6-3
その日の夜、ルシアルの兵の一人がふと目を覚まし、体を起こした。何かを噛んでいる音に眉を寄せ、誰かがまた食料を狙ったのかと辺りを見る。耳を澄ませ、それがどこから聞こえてくるのかを探りながら、手を剣に触れた。
「……アンス?」
彼は足音静かにアンスに近寄り、彼をそっと覗き込んだ。体を丸めて眠っているため、顔を見ることは叶わない。
「アンス、どうした?」
二度目、声を掛けると、アンスは薄く目を開いて彼を見上げた。何かを口に含んでいるらしく、頬が膨れている。
「一体何を食べて……!」
体を起こされたアンスが口から吐き出したものは、布きれだった。思わず目を丸くし、アンスを凝視してしまう。
「脳を、錯覚させているのです。自分は、物を食べている、と。……あなたの名は」
「私の名はフォルサ。先代大天使コンダム様のお付きであった、護衛長ミール様の部下。現在は私が兵をまとめている」
「そうですか」
アンスはフォルサの腕を抜け、自身の力で座った。彼の目の下にはクマが出来ており、深く息を吐き出すと顔を上げる。
「きみは一体、いつから……」
「今日で、六日目になります」
キッパリと言い放つアンスに、フォルサは息を飲んだ。どこか緊迫した空気を感じたのだろう、アンスに寄り添うようにして眠っていたコンがモゾリと体を動かし、それを安心させるように体をなでる。
「正直に言いましょう、ここにあるだけの食料では、十日分は厳しすぎた。あなた方ルシアルの兵は今日までの間、ほとんどを水だけで耐えて下さり、集落の外で暮らす方々と雷の竜人のみなさんも三日に一度の食事と言うことで、協力をいただいておりました、それには本当に感謝をいたします。……それでも、厳しかったのです」
かろうじて残っている栄養凝固カプセルと、凝固水カプセルを視界の端に映しながら、アンスは拳を握った。
「これは確かに……一日分の栄養素と、一食分の水分を得られるよう私が作っていたもの。ですが空腹という辛さまでは、どう頑張っても埋められない。そのためには他に食料が必要となる、到底千人分なんて……」
「なぜ、もっと早く言ってくれなかった? きみはもしかして、何も口にしていないのか。六日前から、なにも?」
「一人分でも食べ物が減らなければ、多少は変わりましょう」
「ならば! 我々だって、いや、私だけでももっと食事を取らなければよかったはずだ。なぜきみがそこまで頑張る? ここを任せられたから? 自分が、英雄と、そう呼ばれているからなのか!」
「ユーさん達は、私を信じて下さったのです」
声を荒げていくフォルサを落ち着かせるよう、アンスは手を伸ばした。傍に眠るコンへ目を向けてみると体を丸めながら眉を寄せており、それを見たフォルサも口を閉じる。
「人々が英雄と呼ぶから、ですって? そんなもの私にとって、何の価値もない。……私自身を信じて、ユーさん達は表の世界に行かれたのです。ならば私も出来る限りのことをするだけ、今宵を乗り切れば彼らは帰ってくるのです」
言いながら、半ば倒れるようにアンスは横になってしまった。フォルサは咄嗟に手を出して体を支え、覗き込む。緩く目を閉じてはいるものの呼吸は安定しており、思わず息を漏らしてしまった。
「それに、もしこちらで万が一のことがあれば、あなた方に戦ってもらわなければなりません。……本当ならば、一番食事をしなければならないのは、あなた達兵隊さんだったのですよ」
微笑み、地面に出してしまった布きれを摘まみ上げると、アンスはそれを草の中へ放り投げてしまった。深く息を吐き出しながらも目を閉じてしまい、体から力を抜いていく。
「このことは、他言無用でお願いしますよ」
「……わかった。すまない、早くに気づけずに……」
そのまま眠ってしまうアンスの体を横たえ、毛布を掛けてやると、彼の代わりに食料を見張るよう、フォルサは膝を立てて剣に寄りかかるよう目を閉じるのだった。




