5・不遣雨《やらずのあめ》 ――4
「どうした? もう終わりか?」
ラクタビージャが笑みを浮かべた。
「てか、やっぱ生きてんじゃねぇか?」
真一はシュンバを見やる。
「すまない。しかしわたしはお前たちに協力をする気はない。ただ倒す相手が一緒なだけだ」
「相手は、かつて自分の魔神だった相手だぜ?」
「伝説でならな……、しかし祈祷師は我々に力を与えたこと事態が間違いだったのだ」
真一はその言葉の真意を尋ねる。
「やつは我ら兄妹を殺し、その血をもって伝説上のシュンバとニシュンバを復活させようとしたが、それがかえって我らに力を与えてしまったのだ」
「策士、策に溺れるか……」
真一はゆっくりと構える。
「破戒神よ……、ニシュンバを殺さないでいてくれて……感謝している」
シュンバの呟きを、真一は聞いていない振りをした。
「そんじゃぁ、いきますかっ!」
気合を入れるや、真一はラクタビージャの懐に入った。
そして胸元を掴むや、電光石火のごとくラクタビージャを投げ倒す。
「おおおっ!」
それをつかさずシュンバが攻撃を与えた。
「バカが貴様ら! 我を傷つけさせればまた新たなる魔物が現れるのだぞ?」
「んなの知ってるよ」
真一はうしろにいるチャームンダーたちを見やった。
「魔物のほうはわたしたちでなんとかします。二人は心置きなく、本体を倒してください!」
「ってことだ」
真一の笑みに、ラクタビージャは顔を赤くする。
「ならばっ!」
ラクタビージャは指を噛み千切った。そこから大量の血が流れ出る。
その血をあたり一面にばら撒く。
「これだけの数を相手にできるか?」
魔物たちの赤い目が、真一たちに向けられる。
「くっ! さすがに六人じゃ分が悪い」
「だったらわたしが……」
そう云うや、チャームンダーはゆっくりと深呼吸し、詠った。
その声はまさに凛と鳴り響く鈴の音であった。
「なんだ? この歌声は、心が安らぐ」
「綺麗、あの子の声ってこんなに綺麗だったんだ」
「自分の力に気付いたみたいね」
戻ってきたカーリーがそう言う。
「彼女の歌声は命あるものを安らかにさせ、死あるものを苦しめる」
チャームンダーの歌声を聞くや、魔物たちが震えだした。
それはまさに、身の毛も弥立つとでもいうべきものである。
「今よ、みんなっ!」
「おおおおっ!」
マーヘーシュヴァリーが魔物の群れに円月輪を放った。刃が魔物たちを切り刻む。
続いてインドラーニーが雷鳴を轟かせ、ヴァイシュナヴィーが槍で魔物たちを薙ぎ払い、カウマーリーが放った刃の雨が魔物たちに降り注ぐ。
ラクタビージャはまた新たな魔物を召喚するが、もはやこの戦女神たちのコンビネーションに、一瞬の隙もなかった。
「おおっ!」
真一がラクタビージャに向かって叫んだ。
「デェヤァアアアアアアアアアアアッ!」
ラクタビージャの頭に、真一の回し蹴りが炸裂する。
吹き飛ばされた先は、先ほどブラフマーニーたちがいた場所であった。
地面は乾き、穴ひとつない。
「ここで終わらせようぜ!」
「くくくっ! さすが破壊の神の子」
ラクタビージャは身体を起こし、不敵な笑みを浮かべた。
「だがな、われはきさまに負けぬ」
けたたましい咆哮をあげながら、ラクタビージャは真一に飛び掛った。
「死ねぇっ! ドゥルガーの血をもった戦女神よっ!」
ラクタビージャの身体が真一の目の前まで来る。
――今だっ!
真一は足を上げ、踵落としをラクタビージャに――いや、地面に叩きつけた。
「きしゃしゃしゃっ! なにをしている? そんなことして、なんの意味が?」
「あるんだよ」
真一は笑みを浮かべた。ラクタビージャは怪訝な表情を浮かべる。
地面にヒビが入り、割れた。
そこはまさに、スルジの民によって彫られた穴の上であった。
「貴様っ! 道連れにするつもりか?」
「俺は伝説上のカーリーみたいに、てめぇの血を飲むなんてことできねぇし、元からてめぇを倒す方法はこれしか思い浮かばなかったんだよ!」
地面の穴に落ちていく真一は懐に持っていた鉤爪の先を土壁に刺した。
「それと、てめぇと落ちる気なんてこれっぽっちも思ってねぇよ」
「われは貴様を道連れにするぞ!」
ラクタビージャは、真一の足を掴んだ。
「お前、ここは空気呼んで――るか」
真一は苦痛の表情を浮かべた。マヒシャに襲われた時の痛みが全身に走ったのだ。
「くくく、塵も積もればなんとやら、この前の痛みがまだあるみたいだな」
「るっせぇっ!」
足にしがみついているラクタビージャを蹴り落とそうとするが、さきほど地面を割る時に骨が折れてしまったのか、痛みが勝って思うように力が入らない。
「さぁ、お前の寿命も残りわずかだ」
ラクタビージャはゆっくりと這い上がる。
――くそっ、力が入らねぇ、それに、すげぇきもちわりぃ……。
真一は意識を朦朧とさせた。
「これで終わりだっ!」
ラクタビージャは、真一の背中に爪を立てた。
「ぎゃぁああああああああああああああっ!」
悲鳴が穴の中で響き渡る。
「いいぞ! もっとだ! もっと悲鳴を奏でろ!」
「うるせぇよっ!」
真一は身体を捻り、壁にラクタビージャを叩きつける。
「地の底に落ちろッ! われといっしょにぃいいいいいいいいっ!」
その時であった。二人の頭上に、大きな影が現れたのだ。
「落ちるのは、あんたのほうよっ!」
二人の頭上には、夥しい数の血吸蟲が固まって落ちてきた。
それが真一と、ラクタビージャの身体に降り注ぐ。
「うげぇっ! これは……、しかしこんなものなんの意味も――」
ラクタビージャは言葉を止めた。そして、見る見る顔が青褪めていく。
血吸蟲たちがラクタビージャと真一の血を吸っているのだ。
「もし、お前の敗因があるとすれば、それはてめぇ自身にたいする傲慢。それだけだ」
ラクタビージャの身体が、真一から離れていく。
「なんだと……」
ラクタビージャの身体が地面に落ちた。その衝撃で大量の血が周りにばら撒かれる。
起き上がろうと足掻いたが、泥濘で思うように立ち上がれない。
「死人は土に還れ」
真一はそう言いながらも、腕の痺れが激しく、鉤爪を握っているのも限界に近付いていた。
――やべ……、もう無理かも――。
意識が遠退いていく。鉤爪を握っていた手も……指も外れた。
その時だった。真一の身体にゆれが生じたのだ。
――……え?
真一は、ゆっくりと空を仰いだ。そして意識を朦朧とさせながら、目の前にいる人物を見やった。
「やっぱり、おまえ自分の意志で動けるんじゃないか?」
真一は、小さく微笑んだ。
そこにいたのは……ニシュンバであった。
ニシュンバは、真一を穴の中から出し、ラクタビージャを見下ろした。
「ニッ、ニシュンバ……、た、たすけ」
ラクタビージャが叫んだが、「ラクタビージャ、一時でもわたしの愛する兄さんの真似事をしたこと……後悔しなさい」
ニシュンバの、殺気が籠もった視線を最後に、ラクタビージャは上から落ちてきた大量の岩によって身体が潰れ、二度と出られないよう封印された。




