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「知るか。実の両親の顔も知らんのに」
「……?」
二人の話によると、ルシアルの集落では、竜人のものではない純白の翼を持った子供がごく稀に誕生する。
その子はその代の大天使に引き取られ、次の大天使として育てられる。ということだった。
「だから私も、生まれてすぐにレガー様に引き取られたのだ。実の両親は誰なのかも知らないし、まさか兄弟がいるだなんて」
と、伏せられた目はどこか悲しかった。
「……私のせいで、辛い目に遭っていないだろうか。私は恐らく、歴代……最悪な長だった」
「コンダム……」
ユーが手を伸ばそうとした、その時。コンダムの瞳が冷たく光り、同時にユーも臨戦態勢に入った。
「なに、なにが起きるの!」
困惑の声には二人とも答えず、目配せをするとミールがユーの体をヒョイと肩に担いでしまった。驚いて足をバタつかせ、構えていたクロウを落とさないよう、そしてその刃で彼を傷つけてしまわないよう慌ててしまう。
「ミールさん!」
「ミール、他の者に悟られんようにな。今度こそ、手が付けられん混乱が起きるぞ」
「わかってますって」
軽口を叩きながらも、その表情は真剣なものだった。訳も判らないうちに担がれたユーは辺りを見回し、いつの間に手にしていたのだろう、長剣を構えるコンダムへ視線を止める。
「コンダムっ」
「なに、魔界の奴がせめて来ただけさ!」
ユーは、自分を抱えて飛んでいるミールの背から、空が黒く染まっていくのを見た。それは竜の国に魔界の住人が攻めて来たときと比にならず、血の気が引くのを感じる。
「コンダム……一人で残ったよね! 戻らなきゃ、無茶だ!」
「その、コンダム様の命は、お前を守ることだ」
辺りを見てみると、竜人たちがたくさん、逃げていた。彼らの周囲にはルシアルの兵が付き、先導するよう、そして魔界の住人から彼らを守るように飛んでいる。
よく見てみればその集団の中には、見たことがない格好をした竜人もいた。
「ミール、さん……」
「過去の戦いで、魔界の住人に殺された人たちだ。安心しろ、オレ達が彼らには手出しをさせない。何があっても」
歯がかみ合う小さな音が聞こえ、ミールは優しく、ユーの背をさすった。体は小刻みに震え、喉から息が漏れるような掠れた声がする。
「ウィユ、大丈夫だ。大丈夫」
幼子をあやすように声を掛け続け、ミールは生い茂る木々をすり抜けるようにして地面にむかった。ユーをおろし、入り口に何かが記されている小さな洞穴に向けて緩く背を押す。
「ここなら魔界の住人は入って来れない、コンダム様がまじないを掛けている」
「ボク、ボクは」
「オレはコンダム様の加勢に行く、お前は絶対にここから出てくるな」
「どうしてさ!」
ユーは洞穴の中には入ろうとせず、再び腰に下げるクロウへ手を伸ばしていた。ミールはその腕をそっと制し、首を振る。
「お前たち三人と、アンスという水の竜人は、ここで人々の希望なんだ。四人の英雄が、自分たちをここから助け出してくれる。ってさ」
申し訳なさそうに微笑み、ミールは空を見上げた。緑葉の隙間からは禍々しい鳴き声が響いてきており、小さく舌打ちをする。
「ごめんな、名前を借りてるよ。そうでもしなければみんなの混乱を抑えられなかった、守ることが出来なかった。……もし人々がこの場所でお前の姿を見たら、今度こそ混乱は避けられないだろう。そうなればオレ達にはどうすることも出来ない、だから」
諭すように話しかけても、ユーは首を振り、静かに離れて行った。青ざめながらも背の翼を開いている彼に、ミールは目尻を下げる。
「なら、ボク達がここでも英雄と呼ばれているん、なら。……戦うよ」
今度はミールも、止めなかった。地面を蹴り、空に向かうユーを見て目を伏せる。
「……オレ達がどうしてここで生きているのか、生かされているのか。そこで、知ることになるぞ」
薄く開いた口の隙間から唸るように言い捨て、ミールは頭を振ると自身も住人を追い払うため、戦うことを知らない竜人を守るため。
ユーとは反対の方向に、翼を開いた。
向かいくる魔物をクロウで引き裂き、食らいつこうと大きく開いている顎を蹴飛ばし、体当たりを仕掛けながらコンダムの元へ飛び続けた。あれほど真っ黒になっていた空はすでに元の青色に戻りつつあり、それにつれて魔物の数も減っている。
彼と話をしていた辺りになると、むせ返るような鉄の臭いが鼻孔をつき、ユーは反射的に手で覆った。それでもコンダムの姿を探し、目に飛び込んできた光景に言葉を失う。
「コン、ダ、む?」




