5-2
「……おっさんが、オレを連れて行かなけりゃよかったって。そう言ったんだ、それにオレはブチ切れてさ。オレは足手まといなんだろ、とか。邪魔者なんだろ、とかさ。オレなんかいなければよかったんだろ、とも言ったっけ」
話をしていると、いつの間にか風の集落にたどり着いていた。二人は翼を畳み、地面に足をつける。
辺りを警戒しながらも集落を歩き回り、家々の中から毛布やナイフ、砥石などを拝借していった。ヴェントはふと自身の家に入り、部屋を覗き込んで目を伏せる。
そうしているとジューメの手が頭に置かれ、顔を上げた。
「何か、思い出のものでも持って行けないかな。と思ったんだけどさ、これだけ荒らされてたら、何も残ってないね……きっと」
「ほら」
手を降ろし、ジューメは何かを頭に置いた。それに手を伸ばしてみると、今はあまり被っていないが、ユーと初めて会った時に被っていた帽子だった。
「お前の家の道具も、役に立たせてもらうぜ」
「うん、当然だよ! 使えるものは持って行こう。それで、話しの続きは?」
「あぁ。おっさんはオレのこと、怒りもせず愛想もつかさず。ただ、ガキの特権だから……怒鳴り散らして喚き散らして。全部吐き出して、泣いちまえって。そう言われたよ」
泣け。それは、ジューメも言う言葉だった。彼はヴェントから視線を外すように道具を集め歩き、翼を広げる。着いて行くと拠点に向かっているようで、荷物を置きに行くのだろうと予想づける。
「まぁ、おっさんはオレに取って、師匠であり生きる術を教えてくれた人であり……。親とは、なんか違うよな」
「……最初、アンスの研究所に入った時にさ。ものすごく怖い顔をしてたよね。もしかして、それって……」
「マジか、気づかなかったな。……どうしても、その時のことを思い出しちまうんだ。研究所を見たり、実験なんかを見たりしたら、な」
目尻を下げながら笑うジューメに、ヴェントも思わず目尻を下げてしまった。そんなヴェントの隣に来るまで速度を落とし、横に並ぶと彼の頭をグシャグシャに撫でまわす。
「ま、アンスは自身の好奇心を満たすためだけじゃなく、他の奴を助けるためにそうしているっていうのは解ってる。だから、平気だよ。話がそれたな、オレはオレを捨てた奴らの名前なんか使いたくなかった。それよりもオレに、つまらない事にこだわらず、生きろと言ってくれたおっさんの名前を使いたかった……こんなこと、何を狂っても本人の前じゃ言わねえけどな!」
照れくさそうに笑うジューメは、どこか子供の様に見え。
空に向かって走り出す彼の後ろを追いかけるように飛びながら、ヴェントは微笑んだ。
拠点で荷物を整理しながら袋に詰めていき、ジューメは外を見た。ヴェントもつられるように顔を上げ、眉を寄せる。
「わぁ、もう夕方だ。まだ一睡もしてないのに」
「……おっさんがいたら、思いっきりぶん殴られそうなことしてるな、オレ」
渋い表情をしながらも立ち上がり、大剣を背負った。岩壁に背を預け、うとうとと船を漕いでいるヴェントに、躊躇いがちに声を掛ける。
「ヴェント、お前はここで待ってろ。必要なものとは言っても数はそんなにないからな、オレ達も少しは食料を集めようと思うんだ」
「え、あ、夜にならないと取れないものがあるの?」
ヴェントはパッと顔を上げ、傍に置いている長剣に手を伸ばしていた。ジューメは一つに縛った髪を揺らしながら振り返り、口の端を上げる。
「昼の間に水を吸えるだけ吸って、夜に消費していく植物がある。大きさにもよるが、茎一本で、一日に最低限必要な水分が一人分は取れるんだ。それを集めれば普通に水を取るよりも効率がいい、その植物は、今の時間に一番水分を溜めているんだ」
「ならボクも行くよ、一人よりも二人の方が多く集められるでしょ?」
「その間、ここが留守になるだろ」
「へへっ、心配ないよ」
どこか得意げに笑い、ヴェントは剣を腰に下げると洞穴を出た。ジューメもそれに続いて翼を広げ、目を閉じて息を整えているヴェントを見る。
彼が目を開き、腕を真横に素早く広げると、その場に竜巻が起きた。それは見る間に成長していき、最終的に洞穴の入り口はその竜巻に塞がれてしまう。
「ほら、これで大丈夫でしょ?」
「へぇ、確かに竜巻に見えるのに、洞穴の中には影響を与えてないのか。いつの間にこんなに上達したんだ? 初めて会った時なんか、満足に使えもしなかったのにな」
口笛を吹き、からかうように言うジューメに、ヴェントは頭を掻いた。照れたような、恥ずかしがっているような笑みを浮かべ、ジューメのことをまっすぐに見る。
「ボクはどう頑張っても、ユーにもジューメにも勝てない。それにアンスは頭がよくて、いろんな発明が出来る。こんなんじゃあ、ボクの立場がないじゃない? これくらいは出来るようにならないとさ」
「言うじゃねえか、こいつっ」
と、ガシガシと頭をなでまわされるのにヴェントは楽しそうに笑い、二人は洞穴を後にした。