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破戒の聖音  作者: 乙丑
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4・終《つい》の奥山 ――1


 アワクルトとスルジの国境にある関所の前で、アンナはシヴァ王から預かった通行証を門番に渡していた。

「たしかにシヴァ王さま直筆による手形だな」

 門番は確認を取ると、それをアンナに返した。

「よし、通ってよいぞ」

 そう云われ、真一たちは門を潜った。

「ようやくスルジの国ってわけか」

 真一はそう言いながら背筋を伸ばした。まだ身体が痛いが、動けないというわけではない。

「アクシデントがありましたから、予定よりだいぶ遅くなってしまいましたけどね」

「まぁ、それでこちらは色々と知ることができましたので無駄ではありませんでしたが」

 ヴァイシュナヴィーがそう云う。

「今後、あんな無茶なことはしないでください」

 真一をジッと見つめながら、麻姫が注意を促す。

「わかった。わかったから、てかもうそれ何回目だ?」

「あなたの場合は無茶をするというより、自分から危険な目に遭っているとしか思えないんですよ」

 二人の会話を耳にしながら、チャームンダーは宿屋でカーリーに云われたことが気になっていた。

『カーリーさまは真一さまに直接云ったのだろうか? それとも姉君であるドゥルガーさまの血を介して、そうさせたのか……』

 ドゥルガーとカーリーは元はひとつの神とされている。ラクタビージャとの戦いで、ドゥルガーは額からカーリーを生み出したとされており、チャームンダーたち七賢人も同じようにドゥルガーから生み出されている。

 真一がドゥルガーの息子であることをカーリーから聞いたチャームンダーは、真一をジッと見つめた。

「んっ? どうかしたのか?」

 視線に気付いた真一がそう尋ねる。

「あ、いや……」

 実を云うと無意識に見ていたため、チャームンダーはあたふたと、歯切れの悪い返事をする。

「国境から少し歩いた場所に、ウィシルラムという小さな町があります。そちらにスルジからの使いが待っているはずです」

「それにしても、ここはアワクルトより発展していますね?」

 麻姫は周囲を見渡しながら言った。

 砂漠で覆われていたアワクルトと違い、道路はコンクリートで作られており、周りには近代的な建物が並んでいる。

「ここは創造の国ですから、色々な技術が発展しているんです」

 チャームンダーは真一の隣を歩いていた。その逆に麻姫が挟むように歩いている。

「どうかしたのかしらね?」

 インドラーニーが首をかしげた。「あの子、あんなに積極的だったかしら?」

 手前の方から人が賑わっている音が聞こえてきた。

「見えてきました、あれがウィシルラムの町です」

 アンナはそう言いながら、道の先を指さした。

「真一さまと麻姫さまは先に宿に行ってください。アンナ、二人をよろしくね」

 インドラーニーにそう云われ、アンナは頷いた。

「お前たちはどうするんだ?」

 真一がそう尋ねると、「わたしたちは使いのものを迎えに」

 チャームンダーにそう云われ、真一は了解した。


 町の中は賑わっていた。周りを見てみると、露店や酒場があり、アッビシチほどではないにしろ、人の多さにあまり大差はない。

「ここは国境に近いということもあって、古今東西様々なものが売られているんですよ」

 アンナの云う通り、少し見回しただけでも縁側で将棋を興じていたり、麻雀をしていたりしている人が結構多い。

 中には某ダブルスクリーン搭載で、ペンを使って操作をするゲーム機で遊んでいる子供さえいる。

「なんかここだけおれたちがいた世界と対して差がないような……」

 真一は驚いた表情で麻姫に言った。それを同意するように麻姫は頷く。

「わたしは部屋の準備に行きますので、お二人はここで待っていてください」

 アンナは小さく頭を下げると、宿場を仕切っているカウンターの方へと足早に去っていった。

「さてと、どうするかな?」

 真一は近くにあったベンチに座った。麻姫もその隣に座る。

「なにか飲み物か、軽食ものでも買ってきましょうか?」

「ああ、ありがとう」

 麻姫はスッと立ち上がり、露店の方へと消えていった。

 真一は背筋を伸ばしながら、ゆっくりと身体をうしろへと傾けていく。

 すると、視線の先に見慣れた人物が歩いているのが見えた。

「あれは――ニシュンバ?」

 そう思った矢先、身体は起こせなくなるほどに傾いてしまい、真一はそのままベンチからコケ落ちてしまった。

「あいててて……」

 真一は背中の痛みを感じながら、ふたたびニシュンバがいた方へと目をやったが、ニシュンバの姿はすでになかった。

 ――気のせいだったのかな?

