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前編

 この世界に生まれ落ちて、五歳の誕生日を迎えた夜。私は唐突に前世の記憶を思い出した。

 男性が苦手で、彼氏いない歴は年齢とイコールで繋がった三十代の会社員。それが以前の私という存在だった。

 死ぬ間際のことは、酷い眠気に襲われたことしか思い出せないことを考えると過労死だったのかもしれない。


 鏡に映る今の自分は、丸みのあまりない顔と切れ長な目のせいでキツイ印象を与えそうだが美少女だ。

 自画自賛?いえいえ。自分だと分かっていても以前の自分の顔とは違いすぎるので、どうにも他人の顔にしか見えていない状態での感想です。

 ああ、でもどうして前世など思い出してしまったのだろう。


 前世を思い出してしまった影響で、五歳まで生きてきた私が忽然と消えてしまったのだ。

 いや、記憶喪失ではなくちゃんと覚えているけど。今まで通りに振る舞うことは私には恐らくできまい。

 意識が完全に入れ替わり、キャリアーウーマンで通りつつその実は根暗でコミュ障な前世の性格が完全に私の中で根づいてしまったからだ。

 

 嫌だ、嫌すぎる。

 仕事上の関係ならば問題はなかったのだが、プライベートは全く駄目で男性と話すだけですぐ赤面するし、舌を噛んだりどもったりするのだ。

 せっかく男性との食事にこぎつけても「仕事で話した時と雰囲気、全然違うね?」と何度引かれたことか。


 ああ神様、なんで前世の記憶なんて思い出させたんですか。今までのような自信に満ち溢れた美少女のままなら幸せでいられたのに。

 可愛いねなどと言ってもらえても、今の私なら「か、可愛いですか?デュフフ」とか言ってしまう未来しか見えません。


 と思っていたら、更なる絶望が私に降りかかっていたのでした。

 乙女ゲーム「召喚されて聖女になりました」という前世の私が好きだった作品があるのだが。幼少時から今までに蓄えた知識を思い返してみて、私は気づいたのだ。


 世界観も王様や王子様の名前も全く同じ。ネット小説でよくある転生したら大好きなゲームの世界だったのだ。

 そして、なんと生まれ変わった私はそのゲームの当て馬である悪役令嬢です。ドンドンパフパフー。じゃねぇですよ!嫌ですよ!なんでヒロインに転生じゃないんですか!


 ゲームの内容はタイトル通り。

 普通の女子高生が、学校の帰り道で突然足元に召喚陣が現れて異世界召喚されてしまう。召喚された世界は、中世ヨーロッパ風の世界観の中に剣や魔法もあるファンタジーをぶっこんだよくあるネタだ。


 訳も分からず困惑するヒロインに、相手の心情など全く無視した王様がこの国が困っていることを語る。妖精とともに暮らし発展してきたが、昔から幾度となく戦争が起こり世界が汚れて世界樹が枯れてしまいそうなのだという。

 ちなみに、世界樹とは天と地を支える巨大な一本の木。妖精は世界樹から生み出されるマナという力で生きている。


 世界滅亡の危機、どうすれば世界樹を元に戻すことが出来るのか。

 高名な神官が祈りを捧げ、神託を受けたところによると聖女を召喚して世界を浄化しなさい。と、言ったので古い文献をあさり召喚の儀式をして現れたのがヒロインだった。


 うん。なんか色々と酷いよね、これ。何にも知らないヒロインをいきなり異世界に呼び出して、世界を救えって強制するなんて。

 とはいえ、そうじゃないと物語が始まらないのだから仕方がないか。


 それに私がこのゲームで好きだったのは設定ではなく、もちろん恋愛が楽しかったからだとも!

 ヒロインが悩んだり苦しんだときに支え、力になってくれる男性たち。第一王子、宰相の息子、大貴族の息子、医者志望の隠しキャラ。誰も彼もが素敵で、浮世のことなど忘れ夢中で何度もプレイしたものだった。


 うんうん。で、どうして私は悪役令嬢なの?

 伯爵家の一人娘、エレオノーラ。迫力のある美女で、物語中盤のルート決定後に登場する。誰を相手に選んでも、その時にヒロインが選んだ男性と結婚したがっている。

 聖女だというだけで優しくされるヒロインを目の敵にし、数々の嫌がらせをしたあげく最後はざまぁ展開になるのだ。


 ん?でもエレオノーラが登場するのは十五歳だ。そして今の私はまだ五歳。ということはまだ十年の猶予がある。

 それだけの時間があれば、あの悪役令嬢にならないようにすることができるのでは?……神は私を見捨ててなどいなかった!

 なんたってまだ五歳なのだから、何とだってできる!物語の強制力とかそういうのは怖いから、物語に関わらないようにしつつ生きていこう!

