっと見つめるらしい。中には見惚れたり、あからさまに嫌悪感を露わにする反応も見られたらしい。
だが、効果のほどは全体の二十%未満。スルーした人で、あとぐらい鏡を認知できなかった人がいるのかを考えると、机上の空論にしかならない。
「次は洗面台の鏡を使ってみましょう」
「慎重に転送してくれ。割れたら泣く」
姿見より幅の広い鏡面が数メートル先の工事看板の横にそっと立てかけられる。おれはラストスパートのつまりでパスしてく。
「二十二人減ったようです」
「もう少し。次、次行くぞ」
徐々に時間はかかったが、五回目あたりで、ペースを落として走っても大丈夫な人数にまでリタイアさせることができた。
途中、商店街があり、惣菜屋から漂う芳醇な香りで空腹を刺激する作戦も実行してみたが、効果はイマイチだった。
家を出発し、一時間と半分、ようやく――。
「着きましたね、晰さま」
「ああ」
セカヒは淡々と事実を告げるが、おれとしては感慨深いものがあった。交通機関がこんなにもありがたいと痛感しているのだ。
毎日通う薄汚い学校もどこか特別感を纏ってなくもないが、校門の前にも知らない制服を着た生徒がわんさかいて、迂闊に近づけない。
タイミングをうかがいつつ、校門が見える位置で隠れていると、セカヒが急に目の色を変える。
「晰さま、ここで通達です。最終指令『二』――里仲晰を性的対象と見なす者は性的衝動が優先して生まれる、を追加されたそうです」
2話も残すところ2回の更新で終わりにします。の予定です。
今回はセカヒの性の鬱憤や、シロムクのセリフを多く取っております。
次回は学校内に突入し、屋上を目指します!
友城にい




