7-3
ユーは一人、森の中に立っていた。しばらくして、自分についてきた気配を振り返る。
「……ラポート」
「ウィユ、大丈夫ですか。その、気になさらないでください。彼らはっ」
「あの子、リールちゃんだっけ。リールちゃんのご両親はここにはいないよ」
遮られるように放たれた言葉に、ラポートは口をつぐんだ。良く目を凝らさなければ判らないほどに上がっている口角は、自嘲の笑みか。
「ううん。さっき……我先に口を開いた人たち、ボクに殺気を向けてきた人たち。みんな誰かがいなかった、子供、奥さん、両親……大切な人。ボクは郵便配達をしているから、大体覚えてるんだよね。どこの家に誰がいたか、どんな家族構成で誰と仲がいいのか」
「ウィユ」
「ボクは責められても、仕方がないよ」
ラポートは、ユーの顔を直視することが出来なかった。彼は一度目を伏せると笑みを殺し、彼女に背を向けて空を見上げる。
「ごめん、ちょっとだけ無理をしてくれないか」
「え?」
「ボクは一日早く、表の世界に行く。戻るのは向こうの世界での、十日後」
「……こちらの世界での、三十日後……!」
ユーは腰に下げるクロウを視界に入れ、ズボンのポケットから棒を取り出すと掌で遊ばせた。言葉を無くしているラポートに柔らかく微笑み、近寄る。
「調べたいことがあるけど、他の人は巻き込めない。ボク一人なら、きみの負担も少ないでしょ?」
ユーの眼光は、「否」とは答えさせてくれなかった。ラポートは俯きながらうなずき、杖を強く握り締める。
「今から、ですか」
「早い方がいい」
と、ユーは目を閉じた。彼女はそれに何も言わず、彼を表の世界へと連れて行く。
ユーが消える直前、ラポートの横を黒い風が走り抜けた。彼女はそれに目を薄く閉じ、乱れる髪とはためくローブを抑える。
「……今のは?」
一人残された言葉は、森の中へ静かに消えた。
「――もしかしたらあの病気だって、あいつが原因だったのかもしれないじゃないか!」
アンスが三年前の旅の話を終え、竜人側から一言目に出た言葉がそれだった。ヴェントは手が震えるのが判り、剣に腕が伸びそうになるのを必死に抑える。
「オ、オレ達を助けておいて油断させて、追い詰めていったのかもしれないじゃないか!」
「それにお前たちは英雄なのに、オレ達のことを守ってくれなかった! オレの妻を……家族を、守ってくれなかった。何が英雄だ!」
竜人たちを取り巻いた竜巻は、一瞬で消え去った。
何が起きたのか判らなかったのだろう彼らは周囲を見回し、サデルがヴェントのことを抱きしめて背を優しく叩いてやっているのを見つめた。呼吸を荒げるヴェントは目尻に一杯涙を溜め、苦しそうに唇を噛みしめている。
「落ち着け、な。ダメだぞ、そんなことに風を使っちゃあ。悔しかったんだな、苦しかったな、今の言葉が」
「知らないくせに、ユーがどれだけ苦しんでるのか、傷ついてるのか何も知らないくせに……お前たちが勝手に、ボク達を英雄にしたんだろ!」
再び吹き荒れた風を、サデルは自身の風で押さえつけた。額に脂汗を浮かべながら表情を歪める彼に、ジューメもヴェントの事を落ち着かせるよう頭に手を乗せる。
「ふざけるな、ふざけるな! ボク達はただ大切な人を守りたかっただけなのに、死なせたくなくて原因を知りたくて動いただけなのに! 誰だよ、勝手にボク達を英雄だなんて言い始めたのは、何をするにも、さすが英雄だ英雄だから英雄の癖にって!」
「自分たちは戦えない、なんて泣き言は聞かねぇぞ。お前ら雷が使えるだろ、風が、炎が、水だって使えるんだろ。戦える手段はいくらでも持っているはずなのに、いざこうして危険が迫ると『英雄が助けてくれなかった』かよ。……オレが守りたいと思ってるのはお前らじゃねぇ、こいつらだ」
ヴェントの隣で静かに涙をこぼしているアンスの体を包み込みながら、ジューメは竜人たちを睨みつけた。風の押し合いをしているサデルにチラと視線を向け、長い息を吐き出す。
「いいか、本当はな、ユーが一番表の世界に行っちゃあいけないんだ。魔界の住人は……あいつを狙っている、あいつが持っている眼を、魔界の扉の封印を狙っているんだ」
「それでもユーさんは、自分は英雄と呼ばれているから……って、みなさんの悲しみや苦しみを、不安を少しでも取り除きたいと、表の世界へ行く。その度に彼がどれだけ、傷を負っているとお思いですか。あの服の下に、治りきっていない怪我がいくつあるかご存知ですか」
「ユーだって、お母さんを殺されて、局長さんを……殺されて! 自分が住んでた村の人たちも殺されてさ! 一番泣いていいのは、弱音を吐いていいのは、戦いたくないって武器を放り投げてもいいのはユーなんだよ! それなのに戦ってる、ユーを責めるの! ボク達を責めるつもりなの!」
とうとう、ヴェントの風がサデルを押し切った。もはや刃と化しているその突風は、勢いを増していく。