 そう考えていると、「真一くん、なにやってるんですか?」

 声が聞こえ、そちらへと視線を送ると、麻姫がタンブラーと、フードパックに詰められた食べ物を両手に持ちながら、真一を見下ろしていた。

「いや、ちょっと背伸びしてたら勢いあまって」

 苦笑いを浮かべながらそう言うと、麻姫はあきれた表情で溜め息を吐く。

「猫に鰹節みたいなことにはならないでくださいね」

「あはは、気をつけるよ」

 真一は身体を起こしながら、謝った。

「珍しいのがありましたから買ってみました」

 そう言いながら、麻姫はフードパックを真一に手渡す。

「これって……たこ焼き?」

「やっぱりそうですよね? 中身はお肉みたいですけど」

 真一はたこ焼きに似た食べ物を恐る恐る口に入れた。

 出来立てでまだ熱く、中身はトロッとしている。――美味であった。

「中に入ってるのは、牛の肉か?」

 麻姫も、ひとつつまんで口に含んだ。

「美味しいですね。外はカリッとしてて中はフワッとしてる」

 真一は、美味しそうに食べている麻姫を目指した。やはり、どこかで会っている気がする。

 麻姫を学校で初めて見た時から、真一はそんな気がしてならなかった。


「あ、お二人ともここにいらしてたんですね?」

 声が聞こえ、真一と麻姫が振り返ると、アンナが二人を見ていたのである。

「その料理、結構評判がいいんですよ。わたしもひとつもらいますね」

 云うや、アンナはたこ焼きに似た料理を口にする。

「おっふっ! あっふっ!」

 慌てて口にしたせいか、アンナは口を窄めた。

「ほら、アンナさん飲み物」

 真一はタンブラーをアンナに手渡す。アンナはストローに口をつけ、飲み干した。

「ぶはっ! 死ぬかと思いましたよ」

 ゼェゼェと、アンナは肩で息をする。「慌てて食べるからですよ」

 麻姫は小さく失笑した。

「さきほどインドラーニーさまたちが城からの使いを連れてこられましたので、部屋に案内します」

 アンナにそう云われ、真一は頷くと、フードパックに入れられた料理を食べ干した。


「やはり、真一さまが仰られていた方法で連絡を取り合っていたらスムーズにいけましたね」

 ヴァイシュナヴィーがそう言うと、目の前の少女は安堵の表情を浮かべていた。

「やはりそちらからの連絡も途絶えていたというわけか」

「うちの阿修羅を使いに出しても連絡がなかったんで、少し心配だったんよ。まさかそんな事態になってるとは思いもせんかった」

「便りがないのは無事な証拠とはよくいったものだが。しかし、城からの使いがまさかお前だったとはな、ブラフマーニー」

 インドラーニーがそう言うと、少女――ブラフマーニーは頷いた。

「うちが父上にお願いしたんよ。みんなの事も気になっとったし」

 ブラフマーニーの父親は、創造の国スルジを収めているブラフマー王であった。

「そちらの方の被害は、今のところないように見れるけど」

 チャームンダーは、宿屋の窓から町を見下ろした。

「あなたたちが言っているホウェーという男が復活させた魔神が、この国やダールラヤティに被害を与えていないことを考えると、すべてそちらに恨みがあると考えて間違いはないやろな。まぁ、ドゥルガーさまとカーリーさまはそのことに違和感を持っておられたようやけど」

 ブラフマーニーの言葉に、チャームンダーは少しだけ気になっていたことがあった。

「つまり、マヒシャとラクタビージャを利用して、祈祷師は戦争を起こそうとしている」

「私利私欲によるものなのか、それはまだわからんけども、まぁそう考えてもいいやろ」

 ブラフマーニーが、チャームンダーの意見に同意するように頷く。

「しかし、それだったらあの兄妹はどうして復活させられたのだ?」

 インドラーニーの言葉に、誰も答えられなかった。

 四人が話し合っていると、部屋のドアが開いた。

「お待たせしました」

 部屋に入ってきたアンナのうしろに真一と麻姫の姿を見るや、ブラフマーニーが険しい表情を浮かべながら真一を睨んだ。

「どうかしたのか?」

「あなたに、死のかおりがします」

 そう云われ、真一は首をかしげた。

「初対面の人にそう云われたくはないんだけど」

「すみません。ですが、あなたから強い波動を感じるのはたしかです。たとえば物を容易に壊すことも可能な力を」

 そう云われ、真一は肩を竦めた。

「まぁ、あんまり信用されないんだけどな」

 ブラフマーニーの言葉を否定するわけでもなく、真一は言葉を発する。

「なんか小さい時から物が曲がったり、壊れる場所がわかるんだよ」

「信じられませんね」

 と、インドラーニーは言った。たしかに突然そう云われて信じるほうが可笑しい。

「たとえばあの椅子とかな」

 真一は部屋の片隅に置かれたテーブルの椅子を手に取った。

 そして、背凭れの上にある板をデコビンするように弾くと、板は四方に止められた釘を外し、音を立てて落ちた。板には強く叩かれた場所がない。

「それって、いつくらいから?」

「よくは覚えてないんだけど、多分中学あがるくらいの時には意識できてたよ。まぁこれがあるからあまりケンカを吹っ掛けられないってのもあるけどね」

 真一は苦笑いを浮かべながら云った。

「えっと、どういう……」

「つまり、壊れる場所がわかるから、容易に壁を壊せるということ?」

 アンナの言葉に真一は頷いた。


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