2ー2
駅前を通りすぎ、大きな建物や店も少なくなる交通量が盛んなバイパス道路の歩道に差しかかる。
群衆を撒くのは容易じゃない。今まで及ぼしていた五メートル範囲の衝動の百倍――つまり五百メートル圏内に入れば、見えなくともおれの所在地がわかるんだ、とさっきの即バレで察した。
ならば撒く選択肢は捨てるのが利口だ。
「晰さま、そちらに行かれますと」
「わかってる。おれに考えがある」
シロムクが危惧するのも無理ない。このバイパス沿いは一本道で、交差点もほとんど設置されておらず、何より歩道は設定上なのか狭く作られている。
前方から来たら挟み打ちは必至だ。だがそんなリスクを恐れていては功を奏しない。時間も体力もない。さっさと実行に移した。
「セカヒ、一個質問だ。人間どんなに目的意識に集中していても、それを上回る決して抗えない『潜在意識』が、やつらの脳内にもあると思うか」
「突然の質問ゆえ要領を得ませんが、潜在意識とはいわば『価値観』です。人間の心理の類は専門外なので好き勝手申せませんが、いくら押したい衝動が百倍でかかったとしても、付け入る隙ぐらいは生まれるのではないでしょうか」
「それが聞けて安心した。今すぐ前方の数十人でいい。スマホを鳴らせないか」
「晰さまの意図する『何か』の理解の遅さを悔いるばかりでございますが、承知致しました。シロムクにて、できうる範囲でやってみましょう」
セカヒとシロムクは意思疎通ができる。口頭で伝えるのが手っ取り早いが羽花の前で話すわけにはいかない。テレパシーを使うほかなかった。
すぐに返答が来る。
「下着は上下白色で統一しているようです。素材はレースです。おまけに道路の熱でスカートの中が蒸れているとも。さ、元気出ましたか? とくに下半身が」
二人には当然、排泄の機能がない。肌がキレイに映えるのはそのせい。可愛い女の子は、アイドルはうんこしない、とはよく言うが二人は当てはまるな。
「お気遣いどうも。で、どうだったんだ。シロムクOKなのか?」
「釣れませんわね。晰さまの提案は可能です。しかし、鳴らす機械は正確に選ばないといけません。鳴ったことに対し、違和感を持たれないように自然かつ時間も稼ぐため、段階的に足止めを行う運びになりました」
「短時間で無駄のない話し合いだな。感心モノだわ」
「一秒でも多く晰さまのケアが長くなるのでしたら、わたくしどもは最善を尽くす次第です。シロムク――指示した人物のスマホを鳴らす準備は整いましたか」
おれとセカヒの前を走るシロムクが、羽花を支える手で丸を作る。それを見てセカヒは減速し、おれの真後ろに位置するや否や、群衆に振り返ったのだ。
「晰さま、ご無礼を承知の上、少しばかり行く手の安全をお願いします」
「それはかまわんが、なにする気だ?」
「天使の戦術を使って、スマホの通話履歴を視ます。よくスマホをいじる人をコールするのがいいでしょう。人物データを可視化するのは禁断の範疇ですが、履歴程度ならギリいけるはずですので」
なるほど、スマホの依存度を利用するわけか。
無差別に鳴らすより、効率的なのは認めるんだが……ハッキングしてないだけでグレーじゃねぇ、ブラックの域だろ、それ。判断基準マジわからん。
と内心ツッコミを入れていると、金髪と同色の双眸がまるで絵の具で浸したように薄く白目をも塗り潰したのち、群衆の選別を始めた。
エンゼル・カード。要約するに『目』のチカラだ。透視もできれば、未来視、過去視などの目のつくチカラは粗方網羅しています、とセカヒは言っていた。
「シロムク」
「――はい」
さっそくセカヒが指示を飛ばし、シロムクが銃で撃ち抜くように人差し指を伸ばす。セカヒの視界の情報はシロムクと共有している。確実にターゲットを外さないように、だ。
シロムクが返事をした刹那、大音量の着信が三、四ヶ所で鳴り響いておれたちのすぐそばまで迫っていた群衆にストップがかかる。
「よし、うまくいった!」
「油断は禁物です。これはあくまで姑息な手に過ぎません。第二波を放ったあとの避難に最適な場所をお考えしておいてくださいまし」
セカヒの言うとおりだ。今いる橋を渡るとすぐに数少ない交差点に差しかかる。その先には、住宅街や商業施設が建ち並んでいるのが、遠目に見えた。
周辺の土地勘がないおれがまず安息の確保に選ぶ場所は――
「曲がったら住宅街に向かう。次なる作戦は着いてからだ」
「承知しました。シロムク、二波参ります。シロムク」
「はい。かしこまっております。セカヒおねえちゃん」
体勢を立て直したばっかの群衆に見事、二発目も意識を飛ばすことに成功し、住宅街の見えにくい場所に身を潜めた。
