9-1
瞼をきつく閉じたまま潜り抜け、足が地面に触れたのを感じるとユーは瞼を緩めた。
そこには、自身が知っている光景と全く同じものがある。
「……え? ここ、竜の国? 眼は通れなかった? でも、向こうは夜で、こっちは昼で……」
考え込もうとした、その時だ。
背後から口を塞がれ、腕を押さえこむようにして体を抱えあげられた。あまりに不意なことで反応も出来ず、ただ目を見開く。
ほんの数秒も経たないうちに地面が遠く小さくなっていき、空を翔けていた。どうにかその手から逃れようとするも、ますます自身の体を押さえこむ力は強くなり、飛ぶ速度も上がっていく。
(な、なに!)
もはや、目を開けているのも辛いほどで、それでもユーは見えるものを必死に目を開けてみていた。
どれほど距離を来たのだろう、地上が近づき始め、ユーは身悶えした。
「あんた、一体どこに……その子は!」
「……い……」
地面にそっと足をつけられ、口を塞ぐ手をゆっくりと放された。呼吸を整えながらも、静かに顔を上げていく。
その二つの声はどこか、覚えがあった。
「勢いで、連れてきてしまった」
「なにしてんすか、あんた!」
そこに居た二人に、ユーは即座に距離を取った。呼吸を忘れるほどに凝視し、喉から掠れた声を出す。
「こ、んだむ……ミールさん?」
「ウィユ、お前は死んだのか!」
コンダムは足元に届く金髪を揺らし、地面に膝をつくとユーの両肩に手を置いた。ユーは思わずキョトンとし、質問の意味を理解すると同時に怪訝な表情を浮かべる。
「はぁ?」
「頼む、答えてくれ。お前は最後になにをしていた!」
頬を赤くし、声を震わせ、肩に置いている手に力を込めた。あまりに真剣な表情をしている彼に頬を掻き、苦笑してしまう。
「最後って、きみにさらわれて来たのが最後なんだけど?」
「違うんだ、そういうことじゃあないんだ……!」
音をたてて肩を落としたコンダムに、今度はミールが苦笑していた。ユーの頭にポンと手を置く彼の目付も鋭く、思わず眉をよせる。
「ウィユ、どうやってこの世界に?」
「え? あ……眼を通ってきたんだ。腕までは通したことはあるけど、その先を知らなくて」
言い終らないうちに力一杯に抱きしめられ、ユーは目を瞬かせかせた。服越しでもわかるほど彼の手は震えており、それを不思議に思いながらも、彼の背を優しく摩る。
「えっと、きみ達は本当に、コンダムとミールさんなの? きみ達は無事で、生きていたの?」
「あぁ、オレ達はお前が知るオレ達だよ。ほら」
と、ミールはいきなり、自身の上着をそこに脱ぎ捨てた。腹部には大きく切り裂かれた傷跡があり、次に見せられた背中には一面に傷跡が残っている。それにユーは目を丸くし、コンダムは苦い表情をした。
「ほら、あの時にこの人からやられた傷だ」
「蒸し返さないでくれ! 今思い出しても……あの頃の自分が、腹立たしいのに」
眉をキュッと寄せ、見上げるようにミールを振り返っているコンダムの表情は相変わらず前髪に隠され、詳しく見ることは出来なかった。それでもその声は辛そうで、同じように眉が寄るのを自覚する。
「コンダム……」
「やだなぁー! 久々にあんたをいじるネタが来たんだ、そりゃあいじるでしょうよ」
「ミールっ!」
ケラケラと笑いながら上着を着終えると踵を返し、逃げていくミールを赤面しながら追いかけはじめたコンダムに、ユーは目を点にしてしまった。先ほどの苦しそうな声は一体どこへやら、子供の様に追いかけっこを始めてしまった二人へ呆れにも近いため息が漏れる。
「ちょっと、ボクの事忘れないでよ!」
コンダムが伸ばす腕をヒラリヒラリとさけていたミールが、翼を広げるとユーの傍に立った。恨めしそうに唸りながらコンダムも二人の傍により、頬を膨らせたまま地面へドカリと腰を落とす。
「なんだかあの時と……雰囲気、変わり過ぎじゃない?」
「いや、あの時が異常だったんだよ。オレも、この人も。なぁ、ウィユ、国では何が起きているんだ? 最近、こっちの人口が一気に増えてオレ達は大忙しだよ」
「人口が、増えた? というか、ここはどこ?」
当然のように言われた言葉の意味が判らず、ユーは同じ言葉を繰り返し訪ねてしまった。ついでに今いる場所を聞いてみると、コンダムがコトンと首をかしげる。
「お前は眼を通ってきたのだろう? ならば、魔界だと判っているのではないのか?」
質問に対するコンダムの答えに、ユーはぎりぎりと眉を寄せて行った。なんとなくユーの心境を察したのだろう、ミールが目を伏せる。
「まさか、眼を通って来られるとは思ってもいなかったが。ここは確かに魔界で、オレ達は死んでいる。どうやら魔界の住人が関係して死んだ者はみな、ここにいるらしい」
「あぁ、過去に起きた魔界との戦いで亡くなった者たちも、いた。ゆえに私たちは、どうしてお前がここに居るのかをきいたのだ」
ようやく、コンダムが取り乱していた理由が分かった。彼らは自分が魔界の住人によって死に、ここへ来たのだと思ったのだろう。
「もしかして、母さんも?」
「いいや、レガー様のお姿は見ていない。彼女はここには来ていないぞ」
即座に答えたコンダムに、ユーは彼を見上げた。前髪で目元を隠していようと、口元に浮かぶ優しい笑みは見えている。
「さて、そちらの話を聞かせてもらってもいいか?」
「……少し、長くなるかもね」




