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洞穴の奥で炎を浮かべ、吊るしている肉に風を送りながら、サデルは大剣の手入れをしていた。ユーもサデルに砥石を借り、クロウの刃を一枚一枚丁寧に磨いていく。
「獣を狩ったり、魚を採ったりしているうちに、もう空が白んできてらぁ。もう休もうか」
「え? 今のうちに、食料を取りに行くんじゃなくて?」
「あ、これはオレの勝手な想像だけどさ。あいつら、夜は活発に動いて、昼間は大人しいんじゃないかな。だからこそ……あいつらは、夜に襲ってきた」
ユーはうつむき、緩く目を閉じた。しばらく黙り込むとうなずく。
「うん、そうかもしれないね。それなら尚更、今のうちに」
「ゆっくり休むんだ。気を張らなくていい時に休んで、目一杯張らないと行けないときに、動く。……ほら、おっさんが見張りをしておくから、寝ておけよ」
ユーの頭を軽く押し、体を倒そうとするサデルから、体を捩るようにして逃げた。そんなユーにキョトンとして首をかしげている。
「子供扱いをしないで、ボクはもう十八だ。それにこうなっているのには……ボクにも、責任がある」
「十八が、子供じゃないって!」
笑い始めたサデルに、ユーはギチリと、眉間にしわを寄せた。そんな彼の表情を見てか、今度はどこか懐かしそうに笑い始める。
「何がおかしいの」
「イヤ、悪い悪い。今の言葉がさぁ、昔のジューメにそっくりだったから。ガキ扱いするなって」
なおもクスクスと笑いながら、サデルはユーの頭をなでた。今度はそれから逃げる事もせずに、黙って話を聞いている。
「ジューメが初めて声を上げて泣いたのは、十九の時だった。あいつ、それまではたったの一度も、涙を流したことがなかったんだと」
サデルの言葉に、ユーは思わず、目を丸くした。優しく微笑みながら頭をなでてくるその手をそっと握り、顔を上げる。
「全部聞いているわけじゃないけどさ。少しは、聞いてるよ。ウィユなんだろ? 村を滅ぼされて……手の甲にある眼を狙われて。それでも、ずっと頑張っている子供って。今のうちならオレしかいないし、誰に気兼ねすることもない。よく知っている友人には言えなくても、よく知らないおっさんになら、言える事もあるんじゃないか」
頭を胸元に引き寄せられ、突然のことに目を丸くした。サデルの口元の、そして目尻のシワが、優しく弧を描く。
「こんなおっさんになったら、泣けねぇよ。今の、若いうちの特権だろ? 何かあったらぶつけて叫んで、怒鳴って。声を張り上げて泣いてしまえよ。な?」
体をポンポンと叩くその手が、心地よかった。それでもユーは、静かに首を振ると静かにサデルの腕から抜け、一度深呼吸をすると、まっすぐに見つめる。
「ありがとう。だけどボクは、まだ泣かない。今のボクには、泣く時間ももったいないんだ。そんな暇があるなら、戦うよ、戦って、物を調達して……休む」
「そっか。まぁ、無茶だけはしてくれるなよ! 苦しくなったら、すぐにおっさんに言うんだぞ」
ニッコリと笑い、サデルは小さく背伸びをした。ユーはあくびを漏らすと洞穴の岩壁に寄りかかり、彼に顔を向ける。
「お言葉に甘えさせてもらって、休むね」
「おう。夕方になったら取りに行きたいものがあるから、手伝ってくれよ」
「もちろん」
ユーも微笑んで緩く目を閉じると、そのまま意識を手放したのだった。