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息も切れ切れな声だったが、確かに聞こえたそれに、ジューメは振り返った。
「ユー! お前、その血は!」
「あとで……話す、から。みんな、いる?」
「ヴェントはすぐに戻ってくるだろう、オレは他の集落に」
「回収してきたぞー?」
どこか気の抜けた声に、ジューメは目を丸くすると勢いよく声の方を向いた。ユーもそれに続き、視線を動かす。
そこには紫色の髪と目をした男性が、炎の竜人と雷の竜人を連れてきていたのだ。
「おま……おっさん!」
「何が起きているかは判んねぇが、これでよかったー?」
ジューメの知り合いだろうか、彼は歯を見せた笑いを浮かべながら、連れてきた竜人たちを壁の中に入れていった。そうしていると遠くに、袋を抱えたヴェントの姿も確認でき、彼をもその中に入れてしまう。
「アンス、閉じろ!」
ユー、ジューメ、男性の三人は壁の外に残り、獣たちに目を走らせていた。その男性は無理やりに後ろで縛っている短編を揺らしながら、ジューメに目を向ける。半袖の上着からは筋骨の発達した腕をのぞかせており、背にはジューメのものとよく似た大剣を背負っていた。
「さーて。とりあえず、この壁の向こうにいる限りあっちは大丈夫だろ。だからと言って、こいつらを放って置く手はないけどな?」
「そうだね……あとは、ルシアルの人たち……」
「オレが行く、おっさんとユーはここを頼んだ」
誰が返事をする間もなく、ジューメは大剣を手にしてそれに炎を纏わせた。それを片手で振り回しながら魔物たちの間を飛び、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
紫色の男性はそれを見送り、ほんわかとした笑みを浮かべながらユーを見た。
「坊や、きみも中に入ってた方がいいんじゃないか?」
「子供じゃない……おじさんこそ、危険だよ」
「なぁに、職業柄、危険は遊び相手さ」
多くの魔界の住人を前に、ふんわりとした微笑みを浮かべているその男性を見て、ユーも額に汗を浮かべながらクッと口角を上げた。
「中身がドロドロしてるマントの奴は、炎しか効かないから」
「おー、オレの火力で対応できるといいけどねー」
のんきな口調で彼が振るった剣は一瞬で炎を纏い、わらわらと浮いているザコを薙ぎ払った。ユーも魔物に向けクロウを振り上げ、その度に息を荒げて顔色を悪くしていく。
男性はそんなユーに寄り添うように飛び、周囲に獣を近づけないよう、剣と炎。そして風を駆使していた。
「坊や、悪いことは言わんよ。早く中へ」
(ルシアルの里へ!)
突如、頭の中にいくつも響いてきた声に、ユーは頭を抱えるとそのまま地面に降りたった。掌に爪が食い込むほどきつく拳を握りしめ、地面に押し付ける。
(ルシアルの里へ向かえ!)
「な、何だこの声は。風が運んでいるわけじゃ、なさそうだな」
座り込んだユーを庇いながら、男性は言った。ユーは青ざめながらも顔を上げ、その男性を見る。
「場所は……ヴェントと、アンスが、知ってる。だから、みんなを連れて……いそ、ごう」
集落の中を見てみるとすでに、ヴェントとアンスは飛び立つための準備を終えているようだった。男性はうなずくと、剣に纏わせる炎を大きくする。
次の瞬間。集落を囲んでいた壁が、消えた。
「よっしゃあ! 戦える奴は他の奴らを守りながら、怪我している奴やご老体、子供のことは支えてやれ!」
指示と同時に、集落から一斉に竜人たちが飛び立った。ヴェントは長剣を片手で構え、先ほど抱えていた袋を背に背負うよう担いで先頭へ飛びだす。アンスも銃を片手に、彼の隣に並ぶよう必死に翼を動かしていた。
「ほら、坊や。オレ達は殿を」
「先に、行って……! あとで、すぐ、追いつくからっ……」
そう言うユーは息も切れ切れで、呼吸は薄く、顔色は白くなっていた。男性はそれにわずかに眉を寄せるも、すぐに飛び立つ。
その背を見送ると、ユーは体を強張らせた。
「っあああああああああああああああああああああ!」
今の今まで抑え付けていた眼が、開く。
そこからは雪崩れ込むように魔界の住人が現れ、ユーは縛られたかのようにその場から動くことが出来なくなっていた。襲ってくる四肢を引き千切られるような痛みに、痛いという感覚を通り越し恐怖を感じる。
どれほど、そこに縛り付けられていたのだろう。不意に眼が閉じ、同時に体から力が抜けていった。地面に膝をつくとそのまま突っ伏し、体中を走るダルさと激痛に瞼が閉じていくのが判る。
(ダメだ……こんなところで、気を失ったら)
頭では解っているのに、それを実行に移すことは、出来なかった。ユーはそのまま気を失い、魔物たちは彼を囲む。
「やれやれ、ジューメの言う通り、耐え性な子だなぁ」
先ほどの男性が大剣を軽々と振り回しながら戻ってきた、ユーを囲む魔物をけん制し、気絶している彼を片手で抱えあげる。
「まぁ……本当なら、お前らの相手を存分にしてやりたい、が。今は向こうが心配なんでな!」
と、自分たちを取り囲むよう風を巻き起こし。魔物たちがひるんだ隙に、全速力で場を離れるのだった。