⑤
今朝の一件以来、否定の言葉だけが頭でうずまく。
ありえない
おこりえない
外の世界に起こった何かの後、人間が感じるストレスは徹底的に排除されるようになった。
『強いストレスに晒された人間は何をもたらすか予測できない』
AIはそう結論を出したのだ。
他者からの敵意はもちろんのこと、お金のこと、恋愛のこと、あらゆる苦悶から解放された社会を目指すべく、AIは我々のドームをコントロールしている。
もちろんのことながら、意志持つ生き物、としての人間から、ストレスという、空気のように当然のものとして人間を取り巻く現象を、完全排除することは難しい。
AIもそれを前提として、個々をモニタリングしつつ快適な環境を提供するよう日々、演算を続けている。
だがその前提に立ったとしても植物が枯れるはずはないのだ。
いや植物が枯れるのは知っているし、命が尽きるのは常識として知識がある。
だがストレスレス社会を構築するに際して、もっとも初期の課題として上がった、生命の消失、への対策は随分と昔に完成していたはずだったのだ。
つまりは、死を感知させない、という対策。
全ての生命は死へ向かい、時間を進んでいく。
その過程で見せる前兆をAIは見のがさない。
人という種族に対する葬送は複雑化され、ケースに応じた手段で行われるため一概に伝えることは難しい。
が、我々の管轄である植物に関しては、死、いわゆる枯れるという現象への対処を画一化している。
おおよそ一週間前にはそれの前兆が見てとれるので
抜いて
捨てて
植える
のだ。
工程は全てドローンにより自動的に行われるのだから、枯れた植物など、誰も見たことはない。いや見ることはないはずだった。
言い知れぬ不安に心の平穏が掻き乱される。
『マイナス域への変動を感知しております。至急、薬剤の投与を行ってください。』
帰宅してからずっとAIタブレットがやかましい。
「いやとりあえず休むよ」
彼はそう言うとベッドに横になり、ため息を深くついて、目を閉じた。