2-1
ヴェントは夜中に、何かの胸騒ぎを感じ、問答無用で集落の人々を起こしていくとそのまま水の竜人の集落へと向かった。こういう時には『英雄』の肩書が便利だと、苦笑してしまう。
ユーとヴェント、アンス、ジューメの四人は、もしまた何かあった時にはアンスの元へ集まるように約束をしていた。彼の元ならば万が一何かあった場合でも、彼の発明品により、身を守ることが出来るから。
「アンス!」
「ヴェントさん? どうしたんです……」
ヴェントの様子と、彼が連れてきている人々に、アンスも何かの異変に気が付いたのだろう。眉を寄せると家の中に入り、すぐに腕一杯の機械を抱えて出てくる。それの半分をヴェントに渡し、もう半分は自身が抱えていた。
「これを、集落を囲むように配置してください。私はあちらへ、あなたは向こうをお願いいたします」
「ユー達は?」
「彼らが来たら、私がこれを操作し、壁を消します」
ヴェントはそれにうなずき、手分けをして集落の周りにその機械を設置していった。アンスは手に機械を持ち、ヴェントは腰に下げる長剣を持つ。いつだったか、ジューメから譲り受けたものだ。
気を張り詰めている二人の英雄に、水の集落、そして訳も判らず夜中に叩き起こされ、ここまで飛んで来た風の集落。二つの集落の人々は、困惑した表情を浮かべていた。
「な、なにあれ!」
「これは……!」
今は真夜中だ。
空には月が浮かび、星が瞬いているのが、自分たちがよく知っている日常の風景のはずだ。たまには天気が悪く、今みたいに月や星が見えないことも、あったかもしれない。
それでも。夜空を覆い尽くすような、見覚えのあるザコ連中や見たことのない不気味な姿をしたものが飛んでいることは、これまでたった一度も、見たことはなかった。
「アンス、この壁……どれくらいもつ?」
「ジューメさんの炎や、ユーさんのマトゥエには耐えられないでしょうね」
「ある程度は、大丈夫だってことだね?」
ヴェントは一度、深くゆっくりとした呼吸をした。口をきつく閉じると集落の外に向かい、翼を広げる。
「ヴェントさん!」
「アンス、一瞬でいいから、壁を消して!」
何をするつもりかと耳を疑いながらも、アンスはわずかにうなずき、ヴェントが壁ギリギリに達するのを、目を凝らして見つめる。
そして、彼がそれに衝突する寸前。アンスは壁のその部分を、ほんの一瞬だけ消した。ヴェントは透明なそれを抜け、ザコをけん制しながらも、翼を休めずに先へ進もうとする。
「ヴェント、後ろだ!」
「え!」
鋭い声に、ヴェントは思わず振り返った。それと同時に、自分を押そうとしたのだろう獣の血をまともに浴びてしまう。
「ジューメ!」
「集落の外の奴らは、知る限り連れてきた。リ・セントーレの連中とも途中で合流したよ、ここは任せて、お前はお前の目的を果たしに行け!」
ヴェントはうなずき、再び飛び始めた。ジューメの姿を確認できたのだろう、アンスは壁を張っている機械へ、手を伸ばす。
「アンス、アンス何が起きているの。あいつらは、一体なんなの」
一人の、水の竜人の女の子が、ダボダボのアンスの上着を引っ張りながら泣き始めた。それに彼は戸惑いながらもその子に視線を合わせ、頭をなでてやる。
「大丈夫ですよ。ヴェントさんやジューメさんがいます、ユーさんもすぐに合流するでしょう。だから、泣かないでください」
女の子の体を軽く抱きしめてやり、アンスは機械を操作した。壁を一部解除すると、ジューメがすぐに竜人たちを壁の内側へ入れていく。その間にも獣たちは黙っておらず、大剣を振るい、炎でそれらをけん制し続けた。
「なんなんだこいつら、イヤでも三年前を思い出しちまう!」
「ジューメ!」