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破戒の聖音  作者: 乙丑
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5・不遣雨《やらずのあめ》 ――5


「報告、ご苦労であった」

 スルジの国王であるブラフマー王が、目の前で膝を突いているチャームンダーたち七賢人を見やった。

「我々とて、いついかなる時も戦いに備えねばならん。此度の件、三国共有の議題として会議を行おう」

「はい。今回は我々の国に対しての怨念が招いたことですが、また同じような理由でスルジの国、そしてダールラヤティの国でも起きる可能性がございます」

 インドラーニーがそう言うと、ブラフマー王はゆっくりと頷いた。

「して、その勇敢なる戦女神は今どうしている?」

 その問いかけに、チャームンダーたちは互いを見やった。「それが……」


「あいててててっ!」

 スルジの城にある病室の一角で、真一が大きな悲鳴をあげていた。

「まったく、こんな無茶して」

「いてぇって! ちょっと、もうちょっとやさしく!」

「るっさい! そもそもあんな作戦、急ピッチでさせた自分が悪いんでしょうが!」

 真一の傷付いた身体を再生させていたカーリーが、キッと真一を睨んだ。

「そうですよ? 最初聞いた時は驚いたんですから」

 麻姫も頬を膨らませながら、真一に詰め寄っていた。

「しかし、よくあんなことが思い浮かんだな?」

 二人とは対照的に、シュンバは冷静な表情で真一に尋ねた。

「ああ、あれな、ブラフマーニーの能力を見た時に思ったんだよ。ラクタビージャの力は、もしかしたら蒸発に生じて自分の分身を出していたんじゃないかって」

「それであの大きな穴と泥濘、そして大量の血吸蟲だったというわけですね?」

 麻姫の言葉に真一は小さく頷く。「あいてててててて……!」

「だからジッとしなさいって」

 カーリーは真一の包帯をきつく縛り付ける。

「しかし、腑に落ちんことがひとつある。なぜニシュンバの攻撃を避けることができたんだ?」

「いや、おれもあの時は死んだと思ったよ。でもやっぱりあいつは優しくていい子だよ」

 シュンバの言葉に、真一は神妙な面影で言った。

「あの一瞬、あいつはおれを殺すことを躊躇ったんだ。だから刃の起動が逸れた」

「最後の最後で、あの子は真一を助けたってことね」

 カーリーはゆっくりと、隣のベッドで寝ているニシュンバを見やった。

「われわれは多くの過ちを犯してしまった。この償いをせねばなるまい」

 シュンバは、ゆっくりと真一たちに頭を下げた。

「ああ、犯した罪を償うのは当然だ。っと、そこでものは頼みなんだけど、カーリー……」

 真一の頼みを聞くや、カーリーはもちろん、麻姫とシュンバも驚いた表情を隠せなかった。


 二週間後、真一と麻姫の姿はアワクルトの王の間にあった。チャームンダーたち七賢人の姿もある。

「此度の長旅、そして任務。まことに大儀であった」

「シヴァ王、すこしお願いが――」

 真一がそう言うと、シヴァ王は首をかしげた。

「なんだ? 申してみよ」

「シュンバとニシュンバの件だけど――」

「あの二人か、やつらは多くの人々を殺してきた。打ち首は当然じゃろう」

 ナンディンが口を挟む。「いや、そうじゃなくて、ニシュンバの病気についてなんだ」

 真一の言葉に、シヴァ王は怪訝な表情を浮かべる。

「祈祷師はシュンバとニシュンバをあの村から誘い出し、その血を手に入れようとした。ニシュンバは病を患っていたため、やつは殺すしかなかったって、シュンバから聞いてる」

「それがやつにとって一番の誤算だった。魔神の末裔とはいえ、われら兄妹はこの国の民。王に背くことなどできはしない」

 シュンバの言葉を、シヴァ王は静かに聴いていた。

「で、そのニシュンバの病気なんだけど、どうも魔神化したことで治ったようなんだよ」

「それはまことか?」

 シヴァ王の言葉にシュンバは頷いてみせた。

「わたしは妹の病気が治るとホウェーから唆され、やつの口車にはめられてしまったのは事実、そのことでニシュンバを苦しめていたのもまた事実」

 シュンバは土下座をした。

「どんな罰でも受けます。ですが、妹だけはどうか――」

「ほほほっ! シヴァよ、いいのではないか? シュンバとニシュンバを赦しても」

 奥から老人の声が聞こえ、真一と麻姫はそちらを見やった。

「――なっ?」

 真一は驚いた表情を浮かべ、目の前にいる老人と老婆を指差した。

「これ、真一っ! 人様に指を向けるでない」

 老婆があきれた表情で、真一を叱った。

「いやいやっ! 向けたくもなるだろ? てか、なんでいるんだよ? じいちゃんにばあちゃん?」

 真一が怪訝な表情で、目の前の祖父と祖母に言った。

「なにをいっておられるのです? この方々は、維持の国ダールラヤティの王、ヴィシュヌ王と、その后であられるラクシュミーさまであられますよ?」

 チャームンダーがそう云った。

「ラクシュミー? そういえば、ばあちゃんの名前って、別の読み方だと朱璃シュリ……」

 真一は、唖然とした表情を浮かべた。

 シュリーとは仏教における吉祥天のことをいい、ラクシュミーの別名である。

「ほう、そこの娘はチャームンダーか? いやはや、美しい顔をしておる。どうじゃ? うちの馬鹿孫と一緒になる気はないか?」

 真一の祖父、いや、ヴィシュヌ王は笑みを浮かべながら、チャームンダーに話しかける。

「えっ? えっと?」

 チャームンダーは困った表情を浮かべた。顔は真っ赤になっている。

「ちょっと待てっ! 話が全然見えないんだけど?」

 真一は真一で、困惑した表情を浮かべる。

「それはわたしが答えるわ。ヴィシュヌ王にお願いして、姉さんの阿修羅を見守ってもらっていたのよ」

 カーリーがそう言うと、ギィと車椅子の音が響いた。

「真くん」

 その優しげな声に導かれるように、真一は振り返った。

「――母さん……」

 真一はドゥルガーを見るや、そう呼んだ。

「ごめんなさい。こんな危険な目に遭わせて……」

 ドゥルガーは、ゆっくりと真一に近付いていく。

「それじゃぁ、おれは母さんが生まれたこの国を……護ったってことか?」

 その問いかけに、ドゥルガーは優しく笑みを浮かべ、頷いた。

「そうか……、ならいいや」

「なんとも楽観的ですね?」

 王の間に入ってきたアンナがそう云うや、「アンナ、此度のこと、息子の世話をしてくれてありがとう」

 ドゥルガーが頭を下げる。「とんでもございません」

 返すように、アンナも頭を下げた。

「あれ? たしかアンナさんって、マヒシャに殺されたはずじゃ?」

 麻姫が首をかしげる。

「それはまぁ、わたしの力でちょいと」

 カーリーが苦笑いを浮かべる。

「アンナが殺されるより前に、この子を別の時空に非難させていたのよ」

「今更だけど、カーリー叔母さんの力ってすごいんだな」

 真一がそう云うや、カーリーは首をかしげた。自分の力に対してのことではない。

 自分のことを叔母さんと呼ばれたのが釈然としなかったのである。


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