偶然、目についただけだったのだが、いい感じに囲まれた背丈のある草むらに、屋根代わりの木陰。極めつけはサークル状に除草剤でも撒いたように開けたスペース。まるで羽花の部屋だった。
「マッサージを施します。足をラクにしてください」
「ああ、助かる。足が棒で、指ひとつ動かせん」
学校まであとどれくらいだろうか。途中、標識などで確認したかぎりでは、ひと駅分は走っていた。
このインターバルでどれだけ回復できるかが、学校到達のポイントになりうる状況だ。大事にしていこう、そして次なる一手も考えなければならない。
「マッサージなら私得意だよ? やったげようか?」
「お。どういう風の吹き回しだ? 羽花が俺に優しくするなんてさ」
シロムクに背負われていた羽花が下りてきて、おれの足に駆け寄る。
「そんなことしないもん。セカヒちゃんは走って疲れてるだろうから、寝てた私が代わってあげるだけたもん。あーくんに優しくなんてしないもーん、だ」
いー、とあっかんべぇみたいに舌を出される。おれは、そうかい、とやれやれ気分に軽くあしらった。羽花は基本、誰かのために動いたりしないのを知っているから。
おれはそれを、悪い事だとは思っていなかった。
「羽花さん、お気遣い感謝致します。どちらにせよ、私にはマッサージの知恵はありませんでした。よろしければ、ご指南していただきたく存じます」
「硬いよ、セカヒちゃん。簡単だよ、簡単。まずは足の裏をこうやって、血流を良くするためにつま先に向かって指圧をして行くんだよ。コツは力を入れすぎないこと。痛くすれば効果があるわけじゃないから。加減はあーくん次第だけどね」
クツを脱がしたのち、親指を使って土踏まずのところから重点的にマッサージを開始した。セカヒは「勉強になります」と横でずっと頷いている。
しかし、妙に周りを気にしている様子も窺えた。セカヒらしいが。
「?」
まさか羽花にマッサージを施術されるなんて夢にも思わなかった。なんとも痛気持ちいい、懐かし手触りと力加減。夢心地な時間だ。
「ほーら、あーくんもボーっとしてないで腰回りと脚の付け根は自分でしてね。教えるから」
「お、おう。サンキュー、な――」
羽花に言われ、なにげなしに薄暗くあんまり見えていなかった周りに目をやったときに気づいてしまった。セカヒのそわそわの理由に。
おかしいと思っていた。こんな死角に不自然なスペースがあることが。
ここは羽花の部屋ようでもなんでもなかった……ここは、ただの、ただの……
ヤリ場だった。
見つけてしまった使用済みのゴム。ティッシュや鶉の卵のようなのがあちこちに散乱している。改めてセカヒを見ると、すっごく下ネタを言いたそうな顔をしていた。
あからさまに動揺するおれに羽花は不満そうに怒る。
「もー、あーくん話聞いてる? 人がせっかく親切に教えてるのにさー」
「ごめんごめんって、聞いてるよ聞いてるよ」
だかもうおれのムードは、風俗店に来た童貞だった。
前屈みで懸命にマッサージをしてくれる幼なじみのだらしないシャツから胸元が露わになっていて、聖剣が有頂天に達したのが原因。
こうなれば意識しないほうが男として終わっている。
揉みたい。羽花のたわわなスイカおっぱいをこれでもかと言うくらい、とにかく揉みたくて堪らなくなっている。まずいまずい、勢いまかせに襲ってしまいそうだ。
流されてはダメだ。我慢するんだ。しかし、妄想が止まらない。どんな感触なんだろう、どれほどの悦楽に浸れるのだろう、と妄想に拍車がかかる。
「あーくん? さっきからどしたの? ボーっとしちゃって」
怒っている声でなく、明らかな異変を感じた羽花が、返答を求めるように身体ごとおれに近づいてくる。
そうだ。元はと言えば、羽花がこんなおれ好みのエッチな身体をしているのが悪いんだ。おれを無意識に、甘い蜜みたいに誘惑するから――
「あ、あーくん……?」
狼になった男を前に、怯えた羊のように女はなると聞くが、こういうことなのだろう。女の生まれ持った雰囲気を察する勘とでも言うべきか、羽花の表情が強張ったのが見て取れた。
まるで二人だけの空間にいる――そう錯覚し、手を伸ばしたおれの背中にドロップキックを食らわすかのごとく、外野から轟いた野太いリーダーを気取る男どもの声。
一気におれの血の気が引いたのも、言うまでもない。
今回も大変遅れて申し訳ありません。
次回もまた未定でありますが、鋭意執筆中です。よろしくお願いします!
羽花あんまり出せていませんが、可愛い感じに描写できてよかったです。
友城にい




