エピローグ
「それは……、本気で云っているのですか?」
チャームンダーが、悲鳴にも似た声をあげる。
「ああ。こっちは大真面目だ」
真一は踏ん反り返る。「ですから、云っている意味がわかりません! そりゃぁ、たしかにあの二人がこの城の警備をしてくれるということにたいしては、心強いとは思っておりますが」
「ならそれでいいんじゃないか? あの二人の実力はお前たちも知ってるわけだし」
真一は笑みを浮かべた。
「シヴァ王や、うちの祖父ちゃんが赦しているとはいえ、なにも罰がないんじゃぁ、あまりにも可哀想だろ?」
真一は、兄妹の実力を直接肌で感じている。
それなら、魔神であることを隠していた二人の罰は、迷惑をかけてしまった国のためになることだと思っていたのだ。
「ですが……」
「ああ、もうっ! いいか? あいつらは元々おれたちに危害を与える気はなかったんだ。祈祷師やマヒシャたちに唆されたり、嘯かれたことでおれたちに襲い掛かったのが原因だろ?」
真一の言葉に、チャームンダーたち七賢人はぐうの音も出なかった。
「それに、いつまた魔神が現れるかわからないし」
「それだったら、真一さまがこの城に――」
チャームンダーは言葉を止めた。
「んっ、ああ、おれだってみんなと別れるのは寂しいけどさ……」
真一は麻姫を見やった。麻姫も寂しそうな表情を浮かべる。
「わたし、ここに来てよかったと思ってます。自分が知らなかったことが知れましたし」
「そ、それでしたら、二人ともこの世界にいればいいのでは? 現に真一さまのお母さまであるドゥルガーさまが……」
「チャームンダー……」
インドラーニーがチャームンダーの肩を叩いた。
チャームンダーは、ハッとした表情を浮かべるや、顔を俯かせる。
「すまねぇな。母さん――」
「……なに?」
「やっぱり、母さんはおれが知ってる母さんと同じで、優しくて、でも怒らせると怖い人だった」
真一は、ドゥルガーのほうを見なかった。
彼女が母親の本体だとしても、真一の母親は、本来の世界にいる阿修羅の方なのである。
「あっちのお母さんにもよろしく云っておいてね」
「ああ、云っておく」
「それじゃぁ二人とも、そろそろ行くわよ」
時空の穴を作ったカーリーが、真一と麻姫を促した。「ま、待ってください」
チャームンダーが叫んだ。が、真一は立ち止まらなかった。
「わたし……、わたし……」
――行ってしまう。遠くに、手が届かない場所に……。
チャームンダーはゆっくりと深呼吸すると、今できる精一杯の笑顔を、真一に浮かべた。
「わたし……、真一さまのことが――」
「行ってしまったか」
シヴァ王は、深々と玉座に座った。周りにはまるで祭りの後とも言うべき寂しい静寂が訪れている。
「彼の――いや、お前たちの活躍なくして、この平和はないのだ」
ナンディンがしんみりと云うが、誰一人聞いてはいない。
「…………っ!」
チャームンダーは跪き、肩を震わせていた。
「チャームンダー」
ヴァイシュナヴィーとマーヘーシュヴァリーが声をかけた。
振り向いたチャームンダーの顔は、涙でグチャグチャになっていた。
「わたし、わたし……」
「あなたは自分の想いを告げた。その思いを知っただけでも成長したといえるし、その想い、きっとあの子の心に届いているはずよ」
ドゥルガーは優しく、子供に言い聞かせるようにチャームンダーをあやした。
「うぇ、うぁ……、くぅっ!」
ドゥルガーの胸元で、チャームンダーは咳き込むほどに激しく泣いた。
自分の心との葛藤に挫けそうになりながらも、自分の想いを告げたのだ。
彼女は、できれば真一たちと一緒に行きたかったのだが、それを選ばなかった。
生きていく世界が違う。それが大きな理由であり、彼女をこの世界に留まらせた。
真一たちと過ごした数日のことが走馬灯のように流れ、彼女の初恋は――終わった。
――好きでした……か。
元の世界に戻ってきた真一は、しんみりとした表情を浮かべていた。
「もしかして、チャームンダーさんのことが気になりますか?」
麻姫にそう云われ、真一はドキッとする。
「そ、そんなこと……」
真一は言葉を止めた。
「チャームンダーには悪いことしたな」
「彼女が自分で選んだんだ。それを尊重してやらんとな」
カーリーは、ゆっくりと真一に告げた。
「ああ……、おれ、彼女のことも、あの世界であったことも絶対忘れない」
真一がカーリーに頷いてみせると、「真さんっ! そんなところでなにやってるんすか?」
早良の声が聞こえ、真一は手を振った。
「まったく、探しましたよ。校門で待ってたのに全然出てこなくて」
校門?と、真一は首をかしげた。
そしてハッとした表情で、カーリーを見やった。
「もしかして、堂本さんが喫茶店でナンパされる前まで時間を?」
麻姫もハッとした表情でカーリーを見た。
真一の言葉に答えるように、カーリーは小さく頷き、姿を消した。
「おや? 堂本さん、真さんとなにやってるッスか?」
早良が首をかしげた。「いや、なんでもねぇよ」
真一は麻姫の手を掴み、その場から逃げるように走り出した。
麻姫は、その手を離さないように、力強く握った。
もう何日ぶりだろうか。真一はゆっくりと、自分の家の玄関を開けた。
「ただいま……」
家の奥から、人が小走りしてくる音が聞こえ、真一に緊張が走った。
目の前の、烏羽色をした綺麗な髪の女性は、割烹着を着ている。
「お帰りなさい真くん――あ《、》っ《、》ち《、》の世界は、楽しかった?」
目の前で優しく微笑んでいる母親の言葉に、
「ああ、すごく大変だったけど、でも――楽しかった」
と、真一は答えた。