 そう決意して、私はこれからの人生設計をゲームと照らし合わせながら真剣に考えるのだった。

  

────────────────

 

 六歳になり、初等科に通うようになった。


 貴族の送り迎えは普通なら馬車を使うのだが、私は断然徒歩派だ。

 下校の時は帰り道の途中にある公園の敷地内にある森に入って、日が暮れるまで本を読んだりたまに居眠りをしたりしている。

 貴族の娘が一人で危なくないのか、家族は心配しないのか。そんな心配はノープロブレム!私こと悪役令嬢となるエレオノーラの設定は、妾腹の娘として家族から嫌われているのだ。

 暴力とか暴言の虐待がないけど、ネグレクトっていうやつでよく言えば放任主義。主の方針で召使たちも同様の態度を取る。だからたとえ子供が夜になっても帰ってこないからって心配するような人はいない。

 空気扱いをされてきた孤独なエレオノーラ。それが原因で、承認欲求が強く我が儘な悪役になってしまうのだ。まぁ、中身は完全におばさんになってる私なので自由万歳!です。

 

 授業が昼前には終わったので、今日も今日とてお気に入りの場所へのんびり歩きながら向かう。

 私のお気に入りの場所は、森の中でぽっかりと開けた場所。花畑を抜けて、奥にある一本だけ飛びぬけて大きい木の下に腰を下ろす。そこから上を仰ぎ見れば木々の合間から差し込む日差しに目を細め、木花の香りを深く吸って体の力を抜く。

 一人でここにいる時間は前世のことも自分が悪役令嬢になったことも忘れた気分になれる。自然ってどの世界でも偉大で最高の癒しだ。


 だが、ここは最初から自然にあふれた美しい場所ではなかった。

 初めて来たときには痩せた大きな木が一本あるだけで、雑草は生えていたけど何だか殺風景な場所だったのだ。でも今は一面の花畑になって泉も出来たし、空気も瑞々しいというか清々しいというか。


 もしかして、あの石の力かな?

 私のいるこの大きな木の傍に、しめ縄のようなものが巻かれて祀られた石がある。お供え物を置く台もあるけど、長い間誰も来ていないのか寂れてしまっていた。

 前世だけど八百万の神を信じる日本人としてこういうのは、放っておけない。

 だから最初に来たとき、台座を手持ちのハンカチと水で綺麗にして。そしてお供え物として折り鶴を置いて手を合わせた。なんで折り鶴なんか持っていたのかというと、授業が退屈過ぎて暇つぶしで作ったヤツです。それ以降はちゃんとお菓子とか家からくすねてきたお酒とかお供えしているから許してほしい。

 ちなみに、お供えをしたものを私は片づけたことがない。折り鶴は翌日には消えていたし、お菓子もお酒も今まで一度も残っていたことがないから。きっと石に宿っている神様が受け取ってくれたのだ、なんて夢見がちなことを考えている。ホラー展開だけは絶対に嫌だし。

 そんなことをボーっと考えていた。


「わぁ、ここだけ別世界みたいに気持ちいい。キミ凄いね!」


 いや、誰?

 突然吹いた強い風に思わず目を閉じ、次に目を開けた時にはすでに目の前に男の子がいた。緑色の長い髪を後ろで一つにまとめて、シャツと短パンという薄着の十代半ばくらいの子だ。


「あんなに澱んでたのにね。でもキミを見て納得したよ!いやぁ、人間もまだ捨てたもんじゃないねぇ」


 ここには男の子と私しかいない。ということは、この男の子は私に向かって話しかけているのだろうけど。生憎とこんな男の子と出会った記憶はなかった。


「失礼ですが、あなたは?」

「残念無念、まだ名乗れないんだー。でも次に会えた時には教えてあげるからね!」


 肩を落としてうなだれたと思ったら、次の瞬間にはパッと顔を上げて弾けるような笑顔を浮かべた。

 若いなー、元気いいなー。おばちゃん、ちょっとそのテンションにはついていけない。


「みんな、ボクが正式に決まるまではその子をしっかり護るんだよ。エレオノーラ、またねぇ!」


 子供は風の子っていうけど。結局何だったのかわからないまま、男の子は手を上げて人には出せないような凄いスピードで走り去ってしまった。

 いや、それよりもあの子の捨て台詞の中に聞き捨てならない言葉があったような。みんなって、一体誰に言ったの。まさかまさかまさか。

 チラリと右を見て、左を見て。最後に恐る恐る後ろを振り返るが誰もいない。

 ホッと息をつく。子供のちょっとした悪戯ね。だが、私はまたいらないことに気づいてしまった。

 ……どうしてあの子、私の名前を知っていたの?

