偶然を装った再会
「うわー、何やってんの??」
……と、驚いたフリをしてみる。
ここは近所からいくつか離れた場所にあるコンビニ。
そこで、中学の同級生だった孝平がバイトをしていることは、夏休みの頃から知っていた。
近所ではなく、わざわざちょっと離れた場所でバイトを始めた理由を知っていたあたしは、なるべくここには近寄らないようにしていたのだ。
万が一にも、彼の邪魔をしないように。
万が一にも、あたしが傷つかないように。
「……おまえ、わざとだろ」
主演女優賞も狙えるくらい『ここにあなたがいるなんて知りませんでした!』と驚く名演技をしたあたしをジロリと睨むと、孝平はちらりと店内を伺ってから、非常に低い声で唸った。
「え? 何のこと?」
とりあえずとぼけてみる。
たぶん、効果ないだろうけれど。
「昨日から、急に知り合いが来るんだよなぁ。糸川とか山根とか田口とか」
しかも、第一声がおまえと一緒。
『うわー、何やってんの??』って。
「来るなら一緒にまとめて来いよ。何度も人の傷口開きやがって」
口から飛び出た人物たちが、あたしにここで孝平がバイトをしていることを教えてくれた人物たちと一致していて、苦笑する。
(あいつら、結局楽しんでるな)
あたしが今日、ここに来ることも計算済なのだろう。
踊らされているのかと思うと、少々悔しい気もするけれど、長い付き合いの奴らなので、仕方がないかとも思う。
「やだなぁ。今日クリスマスでしょ? ケーキ買って来いって母上様から指令を出されたんだけどさ、普通、通常販売用に何個かケーキって作ってあるもんだと思ったら、案外予約のみとかってところが多くてどこにもなくて。駅まで行く途中だったんだけど、コンビニだったらあるかなぁと思って」
半分本当で、半分嘘。
クリスマスケーキを買ってきて欲しいと言われたのは本当だけど、ここに来る前にケーキを売っているお店はたくさんあった。
ここに来る口実が欲しかったから、全部無視して歩いてきただけだ。
そんなあたしに、孝平は可哀相なものを見るような目をして、一言こぼす。
「……クリスマスなのに、おつかいデスカ?」
「…………傷口開いて、塩塗ってあげようか?」
その言葉に反応して、つい口がすべる。
しまったと思ったけれど、孝平はあからさまにがっかりした顔を浮かべた。
「傷があるってことは認識してんじゃねーか。ってか、なんで知ってるんだよみんな」
(……傷口を開くためじゃなく、塞げたらと思って来たんだけどなぁ)
孝平が、近所から少し離れたこのコンビニでバイトを始めた理由。
それは、中学の頃から孝平が好きな後輩が近くに住んでいるからだった。
その子は、あたしの後輩でもあって、コンビニに行くのが日課と自らが語るほど大のコンビニ好きだったのだ。
(卒業してからも、その子に会いたくてバイトまでしちゃうなんて……)
玉砕覚悟で当たる方が男らしいと思いながらも、実際そんなことが出来る奴じゃないことも分かってる。
けれど、こんなことになるくらいだったら、ちゃんと教えてあげればよかったとも思う。
(後輩ちゃん、ただ単にコンビニが好きだったわけじゃなかったのよねぇ)
通い詰めるほど、コンビニでバイトをしているお兄さんのことが好きなのだということを聞いたのは、彼がバイトを始めたことを知った夏休みのことだった。久しぶりに部活を頑張る後輩たちに差し入れを届けに行った時に聞いたのだ。
唯一の救いは、孝平がバイトをしているコンビニとは別のコンビニの店員だったということくらいだろうか。
それから数ヶ月が過ぎて、先週。クリスマス1週間前。
孝平のコンビニに、後輩ちゃんは、通い詰めたコンビニの店員のお兄さんを彼氏にしてやってきたのだという。
「ごめんね」
怒っているのに、どこか寂しそうな孝平の横顔に、思わずそんな言葉が飛び出した。
「な、なんで、おまえが謝るんだよ」
自分でも、思った以上に真面目な声が出て、逆に孝平が慌ててる。
そんな様子を見ながら、苦笑する。
もしかしたら、もっと早くに後輩のことを伝えていれば、クリスマスに彼にこんな顔をさせないでいられたかもしれない。
もしかしたら、他に新しい恋を見つけて、今日を楽しく過ごしていたかもしれない。
けれど、あたしはあたしのエゴで、彼に前を向いて欲しくなかったのだ。
(後輩ちゃんを好きでいる限り、彼の恋は叶うはずがないと思っていたから)
「いや、なんとなく。でも、本当に、傷口開きに来たわけじゃないんだよ? 一応、心配してるんだから」
たぶん、昨日から来ているメンバーも。
意外と傷つきやすい、同級生を心配して。
「…………わかってるよ」
そうやって、切なげに微笑んでしまうところもカッコイイと思ってしまうんだから、どうしようかと思う。
とりあえず、今日を皮切りに、あたしも何か変えていかなければいけないと、彼を見ながら考えていた。