8-4
裏の世界に戻ると、ボロボロになっているユーとコンを見たアンスはサッと青ざめ、即座に治療を始めた。ラポートの顔色も白くなり、ヴェントはユーの体に衝撃を与えないよう、支え続ける。
「アンス、ユーの具合は!」
「……脈拍、呼吸ともに安定しております。恐らく貧血と、無茶をした疲労のせいでしょう」
と、度が高い酒を布に含ませ、巻かれている布きれを慎重にはぎながら傷口をふいた。すると、ユーの体が微かに痙攣し、瞼が開く。
「あ、んす……ヴぇんと、ジューメ……サデル、らぽーと?」
「ユー、起きたの! どうしてさ、こんな、こんな無茶をして!」
「ごめん、なにも、わからなかった」
治療を受けながら、ユーはわずかに口を動かした。片手で顔を覆い隠し、奥歯を噛みしめ、肩を震わせる。
「どこかに、扉があるはずなのに。見つけ出せなかった、は……これじゃあ、あいつの思うツボだ」
ヴェントは唇を痙攣させるも、言葉を出すことは叶わなかった。そんな彼に嘲笑を浮かべ、痛む傷を押さえながらも体を起こす。
「大丈夫だよ、ヴェント。わかったこともあるんだ、あいつらはどんどん力をつけていっている、このままじゃあいつ、裏の世界に来るかもわからない。だから早く、あいつらを倒す方法を」
「いいからユーは、休んでて!」
怒鳴り、きつく抱きついて来るヴェントに、ユーは戸惑いの表情を浮かべた。ガタガタと全身を激しく震わせ、肩口に額を押し付けてくる彼の背に、そっと腕を回す。
「いいよもう、ボク達が考える、だから、だから今は少しでも休んで。ユーはもう、これ以上傷つかないで……!」
ヴェントの嗚咽の他に、すすり泣く声がいくつも聞こえてきた。顔を上げてみると他の竜人たちも涙を流し、眉をハの字に寄せ、自分たちを囲むようにして立っている。
「ユー、ごめんよ。少しでもきみを疑ったもの……ごめんよ」
「知ってるはずなのにね、毎日毎日、手紙を運んでくれて、困ったことがあったら助けてくれて。いい子だってこと、知ってるはずなのにね」
「どうして、こんなに傷ついて……!」
口々に言う彼らに、ユーはヴェントを抱きしめながらも首を振った。手の甲に冷たい視線を落とし、深くため息をつくと微笑みを作りながら彼らを見渡す。
「いいんです。ボクが何も言わなかったのが悪いんだから。それに、こうなった原因は。確かにボクの父親なんだ」
声を震わせながら体を崩していく人々に、ユーは申し訳なさそうに微笑むだけだった。
だが不意に瞳を鋭くすると、ある人物に目を止めた。彼女はその目に肩を跳ねるも、微かにうなずく。
「よるに、はなそう」
ユーの口から声は出なかった、それでも彼女には通じたのだろう、再びうなずくと静かに場を離れていく。それを確認すると目つきが柔らかくなり、ヴェントの体を優しく離した。
「ありがとう、ボクは少し休むよ。アンス、コンの治療もお願い。ボクの事をたくさん守ってくれたんだ」
「はい、もちろんですよ」
と、アンスは治療道具をまとめて帽子の中にしまいこみ、遠くでライトニアに説教をされているだろうコンの元へ向かうのだった。
夜になり、ユーは静かに立ち上がると誰にも気づかれないように気をつけながら森に入った。そこにはすでに、ラポートともう一人、金髪の竜人の少年がいる。彼はラポートに隠れながらオロオロと辺りを見回し、怯えたようにユーを見上げた。
「ラポート、この子が?」
「はい。この子が兄の、先代大天使コンダムの血族の者です。彼の弟の、子になります」
と、彼女はその少年の背を押し、ユーの前に立たせた。彼女とは違い普通の竜人の翼を持つ少年は前髪で綺麗に目元を隠しており、思わず苦笑しながらも視線を合わせるように膝をつく。
「きみの名前は?」
「……ルーチェ=ルフェウスです。えっと」
「きみは知ってるのかな、きみの体に、ボクと同じ血が少しだけ流れてることを」
「は、い。さっき、大天使様に、聞きました……」
うつむき、不安そうに辺りを見回すルーチェに微笑むと、ユーは右手を彼の頬に伸ばした。手が触れた瞬間に彼はビクリと肩を震わせ、顔を上げてユーを見る。