 木々や花々が気持ちのいい風に吹かれて穏やかな光景の中、ザっと私は血の気が引いた。ひぃ、とかすれた悲鳴が漏れる。

 昔から幽霊とか怪奇現象は苦手なのだ。私は本をしまい鞄からお菓子を取り出しお供え物を手早く置くと、家へと飛んで帰ったのだった。

 

────────────────

 

 あの男の子と会ってからも、私はお気に入りの場所へ通い続けていた。最初の頃はまたあの子が来たらどうしようかと怯えていたものだが、あれから一度も姿を見ていない。

 だが、今日はあの子とは別の先客がいるようだ。私だけの場所という訳ではないので仕方がない。お供えだけして、今日は帰ろう。

 そう思って足音を極力出さないように近づくが、木に背を預けて目を瞑っていた男性が目を開いて私を見た。

 綺麗な顔をしているが、目つきが悪く怖い印象を与える長身長髪の男性だ。とりあえずペコリと頭を下げて挨拶すると、男性は私に歩み寄ってくる。

 まずい。よくも邪魔をしたなっていちゃもんをつけられそう。


「へぇ。チビどもが言ってたのはアンタか」


 予想とは違って落ち着いた様子で話しかけられたが、話が全く読めない。人違いされているのだろう。

 ブンブンと首を振って否定するが、男性は気にした様子もなくジロジロと私を観察している。


「なるほど、俺と同じ属性か。面白れぇことになってきてるじゃねぇか」

「……失礼させていただきます」


 人の話を聞かない人だと察した。そうなれば逃げるが勝ちだ。

 私はもう一度頭を下げて、サッと身をひるがえし走り去ろうとした。だが、後ろから伸びてきた片腕が私の体を軽々と抱き上げる。

 中身はおばさんだが、体はまだ初等科の少女。イエスロリショタ、ノータッチ!

 無茶苦茶に手足を振り回して暴れてやると、ロリコン野郎はたまらず私を離した。みっともなく尻餅をつこうが構わない、と思っていたのだが地面へと落ちる前にふんわりと体が一瞬浮いたような気がした。


「お前ら、俺に楯突いてただで済むと思ってんじゃ……いたた、やめろって!」


 独り言にしては奇妙だった。

 それに、男性の体が濡れたり髪が少し焦げたりしている。怖いんだけど。


「おい、お前!次に会った時は名乗ってやる、光栄に思えよ!」


 そう捨て台詞を吐いて、男性は一瞬で水になって消えてしまった。

 あれ、このホラー展開はデジャヴを感じるんだけど。

 

────────────────


(妖精たちが住む異空間内)


 光源のない夜のように暗く、けれど果てがないように広い空間。

 そこで光る綿毛のような妖精たちが集まり、ヒソヒソと話し合っていた。


「あの子の傍って気持ちいいよねー」

「わかるー暖かくってー」

「息がしやすいんだよねー」


 妖精たちが好むのは、魂の在り方だ。

 エレオノーラが持つ魂は美しい清流のようでいて、極寒の地で飲むホットココアのように温かく甘い。だから妖精たちは彼女が生まれた時から彼女にくっついていた。


「強い力は持ってないけどー」

「マナの樹の子供もー元気になったねー」

「最初は心配したけどー」

「うんーあの時は近づけなかったからねー」


 世界樹であるマナの樹は、いくつもの種子をばら撒いて世界中にその子供がいる。エレオノーラがお気に入りの場所としている、大きな木もその子供の一つだ。

 しかし世界の穢れが強くなりすぎて浄化できず子供たちは弱っていた。だが、エレオノーラは生物が死滅してしまうほどの穢れに満ちていた森に何の迷いもなく入っていったのだ。

 妖精たちはついて行くことが出来ず、その安否を案じていたのだが。


「あの子が作った鳥がー頑張ってくれたからー」

「それに精霊石にー力をくれてー私たちにご飯もくれたー」


 エレオノーラが作った折り鶴。彼女の力を分け与えられた折り鶴は穢れを浄化するために飛び回り、そして力を使い果たして空へと溶け込んでいってしまった。

 そのおかげで森に立ち入ることのできるようになった妖精たちは、今度は自分たちの番だと穢れを吸い上げる。だが吸い上げるだけで浄化する力は妖精にはなく、妖精たちもまた折り鶴と同じ運命をたどるはずだった。

 けれど、彼女はまた妖精たちを救ってくれたのだ。

 精霊石は、妖精たちとマナの樹を繋ぐ大切な物。その精霊石に触れることで惜しみなく力を分け与え、精霊たちが好む嗜好品を持って来てくれた。その結果、妖精たちは誰一人かけることなく森を浄化しきることが出来たのだ。


「でもーシルフさまとーウンディーネさまにー」

「うんー気に入られちゃったねー」


 エレオノーラが出会った、男の子と男性のことだ。彼らは上級精霊で、マナの樹とは別方面から世界を支える強い力を持った存在である。

 シルフはどこの地にいても風で世界の事象をすべて知ることが出来る妖精なので仕方がない。だがウンディーネは穢れた世界を嫌がって、地中深くの水源で眠りについていたのを誰かが起こしに行ったのだ。

 余計なことをしてー、と妖精が責めると何処かにいる妖精がごめんーと謝った。とりあえず幸いなのは、イフリートとノームが静観を決め込んでいることだろうか。


「波乱が起きるー」

「でもーあの子だけはー私たちが守るもんねー」

「集まればー余波くらいならー大丈夫なはずー」

「そこはー必ずってー言おうよー」

「必ずー守るー」

「頑張るぞー」


 おー!と妖精たちは腕をあげて、気合いを入れた。

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