1-3
流血注意
「みんな逃げて! 早く、早く水の竜人の集落へ!」
ユーはリ・セントーレの中を飛び回りながら、声の限り叫んで回った。煙ザコを一掃し、魔界の住人を叩き伏せ、ドロドロザコの足止めをしながら、家の扉や窓を叩いて回る。
「起きて、起きろ!」
街の人々は突然の怒声に目を覚まし、外に見えているそれらに怯え、叫び、我先にと夜空へ飛び出した。ユーは飛び出す彼らを守るよう棒を振るい、視線は忙しなく動かす。
「局長さん……!」
今飛んでいる人々の中に、彼の姿はなかった。表情を歪め、ユーはすぐに足を上へと向ける。
「局長さん! 早く逃げて」
玄関を棒で突き破るように開いた瞬間、鼻孔の奥に錆びた鉄のような、生臭い臭いが広がった。同時に感じている闇の力に、棒を握る手に力が入る。
あまりに強く握り過ぎたせいだろう、指先が冷たくなっていくのを感じながら、家の中に足を進めた。嗅ぎ慣れてしまったそれのせいで、心臓は掴まれ胃液が逆流しそうになっているのを、必死に食い止める。
しかし。家の奥には、絶対にあってほしくなかった光景が広がっていた。
「ああああああああ! ああああ、局長さん! 局長、さんっ」
血だまりに群がる魔物に向かい、ユーはほとんど感情任せに棒を振るっていた。壁を抉ろうと、家具を破壊しようと。そんなもの目にも映らない。
そこには、自分をここまで育ててくれた大切な人が、倒れていたのだ。
普段ならば、まだ大丈夫だと、まだ間に合うはずだと諦めなかっただろう。本当ならば今すぐにでも局長さんの体を抱えあげ、家を飛び出していただろう。
家の中に居た魔物を瞬きする間に塵としたユーには、それが出来なかった。
局長さんの体は、上半身と下半身に別れていたのだ。浮かんでいる表情はどこか穏やかで、苦しまずに眠ったのだろうことだけが、救いにすら感じてしまう。
「きょ、くちょう……さん」
ユーは、血みどろになるのも構わず、彼の上半身をそっと抱えあげた。唇は震え、声すら出せず、その体をきつく抱きしめる。とりあえず今は、周囲に闇の力は感じられず、ユーは局長さんを抱えたまま彼の部屋に向かった。ベッドの上に横たえ、そっと布団をかける。
「……ごめんなさい。今は泣かないよ、行ってきます」
ユーは自室に入り、枕元に置いていたクロウを引き寄せると、棚の上に放っていた手袋を両手につけた。幼いころからかぶっている帽子を頭にヒョイと乗せ、窓を突き破る。
「もう、このあたりには誰もいないね。……早く、アンス達のところに!」
唇をきつく噛みしめ。
クロウを両手に構えると、他には何も考えず。ただ、闇夜を飛んだ。