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5 覚醒

 翌朝になって、「アルシャイン」の面々はリぺラージ大瀑布へむけて移動を始めた。日数で4日ほどになる。途中で何度も魔獣と遭遇したが、その殆どをアシュレイやヴェイがほんの数秒で倒してしまった。


 一閃で魔獣を両断すると、その魔獣が倒れるさまを見ることもなく横合いから突きこまれた別の魔獣の触手を防ぐ。触手を断ち切ってその勢いのまま、触手の持ち主である魔獣を葬り去る。返す一撃で、背後に忍び寄ってきた3体目の魔獣を切り裂く。


 あっという間に魔獣を片付けたアシュレイが、その雄姿に興奮したユーリッドとハイタッチするさまを見ていたルーヴが、ぼそっと呟く。


「・・・・強いな。さすがというべきか・・・・・」


 ルーヴの出る幕などほとんどなかった。と、真横に立つヴェイが首を振った。


「違うんだ、ルーヴ」

「違う、とは?」

「あれはアシュレイじゃない。アシュレイは、あんな戦い方しない」


 ルーヴはヴェイを見やった。長身のはずのルーヴ以上に背の高い、巨漢ともいえるヴェイの顔は、真横にいると見上げなければならない位置にある。しかしルーヴの右側に立つヴェイの表情はまったく読み取れない。というのも、ヴェイの左目は眼帯で覆われているからだ。しかし声音から、非常に深刻な思いなのだろうとは容易に汲み取れる。


「もう分かったかもしれないが、アシュレイは控えめで進んで戦うことなんてない。いつだって誰かの援護をするか、守るかどちらかだった。それなのにあの積極性と技のキレ・・・・明らかに、『戦うため』に剣を振っている」


 常ならば、キーファが戦いやすいように敵の態勢を崩し、ユーリッドを庇い、セレニアの盾として彼女の詠唱時間を確保する。それがアシュレイという男の性格であり、戦法だった。


『敵だって・・・分かっているんです。けどやっぱり怖いんですよ。生きている魔獣を、人間の勝手で殺してしまうのは・・・・・』


 以前、アシュレイはそう言っていた。魔獣にすら情けをかけてしまう、優しくも脆い青年だった。


 それが、今はどうだろう。誰の援護もせず、誰の援護も必要とせず、単独で敵陣に斬りこんでしまう。そしてその剣に、躊躇いなどまったくない。自分一人で魔獣を倒す―――無言のうちに、そう宣言されているようだ。


 ルーヴはアシュレイを見つめた。青年を包む赤い光―――通常時よりも、濃く見える。


「戦いのときだけ、憑依の度合いが強くなっている・・・・か」


 ルーヴの呟きにヴェイは頷く。


 いやな感じだ。ルーヴはそう思った。しかし、こうして近くでアシュレイのことを見てきたが、彼に変わったことなどなかった。否、むしろアシュレイは好青年で穏やかだった。年少のメンバーの面倒を見たり、キーファらと剣を交えたり。家事全般が得意で、正直アシュレイの作ってくれたシチューは最高だった。だがそんなアシュレイは魔獣との戦闘になると一変してしまうのだ。


