4-2
四人が出たところは、大天使の間だった。塔の外を見てみると、空は漆黒の闇に染まっている、そこにポッカリと浮かんでいる月に、サデルは首をコトンと傾げた。
「あー?」
「あ……」
「そう言えば、そうだったね」
「向こうの世界はこっちに比べて、時の流れが速いんだったな……」
「おーい、まだ秘密があるのかよー。全部話してくれよー」
口を尖らせているサデルにジューメが説明をしている間に、ユーとヴェントは塔の周囲を見ていた。
以前、自分たちが裏の世界に行ったときは行きも帰りも昼間だったために、あまりに実感がわかなかった。
「向こうでは、半日近く経ってたのに……」
「ねぇ、急がないと、十日間って向こうの時間の流れでだよね? 表の世界だと、あんまり時間が無いんじゃない!」
「それもそうだな。そんじゃあ、ジューメ。そっちは任せるぜ」
と、サデルはおもむろにユーの手を掴み、翼を広げた。ユーは突然のことに目を丸くしながらも、苦も無く彼について飛ぶ。
あれだけ飛んでいた魔物の姿は、今はどこにも見えず、普段通り、空には星が輝いていた。
「サデルさん、どこに向かって?」
「ん? オレの寝床」
しばらく飛ぶと岩肌に洞穴が見え、その中に降りた。中を見渡してみると、ジューメの洞穴に良く似ている気がする。
「あーあー、盛大に荒らしてくれちゃってなぁ、おい」
「サデルさ」
「さんは、なしっ!」
勢いよく指を突き付けられ、ユーは思わず、目を瞬かせた。そんなユーに彼は歯を見せながら笑い、洞穴内の荷物を纏めていく。
「他人行儀っぽくてさー、そういうの嫌いなんだ。だからジューメと同じよう、普通に呼んでくれよ。な?」
「……わかりまし、わかったよ。サデル」
どこか不慣れに、ユーは言った。それにサデルは満足そうに微笑むと、まとめた荷物を袋に突っ込み、壁際に置いておく。
「じゃあ、えっと、裏の世界で考えた時間での十日間はここで休もう。今からは材料を集めに行こうか」
「材料? なんの?」
「干し肉を作ろうと思ってな、あとは魚なんかも乾燥させておくと長期保存できるし。水分がなくなる分荷物も減る」
「そっか。でも、水はどうするの? 水のままでも、あんまり持って行けないよね」
そう言うユーに、サデルは振り返ると笑った。ジューメよりも年上なんだろうに、彼が浮かべる笑顔は、どうかした時には自分よりも幼く見えるときがある。
「なぁに、そこはなんでも屋さんの知恵に任せておきなって!」
と、洞穴を後にするサデルに続き。ユーも同じように翼を広げるのだった。
ウサギやイノシシ、クマなどを狩って行き、二人が洞穴に戻ろうと得物を担いだ時。
サデルの目が鋭い光を宿し、同時にユーもクロウを構えた。背合わせに立ち、視線を走らせる。
「お、いきなり出たか」
「何だ……? 出来れば、ザコ共には出てきてほしくないんだけど」
「ザコなのに、面倒くさいってなぁ」
警戒する二人を囲むように姿を見せたのは、狼に姿がよく似た獣だった。だが、その背には、骨がむき出しとなった翼があり、眼球が体のあちらこちらにある。裂けた口からダラリと垂れた舌は地面についており、その先端の目玉が、ギラリと、ユーとサデルを睨んだ。
<眼の男ダ>
<鍵ノ持チ主だ>
ガラスをひっかいた音のように耳障りな声で、それらは言った。ユーは強く歯を食いしばり、サデルはそんな彼に目を向ける。
<扉を、開ケ!>
<贄を捧ゲよ!>
<連れテ行け!>
飛びかかってくる魔物に、ユーはクロウを振り上げようと足を踏み出した。
背に感じた熱気に、咄嗟に足を止め、ユーは背を低くした。頭上を飛び越えていった炎の竜巻が、今度は地面を這うように、魔物を巻き込みながら駆けて行く。
「……好き勝手言ってくれんじゃねぇか。あ?」
その、背筋が凍るような低い声に、ユーはサデルを振り返った。魔物を射抜くような瞳には先ほどまでの緩さは一切なく、気の弱いものならば、あるいは心臓を止めていたかもしれない。
「鍵がどうとか扉がどうとか、んなもん、オレは知ったこっちゃねぇよ。ただこいつは、全く見ず知らずのこんなおっさん信じて、一緒にここに来てんだ。こんな子供が。……みすみす、目の前で殺させるほど歳じゃねぇよ」
十数匹のそれは、彼の炎により、一瞬で灰と化していた。背に冷たい汗が流れるほどの火力なのに、目的のもの以外には一切の被害がない。
「なんだなんだ? 怖い見た目の割には、手ごたえがないでやんの」
魔物を消した直後、サデルの目は、元の緩いそれに戻った。あまりの表情の変わりように驚くが、自身も人には言えないかと苦笑してしまった。
「さ、第二陣が来る前に、サッサと退散しようぜ!」
と、固まってしまっているユーの背を突き。獲物を抱え直して、地面を蹴るのだった。