6-2
食事を終えると、アンスは荷物の中から布きれやアルコール、自身が持ってきていた薬などを取り出した。大きな一枚布を地面に広げ、その上に道具を置くと腰を降ろす。
「ご気分が悪い方、酷い怪我をされている方は報告を。度が酷い方から診ていきます、もしよろしければ、お医者様方も手伝ってください」
元気な竜人に支えられながら治療を受けに来る者たちを、アンスは順に治療を始めていった。
骨折をしている者、手足を失ってしまっている者、切り傷や擦り傷など。他の医者の手伝いもあり、淡々と治療を進め、終えた頃には日も落ちてしまっていた。昨日の、ジューメの軟膏による応急処置もあったおかげか、よほど酷い怪我でなければ傷は綺麗に塞がっていた。
「ではあとは、ユーさん達が戻ってくるのを待ちましょう」
三日経ち、四日経ち。五日目までは特に問題も起こらずに過ぎていき、アンスはホッとしていた。それは自分が『英雄』だからなのか、自分自身のことを信じてもらっているのかは判らない。
それでもこのまま、無事に、彼らが戻って来るまで過ぎてくれればいいと願った。
それが、淡い期待であると解っていても。
夜に眠っていると人の気配を感じ、アンスは感づかれない程度に目を開いた。人影が二つ、自分の傍にまとめて置いてある食料に、近づいている。
「何をしているのです」
アンスが体を起こすと、二つの人影、炎の竜人の若い二人の男は一瞬動きを止めた。その瞬間、口の端を歪めて笑い、互いに目で合図をしているのはすぐに解る。
「まともにメシを食えてねぇで、腹が減ってんだよ。なぁ、まだこんなにあるだろ? 少しくらい……いいよな!」
突然の爆発音と、直後に響いた叫び声に、竜人たちは一斉に目を覚ました。アンスの傍では男が腕から血を流して身悶えし、もう一人の男はアンスに銃を突き付けられ、ジリジリと後退している。
「……別に、あなた方だけが苦しい目に遭っているわけではないでしょう。先日も言いましたが、たった一人の身勝手が全員を死に追いやる可能性だってあるのですよ、今の、個の様な状況では。どうやらそれが、お解りいただけていないようですね、そうでなければ私に襲い掛かり、食料を奪おうなどという行為は出来ないはずです」
銃を構えているアンスの顔は青白く、言葉を発する口は痙攣し、引き金に置いている手も時折、引きつっていた。龍たちも目を覚ましており、コンは竜人の姿でアンスの傍に歩いてきたが、そんな彼をそっと背後に押しやる。
「次に輪を乱すことがあれば、私は、躊躇わずにあなたの命を取りますよ」
「やれるもんなら、やって――」
再び男が飛びかかろうとし、ルシアルの兵の一人が、地面を蹴った。
だが彼が男を制するよりも、アンスが銃を放つ方が早かった。弾丸はイヤな笑みを浮かべていた男の左肩を貫き、低い悲鳴を上げると彼は地面にうずくまる。顔を上げ、冷たく、氷のように光っているアンスの瞳に、短く息を飲んでいた。
「私はユーさん達に、ここを任されました。それ故にみんなを守る責任がある、たとえそのために……百あるうち、九十九を危険にさらす一を、殺さなければならないとしても。その覚悟、あなたに理解できますか」
たった十五歳の少年の言葉に気圧され、誰も口を開くことが出来なかった。上半身を起こし、肩を抑えている男に銃を突きつけたまま、警戒心を丸出しにして光の棒を構えているコンの頭を優しく撫でてやる。
「今回は見逃しましょう、ですがこの騒ぎで、あなた方の顔はここに居るみんなが覚えましたよ。……後の行動は、あなた方次第です」
と、深く息を吐き出し、先ほど眠っていたところと同じ場所に横たわった。男たちは各々撃たれた箇所をきつく抑え、忌々しそうにアンスを睨みつけていたが、同時に龍や兵士たち、竜人たちからも睨まれ、舌打ちをするとその場を二人離れていく。
「……私はあの方々を、責めるつもりはありません」
男たちが離れた直後、誰が口を開く前に、アンスは静かに言った。
「一時の気の迷いというものもあるでしょう、もしかしたら普段の彼らの素行が、ああいった風なのかもしれませんね。それでももう、誰も傷つけたくはない、死なせたいわけではないのです。ですからみなさんも、彼らを責めてあげないでください」
そう言う彼の声は震えていた。コンは彼に抱き着くようにして横になり、龍たちも男たちが去った方角を冷たく見据えながらも、静かに目を閉じた。
もし自分たちが何かを言えば、英雄の一人は悲しんでしまう。
その思いは同じだったのだろう、他の竜人たちは何も言わず、言えず。そのまま再び、静かな夜が訪れていくのだった。
ユー達が表の世界に行き、九日が経った。食料はずいぶん減ってしまい、それでもアンスが綺麗に分けてくれるため、五日目の夜に男たちが強奪未遂をした以外には何も問題は起きていない。
今夜を耐えきれば、彼らが戻ってくる。