「ところでお前、ディークに何か言われたか?」


 話題が転じ、ルーヴは我に返って首を振った。


「いえ。それどころか、何度か姿を見かけただけでまともに話をしたことはありません」

「やっぱりか。どうしちまったんだろうな、まさかお前のことを忘れたわけでもないだろうに」

「ディーク殿なりの考えがあるのでしょう。あの人は昔から、確信が持てないことは絶対に教えてはくれなかった」

「ほう、ディークが誰か分かってるって顔だな」

「当たり前です。貴方の腹心で、符術を使いこなすほど知能の高い人、他にいません」


 ヴェイは頷く。


「貴方もディーク殿もいるのです。なんとかなりますよ」

「ああ。最初に言っておくが俺は・・・・アシュレイを元に戻すためならなんだってやるぜ」

「・・・・そうですね。私もアシュレイを取り戻したいと思います」


 ルーヴの思いが意外だったのか、ヴェイが目を見開く。


「珍しいな、そんな風に思ってくれるなんざ」

「彼は、【深淵(しんえん)(いずみ)】という名のままでいてほしいのです。他は似合わない・・・・」


 ルーヴは微笑んだ。


「貴方もですよ。・・・・・いつまでも、【守る者(ヴェイルデア)】のままでいてください」


 ヴェイもにやりと笑う。


「お前もな、【意思を持つ者(ルーヴェンス)】。信念曲げたら許さねえぞ?」


 ヴェイルデア、ルーヴェンス―――どちらも、ヴェイとルーヴの本名である。


 クランはその場で小休止を取った。仲間から離れて一人になったアシュレイはゼクトに問いかけた。


(ゼクト。滝の裏には何があるんだ?)

(騎士どもが言っていたように、そこは魔獣の巣だ。奥に魔獣の力の源である祠がある。それを破壊すれば、魔獣は弱体化するだろう・そしてお前は強くなれる)

(分かった。壊せばいいんだね)


 アシュレイの胸は高なっていた。それは自分で理解しているが、疑問に思うことはもうなかった。


 ゼクトと言葉を交わす回数はかなり頻繁になっていた。ゼクトは魔獣が憎いというアシュレイの思いを理解し、手を貸してくれる。いつしかゼクトに対する疑惑は消え、彼を信じ切っていた。


(僕にはゼクトがいればいい・・・・・他には何もいらない・・・・)


 すべてを理解してくれている。その心地よい泥沼に、アシュレイは落ちていく。


★☆


 大瀑布へ近づくにつれ、あたりの気温が下がり、ぐっと冷え込み始めた。そして轟音が聞こえるようになり、ついにリぺラージ大瀑布が姿を現した。


「すっごーい!」


 ユーリッドが思わず声を上げた。崖の下へ流れ落ちる大量の水。あたりは飛沫で霧がかかったように白かった。


「ほんとねー」


 セレニアも素直に感嘆した。


「皆さん、こちらへ! 視界が悪いので慎重にお願いしますよ!」


 轟音のせいで声が届きにくく、ルーヴが声を張り上げた。一行は滝の周りを一周しながら滝壺付近まで降り、水のカーテンに遮られた滝の裏に、洞窟を発見した。


「ここが魔獣の巣窟らしき場所です」


 ルーヴが言う。ヴェイも頷き、メンバーを振り返った。


「何があるか分からん。慎重に行けよ。まず俺が先行するが、キーファの第一隊、同行しろ。他はそのあとに続け。で、第八隊は入口待機。何かあれば大声で知らせろ」


 キーファが頷き、アシュレイとユーリッド、セレニアに目配せして中へ入る。ルーヴも前へ進み出た。


「私も行きましょう」

「よし。後方はディーク、任せたぞ」

「はい。お気をつけて」


 ディークが答え、ヴェイとルーヴも洞窟内に足を踏み入れた。


 一歩中に入ると薄暗い闇が視界を覆い、あの凄まじい滝の轟音すら遮断してしまったかのように静かで、ひんやりしていた。


「静かだが、何か嫌な空気が漂っているな」


 ヴェイが呟く。「そうですね」とキーファが相槌を打ったが、アシュレイはふっと眼を閉じた。


(心地よいだろう?)


