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花シリーズ

僕とお姉さんとバラの花

作者: 東京 澪音

いつもどこか少し後ろ向きで。


その日も一人窓際に座り通りを眺めていたんだ。


ここからとても素敵な景色が見える。海の方から続く道は、緩やかな坂を二つほど登ると、少しだけ小高い高台になった景色の素敵な閑静な住宅街になる。


海からたなびく潮風は、僕の前髪を少しだけ優しく撫でる様に吹き抜けていく。

それはまるで子供が母親に褒められている時に頭を撫でられる様な。そんな優しい感覚に少し近いかもしれない。


僕はこうしてここから見える景色を静かに眺めているのが好きだ。

別に引きこもりって訳じゃないんだけど、うまく言葉にするのが難しいんだけど、時の流れを眺めていたいって言うか、ね。


でもね、心の安らぎを満喫していると、大抵お隣のお姉さんに邪魔されてしまう。


「おい!ま~た景色見ながらコーヒー啜ってるのかい?駄目だよ~。君はまだ16歳なんだよ!いつも言うけど、外に出て色々なものを見なさい。ここから見える景色だけが全てじゃないんだから!って事で出掛けるよ!40秒で支度しな!」


ベランダ越しにどこぞの有名女海賊バリに無茶な事を言ってベランダから姿を消した隣ん家のお姉さん。

昔から何かにつけて僕に絡んでくる。


休日なんかは結構な頻度で引っ張りまわされる。


「こんな面白みもない年下のガキんちょなんか連れまわして何が楽しいんだろうか?」少し毒を織り交ぜた独り言なんかを呟きながらも、心の中ではほんの少し感謝していたりもする部分もある。


昔からコミュニケーション能力に乏しかった僕だが、最近ではそれなりに自然と周りとコミュニケーションが取れるようになってきた。これもひとえにお姉さんのおかげだと思っている。


そんな事を考えていると、外からお声が掛かる。

「おーぃ、とっくに40秒過ぎてるよ!何してるの!?早く出掛けようよ!」


ここからじゃ聞こえないだろうけど、僕は”はいはい、分かりました!今行きます!”と言いながら玄関へ向かう。


ドクターマーチンを履いたら、さっきまで出かけたくないと思っていた気持ちが、嘘のように晴れた。


お洒落って言うのはとても不思議だ。

どんなに沈んだ気持でも、ちょっとばかし素敵なものを身に纏うだけで、曇った心に少しだ明かりが射す。


「お待たせしました。」


そう呟きながらお姉さんの顔を見ると、少しだけ不機嫌そうにしつつも、店先に並んだ花を愛でていた。

家は母と父が二宮フラワーショップって言う花屋をやっていて、僕も平日なんかは結構手伝っている。


「遅いよ~!40秒って言ったじゃん!時間て言うのは永遠じゃないの。だから限りある時間を大切に、一分一秒でも今を楽しまなきゃ損だよ!」


正直40秒で支度するってのは結構無茶な話なんだけどね・・・。

そんな事言うと余計に彼女の機嫌が悪くなりそうなので、喉まで出かかったその言葉は飲み込む事にした。


まぁ、結局機嫌を直してもらう為に、ケーキセットで手を打つ事となったんだけど、それで機嫌が直るのならお安いもんだ。


そんな事を考えつつ、電車に乗って小田原へ向かう。

特に何をする訳じゃないんだけど、洋服を見たり、タワーレコードでCD物色したり、洋食屋でランチして、小田原城から城下町を眺めながら他愛もない話をしたり。


傍から見たら仲のいいカップルが休日にデートを楽しむ様に映るのかな?

