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正面から向かってくる魔物を斬り捨て、風で吹き飛ばしながら、ヴェントは速度を一切落とすことなくルシアルに向かって飛び続けた。アンスは徐々に遅れていき、今では後ろの集団に紛れてしまっているが、それでも銃で自分のことをサポートしてくれている。
「なんなんだよ、こいつら。どうして!」
「急げ、我が同胞よ!」
先ほどとは違い、耳に直接聞こえてきた方向に、ヴェントは思わず目を輝かせた。上空を見てみるとそこに、懐かしい姿がある。
「ブリストさん!」
「自力で飛べん者はこちらへ来い、まとめて運んでやろう」
「戦える者はひるまずに戦え!」
「サドリアさん、ソーリスさんも!」
ブリストがヴェントの隣に並び、サドリアとソーリスは遅れている竜人たちを抱きかかえた。彼らは尾で、雷や炎で魔物を蹴散らしている。
「我が同胞、ヴェントよ。オスキュリートの者はどうした!」
「大丈夫、ユーはちゃんと来る! だから今は、ルシアルに……」
言いかけ、スッと、血が引くのを感じた。
ルシアルの集落に入るには、ユーの「光の竜人」の血が必要だったはずだ。
「安心しろ、ルシアルの里には入れるようになっているはずだ、妙な呪だったが……我々龍ならば、どうにか解けるものだった」
ヴェントの思いを察したのだろう、ブリストは風で魔物を引き裂きながら、静かに言った。確かにルシアルの空にそびえ立つ塔が見え始め、そこにマリアナの姿が確認できる。
「早く、早く。こちらに来るのです! 我らが愛する同胞たちよ!」
ヴェントとアンスはマリアナの傍に降り、ブリストも地面へ足をつけた。殿を務めてくれたソーリスやサドリアは竜人たちを地面へおろし、ルシアルの里の周囲をザッと見回す。
「マリアナよ、呪は無事に張れたのだろうな!」
「魔界の者が入って来られないのが証拠でしょう。彼にも手伝ってもらいました」
と、マリアナが向いた先にはジューメがいた。どこか疲れた表情を浮かべながらも、すでに怪我人の治療を始めている。それにならうようアンスも帽子の中から医療道具を取りだし、そこに広げた。
「手伝ったって言っても、言われた通りの印を地面に描いただけだ」
立ち上がるジューメに、龍たちがわずかに首をかしげたような気がした。それにジューメ自身も首をかしげ、それでもすぐに辺りを見回し、見えない姿にヴェントを見る。
「ユーとおっさんは――」
「ジュウウウウウウウウメエエエエエエエエエ!」
彼の言葉を遮るよう、紫色の何かが、何の遠慮もなく彼に突っ込んだ。その衝撃にジューメは地面に突っ伏し、彼に突っ込んだ、ユーを脇に抱えている男性は満面の笑みを浮かべながら倒れるジューメの頭をなでまわしている。
「お前、久しぶりじゃないか! 三年ぶりだぞ三年、元気してたか? 元気してたか? んー?」
「……おっさん、オレさぁ、もうそんな歳じゃねぇからさぁ……」
ジューメの背が震え、地面に突っ伏したまま、頭を抱えた。そんなジューメにヴェントは目を点にして、男性と彼を見比べる。
「しかもさぁ、状況を考えてくれよ頼むから……。イヤ、マジで勘弁しろって。降りろこんのクソじじい!」
ジューメの頭を思う存分に撫でまわしていた男性は、体を無理やり起こして立ち上がった彼に足蹴されて地面に尻餅をついていた。それに苦笑しながらも、ヴェントは気を失っているユーの体を受け取る。
「えっと、ジューメ? このおじさんは?」
「おう! オレの名はサデル=エンファー。こいつの親父だ!」
「息をするように嘘を吐くなボケ! チラッとも、血は繋がってねぇだろうが!」
「おう、じゃあお前のファミリーネームは?」
「……うっせぇ。そもそもお前とは、一か月しか一緒に暮らしてねぇよ」
ふて腐れるように胡坐をかき、頬杖を着いたジューメの頭を更にグシャグシャに撫でまわし、どこか緩い笑みを浮かべながらサデルは振り返った。
「んで。この集落に、その金髪の奴らは? オレは今までこの国を飛び回ってるけど、知らない奴らだな。それに龍? この国では、おとぎ話や伝説で出てくる存在だ。……そうじゃあなかった、ということだな」
事情を知らない竜人が、本物の龍の出現に、そして今まで全く知ることのなかった金髪の竜人に怯えていた。ヴェントは眠るユーを横たえ、自分の上着を掛けてやるとアンスを見る。
「ごめん、簡単な説明、出来るかな?」
「私ですか。まぁ、いいですよ」
困ったように眉を寄せているヴェントに肩をすくめながらも、アンスは一歩前に出るのだった。