プロローグ
荒れ狂った砂埃と獣の死骸を燃やしたような血なまぐさい風が、少女の鼻をいやらしくくすぐった。
彼女の周りには、人のものとも、ましてや動物のものであるのかどうかさえ説明がつかないほどに異形な残骸が散らばっており、そこから悪臭が立ちのぼっている。
そんな死屍累々の中で、少女はか細い吐息を吐きながら、立っているのがやっとといった状態であった。美しく艶のあった烏羽色の長い髪も、殺してきた魔物の血を浴びて赤黒く染まっている。
『んっ! ぐぅふっ!』
少女の身体は無残なまでにボロボロで、両腕は魔物によって食い潰されている。
「どうした、もう終わりか?」
二メートルはあるであろう巨体の男が、少女を見下ろしながら言った。
少女は周りの骸を踏みつけながら、一歩ずつ男に近付き、口を大きく開くや、牙を剥いて襲いかかった。
「くおっ!」
男は、わざとその攻撃を食らった。少女の牙が男の腕を噛み千切る。
その行動に、今までのことを思い出した少女は悲痛の表情を浮かべた。――自分は何をしているのか、目の前にいる魔神に対して、至極愚かな行為だと。
「****、わざと食らったか?」
男はフラフラと体勢を立て直しながらも、少女の問い掛けを答えるように笑みを浮かべる。
傷ついた腕から血が地面に落ちるや、奇妙なことに、そこから赤々とした光が迸り、魔物が地面から這い上がるようにゆっくりと出てきた。
「キシャァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
魔物たちが金切り声をあげながら、少女の体を羽交い絞めにする。
「あがぁっ!」
魔物たちは女の身体を弄るように、爪を立たせながら、少女の肌を抉り傷つける。
そのあいだ、男は自分の体を爪で傷付け、血を周りにばらまいていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ――と、新たな魔物が現れ、敵意をむきだし、少女の周りに集まる。
少女は苦痛の表情を浮かべながら、自分に迫りよってくる魔物たちを睨みつけた。
身体の云うことが聞かない。動くことも……叫ぶ事もしなかった。
「まさかここまでとはな、ドゥルガーよ」
男は、少女――ドゥルガーを見下すように云った。
「もはや、過去の、神としての力もなにもかも失ってしまったというのか……」
男は、哀れむようにドゥルガーを睨んだ。
「興醒めだ。俺はこんな恐怖すら感じん戦女神に殺されたというのか――。お前たち、好きにしろ」
魔神の命令が下るや、魔物たちがドゥルガーを覆い隠すように襲い掛かり、得体の知れない音をこだまさせながら、身体を蝕んでいく。
――魔物たちがその場から離れた時、ドゥルガーがいた場所には、血だけが残っていた。