そんな事を考えながら、二宮海岸で暮れゆく太陽を二人並んで見ていた。


小さい頃からずっとこんな関係が続いてたりするんだけど、彼女は何で僕にこんなにも構ってくれるんだろうか?今まで聞けずにいたその疑問を今なら聞けるかもしれない。


僕は意を決して彼女に尋ねてみた。


「ねぇ、なんでいつも僕を誘ってくれるの?」

そう尋ねると、彼女は少し首を傾げながら笑って答えてくれる。


「そうね、今でも初めて君を遊びに連れ出した日の事を覚えてるんだけどさ、その日はさ、外の天気がすごくよくって気持ちがいい春の日差しにワクワクしてたの。でもね、たまたま部屋の窓から外の景色を見つめる君の顔を見た時、辛気臭い顔を笑顔に変えてあげたい!そう思ったんだ。だから思い切って声を掛けて連れ出してみたの。まぁ、私自身もこの晴れ渡る春の日差しの素晴らしさを誰かと共感したいって気持ちも若干含まれていたんだけどさ。でもそれは誰でもいい訳じゃない。景色を見てその素晴らしさに心奪われてしまう様な綺麗な心の人とじゃなきゃ分かち合えないしね。それが切っ掛けかな。」


少しだけ黄昏ながらそんな事を話してくれた。

まぁ、お姉さんらしいって言えばお姉さんらしい理由なのかもしれない。


「でもね、そろそろ自分で積極的に表い出て色々な事を見て、色々な事を一人でも感じ取れる様になってほしいな。」


少し寂しそうにお姉さんは言葉を続ける。


「私、来年から大学に通う事になるから、多分今迄みたいには君を連れ出す事は出来なくなると思う。」


お姉さんの言葉に急に寂しさがこみ上げてきた。

連れ出される事に少しだけ煩わしく思う事もあったりもしたが、嫌じゃなかったんだ。

本当は誘ってくれるのをいつも心のどこかで心待ちにしていたのかもしれない。


でもそれがもうすぐ終わってしまうかと思うと、どうしようもない位に切なくなる。

なんでこんなにも悲しいんだろう?


胸が締め付けられるように痛い。

僕にとってお姉さんはどんな存在なの?自分に問いかけてみる。


いつも明るくて、少し強引だけどとても優しくて。うまく言えないけど、僕にとっては太陽みたいな女性ひとだ。


余りにも僕とお姉さんの距離が近すぎて気が付かなかった事は沢山ある。

でも今分かった事がある。


あぁ、僕はこの人の事が凄く好きだったんだ。

それもきっともっとずっと前から。


今更こんな気持ちに気が付いてしまうなんて。寂しい気持ちと好きな気持ちが複雑に絡み合って益々どうしていいのか分からなくなった。


気が付くと辺りは暗くなり始めていた。

僕は何も言えないままその場から動けなかったが、お姉さんの”そろそろ帰ろうか?”という言葉に背中を押され海岸を後にする。


僕らは家までも道のりをただ黙ったまま並んで歩く。いつもの様にいつもの距離感で。

色々な事を考えていた。考えて考えて考え抜いたけど、言葉にすることが出来ない。


気が付くと家の前にいた。ウチの花屋はまだ開いている。


「じゃあ、またね。」

そう言ってお姉さんが背を向けようとした時、僕はお姉さんの腕を掴んだ。


「少しだけ待ってて!」

僕は店に入り赤いバラを一輪包むと、お姉さんに差し出す。


「今日一日で色々な事に気が付いたし、色々な事がわかった気がする。でも僕はまだそれをうまく言葉に出来ないからこの赤いバラに込めて贈ります。いつか、いや、そう遠くない近い未来に必ず言葉にしたいと思うけど、今はこれが僕に出来る精一杯だから!」


そう言ってお姉さんにバラを手渡した。


その行為にキョトンとしていたお姉さんだったが、とても素敵な笑顔で喜んでくれた。


花屋の倅だった僕だからこそ出来た事であり、サプライズだと思うんだけど、果たしてこの想いは伝わったんだろうか?


「とても素敵なバラをありがとう。君の気持ちとても嬉しい。でもね、女としてはやっぱりこう言うのって言葉にしてもらえた方がもっと嬉しいものなの。でも近い将来聞かせてくれるんだよね?その時を楽しみにしてるからね!」


そう言うとお姉さんは家に帰って行った。

多分僕が言わんとした気持ちを正しく伝わって理解してくれたんだと思う。


この恋が枯れてしまわない様に。

今度は僕からお姉さんを誘ってみようかと思います。

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