ユーはその反応に、僅かに眉を寄せた。――今、左頬に触れた時。ルーチェは自分の手が見えていたのだろうか。
「ルーチェ、ごめんね」
「あ、やぁ……!」
彼が抵抗する暇も与えず、ユーはルーチェの前髪を優しく掻き分けた。きつく閉じられているまぶたに、小さく息を吐き出すと頭をなでる。
「お願いだ、これはとっても大切なことなんだよ。きみは、左目が見えていないね、どうして?」
しばらく、力いっぱい目を閉じて口を結んだままうつむいていたルーチェだったが、顔を上げると薄く目を開いた。ユーは自身が彼に期待し、願ったものをその目にみつけ、口の端を見る間に上げていく。
「やっぱり、眼が……!」
ルーチェの左目の瞳孔に、自分の手の甲にあるものと同じものを見つけていた。思わず彼の体をきつく抱きしめ、肩に額を押し付ける。
「ボクだけじゃなかった、少しでも流れていると、あるんだ!」
「え、と」
魔界の住人が、国に流れてきた夜の事。体が引き裂かれているような痛みを伴いながら眼が展開され続けていた、あの時。
「眼」を閉じたのは自分ではなかった、他に「眼」を、無意識にでも閉じられた人がいるはずだと。そう思ったのだ。
「ルーチェ、きみのご両親はどこに?」
ユーの問いかけに、ルーチェは背を震わせた。緩々と首を振り、再び前髪で目元を隠してしまう。
「おじ、おじさんが」
「……?」
「パパ、兵隊さんで、ママも、塔の中でお仕事、してて……」
音をたて、血が引いて行くのが判った。コンダムの体を奪ったポスダーは、塔の中でなにをしていた?
「……信じられないかもしれないけどね、きみのおじさんは、コンダムは悪い人じゃなかったんだよ。ただ、ただね、魔界の奴に。とってもとっても悪い奴に、操られちゃってただけなんだ」
包み込むようにルーチェを抱きしめると、彼は声を抑えるようにユーの胸元に顔を押し付け、嗚咽を上げ始めた。ラポートも目の端に涙を浮かべており、ユーはそんな二人に目を伏せながら微笑みかける。
「だから、あの人を嫌わないで。ごめんね、辛いことを聞いちゃったね。ごめんね、ルーチェ」
どれほどそうして、抱きしめていただろうか。ルーチェは目を擦りながら離れ、小さく頷いた。ユーはまだクスンクスンと鼻を鳴らしている彼の頭をなでながら、ラポートを見上げる。
「この子は何があっても、守って。万が一の時には、この子が要になる」
「まんが、いち?」
「そう。ボクが、死んだとき」
躊躇いのない言葉に、ラポートは二の句を継ぐことが出来なかった。それでもユーの瞳は真剣で、小さく頷いてしまう。
「ルーチェに伝承を教えて、魔界の事、眼の事、鍵の事。あ、それから一つ、伝言を頼んでもいい? まぁ……今度こそヴェント達に説教されると思うけどね」
「なに? なにをするつもりなの?」
「一か八か。ボクは、開いた眼を通ってみる」
今度こそ、ラポートは開いた口を塞ぐことが出来なかった。ルーチェは不安そうに首をかしげ、交互に二人を見上げている。
「出来るかどうかわからないけどね、たとえ中に行ったとしても、どこにたどり着くのかはわからない」
「……約束です。今度は無事に、早く帰ってきてください。重いかもしれませんが、みんなにとってあなた達四人の英雄は心の支えなのです、それに今……あなたは怪我にまみれているのに」
「肝に銘じておくよ」
微笑み、ユーは翼を広げるとその場から離れて行った。誰も見えなくなるよう、誰にも気づかれないよう遠くへ。
ラポートはそれを見送ることしか出来ず、ルーチェの体をきつく抱きしめて握る杖を胸元に引き寄せた。
ユーが眼を展開しても、そこにサーの気配は感じられなかった。それに眉をよせながらも両腕を眼の中に入れる。治療を受けた傷口がジクジクと痛んだが、気にしないようにする。
「……ここまでは入れたことがあるんだ、だったらきっと、この中に入れる」
そしてこれは、魔界の扉を封じるカギであり、同時に門でもあるのだから、繋がっているのかもしれない。
深く息を吸い、止めると、ユーはその中に一思いに飛び込んだ。