 ゼクトが問いかける。


(ああ・・・・なんだか、とても落ち着く)

(ここは魔獣の気配で満たされている。心地よく思うのは、私の想いを共有するが故だ。もうお前は単なる人間ではなくなったのだから・・・・・)


 アシュレイは黙って前を見据えた。そして、生来の優れた気配察知能力であることに気づき、ぼそっと呟いた。


「・・・・来た」


 その声を聞き取ったのはヴェイだった。ヴェイは剣を抜き放つと、横合いから突然振り降ろされた魔獣の爪を弾き返した。セレニアがぱっと臨戦態勢にはいり、魔術の詠唱を始める。ユーリッドも銃を構えた。


 ヴェイの刀が一閃される。魔獣はその一撃で倒れたが、すぐに別の一匹が襲ってきた。舌打ちして一匹倒したヴェイの死角を突いて爪が襲いかかる。と、ルーヴが跳躍し、手にした剣を振り抜いた。


「すまんな」

「いえ」


 短く言葉が交わされる。ルーヴの左右の手には長剣が握られている。帝国軍の中でも数少ない双剣士、それがルーヴだ。


 アシュレイも絶え間なく剣を振りかざしていたが、一向にその数は減らない。軽く舌打ちした時、セレニアが叫んだ。


「ああもうっ! アシュレイ、あたしに時間をちょうだい!」


 アシュレイは無言で了承した。セレニアの前に立ち、剣を一閃させる。その間にもセレニアは長い詠唱を始め、そして通常の何倍もの時間をかけて術を発動させた。


『飛翔せよ、火竜! 灼熱の息吹ですべてを焼き払え!』


 いつもより猛々しく激しい炎が舞った。火の塊は魔獣を全てのみ込み、そして跡形もなく消し去った。


 セレニアが床に座り込む。ユーリッドが真っ先に駆け寄り、彼女を支えた。アシュレイもセレニアの傍に膝をつく。ルーヴは剣を収め、顎に手を当てた。


「凄まじい火力ですね。これほどまでの魔術の使い手は帝国軍の中にも滅多にいない・・・・・」

「悪いが勧誘は後にしてくれ。奥へ進む」


 ヴェイがそう伝えた。アシュレイはセレニアに手を差し伸べる。


「立てる、セレニア?」

「あ・・・うん、平気よ」


 セレニアはそう言いつつもアシュレイの手を取って立ち上がった。


「行こう」


 アシュレイが微笑み、手を離した。セレニアはそれを見て、僅かに首を捻った。


「・・・・変わったなって思ったのは・・・・・あたしの思い違いだったのかな」


 そう呟きつつ、セレニアはユーリッドとともにアシュレイやヴェイの後を追った。キーファも複雑な顔をしていた。


 その後も幾度となく魔獣に遭遇した。一体一体が普段相手にしている魔獣より強力で、ヴェイやアシュレイ、キーファでも苦戦していた。キーファが額の汗を拭う。


「これは相当きついな・・・・・セレニア、ユーリッド、大丈夫か」


 年少組二人は肩で息をしていたが、それでも気丈に頷いた。そんな年少二人を見て、アシュレイは不甲斐なく思う。年下で、まだ少年少女の域を出ていないふたりに、これほど酷な戦いを強いてしまうとは。それを思うと、ゼクトが声をかけた。


 ―――仲間を救いたいのなら、一刻も早く祠を見つけるのだ。そしてそれを破壊しろ。


(分かってる・・・・・でも、ここは広いし、暗くてよく見えないから・・・・・)


 ―――・・・・ならば、私の指示通り、道を進むがいい。


(場所が分かるのか?)


 ―――気配で、だいたいの位置は分かっている。そこを曲がれ。


 アシュレイは言われたとおりに分岐を曲った。この暗闇の中で、不自然なほどしっかりした足取りだった。


「おい、アシュレイ。ひとりで進むな」


 ヴェイが追いかけてくる。アシュレイは振り向いた。アシュレイを見て、ヴェイは思わず立ちすくんだ。


 ディークやキーファから聞いてはいた―――しかし、実際に目にすると驚愕してしまう。アシュレイの瞳は冷たく、鋭利だった。感情らしき色は何もない。アシュレイは機械的に呟いた。


「ついて来てください」


 返事も聞かず、アシュレイは踵を返して歩き出す。ヴェイは愛刀をぐっと握り、アシュレイの後を追った。


 アシュレイの足取りに全く迷いがなく、ついに一行は巨大な石室のような場所に出た。円形の石室で、天井はかなり高い。中央には小さな祠がある。


 誰も知りようがないが、アシュレイが北の森でゼクトの封印を解いた祠と、まったく同じものだった。


「あれって・・・・祠?」


 ユーリッドが首をかしげる。アシュレイは何も言わずに歩を進め、祠へ近づいた。


 異様な気配を察知したヴェイとルーヴが、ほぼ同時に上を見上げた。そしてルーヴが剣を構え、ヴェイが叫んだ。


「アシュレイ、上だ!」


 アシュレイが瞬時に跳躍し、落下してきた、ひときわ巨大な魔獣を避けた。地の裂けるような咆哮が響く。ユーリッドが震えあがり、セレニアも思わず息をのむ。祠の守護者とでもいうべき威圧感である。


「でかいな・・・・気をつけろ!」


 ヴェイが叫ぶ。アシュレイはつまらなそうに剣を構えた。


 ルーヴが吹き飛ばされる。セレニアの魔術が、ユーリッドの銃弾が、まったく効かない。ヴェイの一撃すら、致命傷を与えることができなかった。


「くっ、なんだこいつは・・・・!」


 ルーヴが呻く。


 ―――祠を破壊しろ、アシュレイ。さもなければ、全滅するぞ。


 ゼクトの言葉に、アシュレイは行動で答えた。身を翻して祠に向かって駆けだしたのだ。


「アシュレイ!」


 ユーリッドが叫ぶ。アシュレイは魔獣の一撃をかわし、祠の前まで駆けた。



 そこで、一瞬の葛藤があった。


(壊していいのか? もう僕は、元に戻れない気がする―――)


 葛藤を振り払ってきたのは、当然ゼクトだった。


 ―――従え、我が(しもべ)よ。


 アシュレイの瞳から光が消えた。アシュレイは自分の意思とは関係なくゼクトに操られ、剣を振り下ろした。


 派手な音を立てて祠が破壊され、地に崩れ落ちた。ルーヴが止める間もない。祠の中で紅く発光していた宝玉のようなものから紅い光が抜け、それは宙に浮かんだ。そして紅い光はすっとアシュレイの身体を包み込む。


「アシュレイ・・・・・?」


 ユーリッドが泣きそうな声で名を呼ぶ。光が完全に消えた後、アシュレイは目を閉じたまま振り向いた。そして剣を大きく一閃させた。


 紅い真空波が剣から放たれ、それは魔獣を一撃した。魔獣は咆哮を上げ、その一撃だけで地面に横転した。


「すごい・・・・・」


 ユーリッドが茫然と呟いた。


 アシュレイがゆっくりと瞳を開く。その瞳は、ついさっきまでの淡い紫色ではなく、完全な紅色だった。


 宝石のような赤ではない。毒々しい、血の色。


 ヴェイは剣を収めるとアシュレイの傍に歩み寄った。そしてその肩をぐっと掴み、アシュレイの無感情な瞳を見据える。


「・・・・お前、どうしちまったんだ」


 ヴェイが押し殺したような声で尋ねる。アシュレイは素っ気なく答えた。


「・・・・・別に、何も」

「いいや、違う。お前は・・・・・お前は、本当にアシュレイなのか」


 アシュレイが冷たい笑みを浮かべた。


「何を当たり前のことを・・・・・僕は魔獣を倒しました。それだけです」


 アシュレイはヴェイの手を払うと、外へ向かって歩き出した。


 アシュレイが祠を破壊した瞬間、凶暴だった魔獣が急に力を失い、弱体化したため、負傷者は多いものの死者は出なかった。アシュレイのおかげで任務を達成できたのだが、ヴェイやルーヴ、キーファらには納得ができない。


 あの祠を壊した瞬間に、アシュレイが消えた―――誰もがそう思った。それまでは、冷たい中にも「アシュレイ」という名の優しさがあったのに、今ではそれが完全に失われていた。



 

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